『新章・冥府の河の向こうは綺麗かな。』

朧塚

CASE 人形の島‐呪詛の堆積物‐ 1


 パンキッシュな服装に身を包んだ少女イリーザは、錆びた刃物を何枚も磨いでいた。

 まるで、料理番組のように彼女は至極当然に、刃物を研ぐ。


「で、来てみたはいいけどなあ。お前の趣味の惨殺死体を見せられに来たのかよ? この俺は」

 セルジュは呆れた顔で答えた。


「ビジネスの依頼よ! 私と一緒に来てくれない?」

 イリーザは磨いだ刃物を舐めていた。

 彼女は何時間も掛けて偏執的なまでに人を刃物で刺したり、拷問に使った刃物を研いで、新品同様に磨き上げていたのだった。更に磨いでいる最中はいつものように、彼女の好きなゴシック・ロック系のヴィジュアル系ミュージシャンの音楽を流していた。


「処で壁に掛けられているものは何だ?」

 ネイティブ・アメリカンのような仮面が、この部屋の中には立て掛けられている。大量の鳥の羽飾りの付いた仮面だ。どうも妙な素材が仮面に上に張り付けられている。人間の皮だ。


「また、変なもの作っただろ?」

 セルジュはイリーザに呆れたような声で訊ねた。

「貰いモノかな。今回の依頼主が贈ってきた」

 イリーザは何処吹く風といった処だった。


「で、ビジネスの依頼って何なんだよ?」

 セルジュは訊ねた。


「私と一緒に“ある集落”に来てくれないかしら?」

「ある集落だあ?」

「それは、人形の島よ」

 彼女は不気味な笑いを浮かべていた。



 小さなボートに乗って、セルジュとイリーザの二人はその島を目指した。大型船や飛行機、飛行船などを使うと“海の魔物達”によって沈められるとの事らしい。

 イリーザの戦闘力は一般人より遥かに高いが、化け物相手に太刀打ち出来るものなんかじゃない。セルジュは彼女は……少しだけ、強い。


 ボートに乗る際に布を被った“渡し守り”を名乗る老婆がいた。


「行き先は?」

 老婆は訊ねる。

「通称“人形の島”で」

「じゃあ、運賃は、生きた“ヨドミムシ・クイクイネコ”が必要だよ」

「それなら持ってきたわ」

 運賃として、イリーザは小包を渡す。中から、猫と虫の鳴き声が聞こえてきた。

 そうして、二人はボートに乗った。

 ……どうやら、通常の貨幣ではなく、目的地に沿った品物が必要らしい。


 一、二時間程が経過した頃だろうか。

 巨大な海の魔物……所謂、神話のリヴァイアサンのような巨大な大海蛇や大クジラなどが、暗い海を泳いでいた。



 島に上陸すると、大量の人形が樹木から吊り下げられていた。そう言えば、セルジュはネットで検索した事がある。メキシコ付近の島には似たような島が存在した筈だ。島中の樹木などに人形が吊り下げられているのだと。この島は、それと酷似していた。だが、この島はそれよりもなお禍々しい……。


 人形以外にもお面のようなものが吊り下げられていた。

 ネイティブ・アメリカンの仮面のそれだ。


 そして何処からか、奇妙な子守唄のようなものが聞こえてくる。

 まるで、地の底から響き渡ってくる。とても物悲しげな歌だった。


「此処は一体、何なんだ?」

「此処は、そうね。私も詳しくは分からないけど。世界中のあらゆる“悲しみ”や“忌むべきもの”が流れ着いた島、と言われているわ」


 文化は混合しているみたいだった。

 海岸には幾つもの、地面に突き刺さった色取り取りの風車もあれば、小さな十字架のようなものがある。あるいは此処は“世界中の供養”が怨念として漂流した島なのかもしれない。


 島を進んでいくと、大量の人間の死体が転がっていた。

 よく見ると、それは人形の死体だ。

 人形の死体に無数の鳥達が集まって、死体を突いていた。

 気付くと、辺り一面は人形の残骸の山になっていた。


「おい。一体、何なんだ? これは?」

「此処は“呪物”を捨てていく場所なのかも……」

 イリーザは刃物を髪留めにしてツイン・テールにした赤桃色の髪を、潮風で靡かせながら言う。セルジュは蜘蛛柄のゴシック・ドレスを纏っていた。ブーツが砂浜に深い足跡を付ける。


