CASE 人形の島‐呪詛の堆積物‐ 2


「月並みだけど、人間の怨念とか。下品な悪意とかって怖ろしいよなあ」

 セルジュは残骸の山を見ながら、そう告げた。

 敷き詰められた呪いのオブジェは堆積物となって、この呪いのゴミ山を悪夢の世界として敷き詰めていた。風雨に晒されて、呪いの人形や薄気味悪い道具などは土埃と混ざり合い、見るも無残だった。これらを作った者達は誰か対象を呪ったり、悪意や憎悪を抱いたり、あるいは悪戯心を呪ったりしたものだと聞く。


「まあ。丑の刻参りだとかブゥードゥー人形なんかも。自分は安全圏から相手を悲惨な死へと追いやりたいっていう考えそのものだからねえ。今だと、ネットの動画実況に集まってくる馬鹿共とかそうなんじゃない?」

「まあ。そうだよなあ」

 

 二人はこの呪いの肥溜めの山の頂上に登っていた。

 島で一番、高い場所だ。


 山頂に登る途中、夕焼けが崖を赤く染めて色鮮やかなオレンジを敷き詰めていく。真下に見える呪いのオブジェ達は、何処か、物悲しげで、そして崖の上に登ろうとする二人を祝福しているかのようだった。


 不可思議な光景が空を覆っていた。

 それは、流星群だった。

 色鮮やかな流れ星だった。

 どうやら、この辺りの次元の歪みによって発生するものらしい。

 そう言えば、呪いと祝いは両義のものだとセルジュは耳にした事がある。

 数々の星々が宝石のように燃え尽きていく。まるで儚い命のように。



 イリーザは朝から、しくじった、と嘆いていた。

 どうやら、報酬がパーになる事態らしい。


 処刑した二人のメンバーの仲間である残りの五人が逃げ出したとの事だった。おそらく、誰か一人のロープが緩くなっていたのだろう。


「うーん。困った。これはアレね。ホラー映画でよくある、殺人鬼から逃げる若者達を残酷に惨殺するシチュエーションね。困った、困った」

 そう言いながら、イリーザは嬉々とした顔で、鞄の中から仮面を取り出す。

 どうやら、何かの餞別のように、事前に、この島の長老から贈られてきた鳥の羽飾りの付いた仮面だった。彼女はそれを顔に被る。


「凄い! 全身に力が漲ってきたわっ! これで、一気に全員を捕えて処刑出来るような気がする!」

 そう言いながら、イリーザは近くに転がっていた大斧を手にする。


「全員、皆殺し! 皆殺し! よーし、私、頑張る!」

「あー、頑張ってこいよ。ホント、お疲れ様だぜ」

 セルジュはそう言うと、海の見えるホテルに戻る事にした。ホテルでは、タコスとナチョスが出されていたので、それが美味しい。

 正直、付き合いきれないなあ、と思いながら、彼は海を静かに眺める事にした。

 ホテルのテラスに行けば、揺り椅子があり海がよく見える。

 その真下に見える、この島特有の呪いの道具の堆積物にさえ気にならなければ、とても良い景色なのだ。



 夜中を過ぎても、イリーザは戻ってこなかった。

 セルジュは大欠伸をしながら、彼女の帰りを待っていた。朝方には帰ってくるのだろうか。彼女の事だから、熱心に人間狩りを行っているのかもしれない。

 セルジュはマンゴージュースを口にしながら、ハンモックの上でゴロゴロとしていた。


 しばらくして、セルジュを呼ぶ声が聞こえた。

 遠くからだ。

 森の辺りだ。

 大きな叫び声なのだろうが、だいぶ遠い。イリーザの声だ。


 セルジュはテラスに出て手すりに手を置いて、イリーザの声が聞こえた方角を見る。

 此処は三階だ。それなりに遠い場所まで見渡せる。


「おい、どうしたんだよ。お前、化け物みたいなサイコ・キラーだったんじゃねえぇのか? 残りの動画配信でやらかした奴ら惨殺するんじゃなかったのかよ?」

