人の形をした群青
「最初に書かれた小説はきっと、死体の中にガトーショコラを見出したのだろう。大切なものあるいはそうではないものに、大事な何かを比喩したのだろう」
僕は小説を読んでいた。ベトナムコーヒーを飲んでいる。スタバが潰れた前にオープンした、たくましいコーヒー屋。
「お待たせしました」
と後輩がやってくる。彼女は仕事終わりで、このまま家にターンするところ。
「おーおー、そんなに待っていない」
僕はその本を閉じる。
「なんか先輩、すごく青いですね」
後輩はそう言う。確かに、と僕は思う。僕は今日真っ青だ。
「群青色だよ」
「群青色ってなんですか」
「群青色とは……」僕は祭りの奏に耳をやる。今日は、この場所は、祭りの真っ只中。僕の故郷は光の喧騒に包まれている。車の代わりに山車が通ってる。「青より黒っぽいかな」
そうなんですか、と後輩は言う。後輩はもうじゃがバタ食べてる。
僕はというと自分がガトーショコラなんじゃないかと思うようになっていた。ガトーショコラの手足は思うように動かない。いつもお皿の上で、重苦しい雰囲気を甘さで表現している。
「私、和重先輩といい雰囲気になったんです」
後輩と今らーめん屋に来ている。彼女は麺を啜り、楽しげに言う。店内は照明が軽やかに明るく、ジャズが流れている。鶏油が香って食欲をそそる。
「よかったじゃん。好きだったんでしょ?」
「はい」
僕がそう言うと後輩は実に嬉しそうに叉焼を頬張った。僕は細かく切られたネギを口内でシャキシャキさせている。ガトーショコラを食べる雰囲気じゃない。だから僕はマンゴープリンを食べた。
僕たちは店を出て、祭りの終わりに向かう。祭りの終わりにはソーセジ屋さんがある。僕はそこで辛いジンジャエールを飲み、後輩はシードルを飲み、ソーセジを食べた。
「先輩は最近どうなんですか」
「俺?」と僕は言う。「まあ、普通だよ」
「人間関係とかどうなんです?」
「人間関係?」と僕は笑う。「まあ、普通だよ」
そうですか、と後輩は笑い、シードルを飲み干した。
僕らが帰る頃、山車は人々を引き連れ、道の上で停止していた。山車もキャパシティを越えたようだ。僕は群青色の服をさする。今ならガトーショコラ屋さんに入れるかもしれない。ここにはいろんな屋台がある。ガトーショコラ屋さんもたぶんある。あの黒くて、甘くて、自分で動くことのできない、愛着のある甘さ。
「そこの青い人!」
と警官に呼び止められる。
「道の上でたちどまらないでね」
警官は笑顔で僕に注意をし、僕はその場からそそくさと離れた。
「やっぱり青い人ってみられるんですねぇ」
と後輩は納得した様子で言った。それで、何かずっと喋っている。
僕はというと青い人と呼ばれたことに納得できないでいた。僕は青くない。群青だから。黒くも青くも無い、愛着のある色。
僕が昔見たガトーショコラはとても黒かった。それはその周りを遮断するかのような、青色の皿に載せられていた。その菓子はもう無い。誰にも理解されないまま消えた。僕は彼の消失に敬意を表し、無数の問いを捧げる。祭りの奏はまだ終わらない。喧騒は光り輝き、僕はそれを何かに比喩しようとして、できなかった。
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