豚の部屋

 僕の部屋。僕の部屋。眠る場所。他にはないところ。起きて、石のご飯を牛乳で押し込んで、電車。

 電車では森が立ち尽くしてる。森が鞄持ってつり革にぶら下がって寝てる。動物はいない。小鳥も、木漏れ日も。

 僕は屠殺事務の仕事している。ここで生まれたので。

「ぶぅぶぅ」

 机に座る豚さんたち。みんな血を流しているけど、スーツとベルトで止血してる。

「ぶぅー」

 オフィスの豚さん。隈はいないよ。部屋がないからね。

 僕は同僚に話しかける。

「なぁ、やっぱりこれって屠殺的じゃないか?」

「……」

 同僚は自分の出荷、加工データを抽出するのに忙しい。phpで書かれた自社ツールにぽちぽち蹄で打ち込んでる。

 次は会議。

 豚さんの作ったあじぇんだ。ふぁしりてぃたーは豚さん。

「ぶぅーん」

 豚さん上司。

「ぶぶう」

 豚さん先輩。

「……」

 同僚。

 みんな活発な議論をしてる。でも何て言ってるのか分からない。だから僕は仕事ができない。積極的に屠殺できないからね。それが生きるということだと教えられました。研修で。

「ぶふう?」

 先輩豚さんから意見を振られる。

「あの、やっぱり屠殺的じゃないですか?」

しん、と会議室が静まり返る。

「ぶふぅーっ」

「ぶっひっひ」

「…ぶっ」

 豚の皆さんはすごい勢いで笑いだした。おかしくて仕方ない様子で。

「 すみません。論旨に合っていなかったでしょうか」

「ぶふぅーっ」

 豚さんたちは大笑いだ。僕は自分を恥じた。なんて無能なのだろう。会議もうまくできないなんて。僕は心を閉じ、沈黙した。

 時計の針が17時を指す。

『終わりだね、終わりだね』

『そうだね、そうだね』

『あんだれぱ、あんだれぱ』

 16時くらいから妖精たちの囁き声が聴こえるようになる。

『かえろ、かえろ』

『あそぼ、あそぼ』

『あんだれぱ、あんだれぱ』

 妖精たちは歌い、僕は荷物をまとめる。

 豚さんたちはまだ屠殺してる。

「おつかれさまでした」

「ぶふぅー」

 皆さんも挨拶してくれる。職場でのコミュニケーションはできてる。皆さん、良くしてくれてる。僕が、僕が。

 電車には森が押し込まれてる。

 森はスマホをいじり、twitterでRTしてる。tiktokで短い動画を見てる森もいる。

 がたん、と大きく揺れた。足を思い切り踏まれる。

 痛いので文句を言おうと顔を上げると、森しかいなかった。森は話せない。沈黙している。森は動かないし、動けない。当たり前のことだ。だから足なんて踏まない。なら仕方ないか。仕方ない。

 家に帰る。僕の部屋、僕の部屋。

 ホットミルクを飲む。

 僕はそういえば何かを考えていたな、と考える。誰も知らないこと。僕もよくわかっていないこと。なんだっけ。わからない。流し込む。

 あそばなきゃ。でも、どうやるんだっけ。

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