「出たのよ! セルジュ! ヤバ過ぎる!」

「なんだよ、幽霊かよ? お化けが怖いってのか?」

「いや、その…………、洞窟に逃げ込んだ配信者の一人追っていたら、私が洞窟の中でやらかして、その…………、目覚めさせちゃったみたい……」

「何をだよ…………」

 セルジュは言って、森の奥から這い上がってきている何者かの姿を眼にする事になった。


 それは、沢山の藁人形やブゥードゥー人形、十字架、魔方陣を象った道具、奇怪な文様をしたコップといった、この場所に捨てられた様々な呪いの道具が結集して一つの巨大な人型の怪物になったものだった。


「なんだ? ありゃ? こっちに向かってくるぞ……」

 セルジュは足早に持ってきた荷物を手に取ると、そのまま、テラスの三階から着地する。地面に降りると、森の中から出てきたイリーザの姿を見掛けた。


「なんだ? ありゃ?」

「呪いのグッズが集まって出来た化け物。見て分からない?」

「いや……、なんで、こうなったんだよ」

「とにかく、逃げるわよ! 捕まった奴、頭から貪り喰われていたからっ!」

「まっ。お前に拷問死させられるよりマトモな死に様だな」

「軽口言ってないで逃げる! 逃げる!」


 そう言いながら、セルジュとイリーザの二人は浜辺を走っていた。途中、怪物は辺り一面にある呪いの道具達を次々と身体に取り込みながら巨大化していく。


「おい。後、何日、此処に滞在しねぇといけねぇんだったけ?」

「後、四日。七名いたから、一日一人ずつ殺害するつもりだったから。それで一週間後に向かえが来るのっ!」

「うわ…………。今すぐお前をあの化け物に差し出したくなってきたじゃねえか」

 セルジュは浜辺からそのまま森の中を走っていた。


「おかしいなー。か弱い犠牲者を追い掛ける殺人鬼やっていたつもりが、いつの間にか追われているし」

 イリーザは走りながら不貞腐れていた。

「ホント、お前といると退屈しねぇよ。安心もねぇがな」

 セルジュは皮肉たっぷりに言う。


 二人は森の中を駆け抜けていた。

 ケタケタケタ、ケタケタケタと、木々に吊るされている人形達が笑い始めていた。まるで、獲物を見て喜びはしゃいでいるかのようだった。

 二人は洞窟を見つける。

 ひとまず、そこに隠れる事にした。

 セルジュは洞窟の中に虫が這っていたら、蜘蛛の巣柄のロングスカートが汚れて嫌だなあ、とそんな事を考えていた。


「おい。イリーザ。武器は?」

「うーん。バタフライ・ナイフとかは?」

 そう言って、彼女はナイフを手にして、くるくると回す。……話にならない……。


「とにかく隠れていれば、何とかなるでしょ」

「なるといいがな。しかし、人形とか俺達見ていたぜ。あのデカイ化け物に俺達の隠れた場所を教えたりしていたらやっかいだ」

「まあ、なるようにしかならないでしょ」

 そう言いながら、イリーザは鼻歌を歌っていた。


「おい。この洞窟の奥だけどな」

 セルジュは指差す。

 そこには、大量の骸骨が横たわっていた。


「何かの犠牲者なんじゃねぇのか? これは?」

「気にしなーい。気にしなーい。見なかった事にしよー」

 イリーザのそんな言い草に、セルジュは頬を引き攣らせる。


 しばらく洞窟の中、隠れていると、巨大な化け物が辺りをうろつきながら、二人を探し回っていた。巨大な人型で人間の頭部らしきものはあるが、実際は、身体中に大量の人形やら何やらが、ぎょろぎょろと眼球を動かして二人を探し回っている。そんな光景を洞窟の隙間から二人は見ていた。


「見つかるわよねえ、流石に…………」

「知らねぇよ。何だったら、祈るか?」

「何に?」

「…………。…………、呪いの道具って祈りだとか祝いだとかと紙一重だろ? この島に捨てられなかった何か異界の神様にでも祈ればいいんじゃねぇのか?」

「何それ…………」

 イリーザは頬を膨らませた。


 巨大な怪物を眺めて動向を探っていた。

 どうやら、二人が隠れた洞窟には眼をくれず、別の方角へと向かっていっているみたいだった。セルジュは走って、この場から離れる事を催促する。


 外に出ようとした時だった。

 洞窟の奥から、大量の何かの生き物が飛び出してきた。

 それは蝙蝠だった。

 洞窟に住まう蝙蝠達が次々と、飛び出してきたのだった。


 呪物の堆積物で作られた巨大な怪物は振り返る。

 ボトボトと、身体から、人形やら十字架やら数珠やらを落としていく。

 巨大な顔が、セルジュとイリーザの方向を向いていた。


 イリーザはセルジュの左腕を強く掴む。


「ねぇ。……何か、策は無い?」

「もう、こうなったら、なるようになるしかねぇんじゃねぇか。何とかやってみる」

 そう言って、セルジュはスカートの中に入れていた鞘に入った短剣を取り出す。そして、鞘から刀身を引き抜いた。

 禍々しい、炎の形状のような刀身が姿を現す。明らかに鞘の形状と合っていない。


「やるだけやってみるぜっ!」

 刀身は三つに分かれて、三つ首の犬の頭へと変わっていく。


 怪物は巨大な右腕を二人に近付けてきた。

 三つ首の犬達が次々と、呪物で作られた怪物の右腕に喰らい付いていく。ぼとり、ぼとり、怪物は悲鳴を上げた。そして、怪物の口から何かが嘔吐されていく。

 それは、黒緑色をした液体だった。

 液体の中からは、まるで蒸気のように奇声や悲鳴が上がってきた。そして、無数の人間の顔や腕のようなものが液体の中から浮上していく。おそらくは、呪いを込めた者の怨念や情念といったものなのだろうか。


「とにかく、怯んだ。逃げるぜっ!」

 そう言って、セルジュはイリーザの腕を掴んで、その怪物の下から逃げていく。

 そして、夜が明けるまで、鬼ごっこは続いたのだった…………。

 どうやら、あの怪物は太陽の下では活動出来ないみたいだった。日の光と共に、何処かへと行ってしまった。



「真剣に考えているんだが。舟とか作れねぇのか?」

 セルジュは海と木々を交互に見ながら、真剣に考えていた。


「いや、無理でしょ……。この辺りの海に生息する肉食魚とか、リヴァイアサン系の化け物とかに喰われるでしょ。それに、完全に此処は外界と隔絶しているし」

「もう貴様のビジネスには絶対に乗らないからな。ホント、疫病神だろ、お前」

 セルジュはテラスの柵に持たれながら、欠伸をする。腹も空いたし、眠気も酷い。


「おい。これから、どうするよ?」

「村長に相談してみましょう」

「あのインディアン・テントに入っていた怪人か?」

「そっ。この島の村長さん」

 

 二人は、例のテントの中へと向かった。ちなみに、あのテントの事をティピーと呼ぶのだとイリーザは教えてくれた。

 ティピーの前で二人は立ち止まる。


「おーい。村長さん。なんか化け物除けって無いのー?」

 そう言って、イリーザはティピーの中へと入っていく。

 セルジュは幌の中を覗くと、あの異形の村長は何かの儀式を行っていた。小さなトカゲの手足を刃物で切断していき、小さな釘を打ち付けてまじないを行っていた。血のインクでトカゲの周りには魔方陣が描かれていく。イリーザはそれを熱心に見ていた。


 ……もう、やってろよ……。


「で、あの化け物を退治するにはどうすればいいの?」

 村長は手話のジェスチャーで、何かを教えてくれた。


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