「なんだ? そりゃ?」

「つまり、呪いに使った道具を此処に捨てて貰うのよ。此処は呪いの廃棄場所ってわけ。不法投棄出来ない呪いの道具、呪いに使った道具を此処に人に頼んで捨てていくのよ」

 イリーザは確信したみたいだった。


「おい。事前にちゃんと下調べして来いよ。つまり何だ? 此処を歩いているだけで、無数の得体の知れない怨念やら呪詛やらにやられて殺されるんじゃあねえのか!?」

 セルジュは引き攣った笑みを浮かべていた。

 呪いのオブジェ達は凄まじく、その存在を自己主張していた。

 怨念が明らかに、渦を巻いている。

 イリーザも少しだけ困惑しているみたいだった。


「まあいいわ。ビジネスはビジネス。依頼人はこの島の奥にいる筈。地図を渡されている」

 そう言いながら、イリーザは自身のパンキッシュなデザインの鋲ばかりの鞄を撫でた。



 所謂、円錐形構造をした大きな木の棒の上に布を被せた部族的な住居があった。

 二人はその中へと入っていく。


 中には、目蓋と唇を縫った老人が座っていた。

 老人は動物の毛皮で作った服を纏って、背中からは無数の羽根飾りを付けていた。


「貴方が私の依頼人ね?」

 イリーザは訊ねる。

 老人はぎゃっぎゃっ、と、唇の縫い目から涎を垂らした。

 会話は…………、とても、出来そうには無い……。


「で、お前のビジネスって何なんだよ?」

「うーん、そうねえ」

 イリーザはニタリニタリと不気味な笑みを浮かべていた。


「彼に頼まれた、この島で禁忌を侵した者達を拷問死させる事かしら!」

 イリーザはまるで冷房の電源を切り変えるように、ごく当たり前のように説明した。


「俺、来た意味あるのか……?」

「私一人じゃ、ちょっと多い!」

「俺はサディストの変態じゃねえよ」

「世の中ってのは自分で無ければ何も問題無いって事があるわ。この問題もつまり、そうって事! 大抵の場合、七面鳥を使って肉パイを作る時に、肉パイになる七面鳥の事なんて考えない!」

 相変わらず、彼女はこの手の事に関して、とてつもなく嬉々としていた。この世に生まれてきてとてつもなく喜ばしいと言った口調だった。持ってきた、ヤケに仰々しい大きめの鞄の中には拷問処刑用の道具が大量に入っているのだろう。いつもの彼女だ。


 どうやら、此処には、VIP用のリゾート・ホテルも建てられているらしい。


 後ほど、セルジュとイリーザはホテルへと案内される。

 まるで、何処にでもある海辺のホテルだった。

 ホテルの従業員達が、全員、布を被った謎の変質者である事以外は、極めてマトモな観光客用ホテルだった。というか、外観と室内だけ見ると、



 何名もの老若男女達が、鳥が人形をつつく山に十字架に縛り付けられていた。

 彼らは口元にガムテープを貼られて、言葉を発せられないようにされていた。


「なんだ? こいつら?」

 セルジュは数を数えていく。ひい、ふう、みい、七名か。

 今時、といった服装をしていた。年齢は大学生くらいだろうか。三十路を越えた男も混ざっている。


「なんだよ、イリーザ。こいつら?」

「ええっと。情報によると、動画配信の為に、禁忌の場所に訪れて、人形やら御供え物やらその土地の土着的な神様の銅像やらを破壊して動画に載せた大馬鹿達」

「如何にも今風じゃねえか! 自業自得って奴だな」

「なので、私はこのアホ共の仲間や似たような連中への警告の為に、こいつら使って、スナッフ・フィルムを作れっても言われている」

 そう言って、イリーザはバッグの中からスマートフォンを取り出すと“動画配信”を始めた。


 イリーザは、捕まえた配信者達のリーダー格らしき男の口のガムテープを剥がした。


「何か言う事は?」

 彼女は男の顔をまじまじと映し出す。


「た、た、助けてくれよおおおおっ! い、いや、助けてくださいよおおぉぉぉ! あの仏像を破壊したのはほんの出来心だったんですよおっ! それで視聴率が稼げるってええええええっ!」

「はーい! 何か言ってますねー。私に言われてもお~。私はお仕事で呼ばれて、貴方達をこれから生きたまま解体するように言われただけなのでー! でも、命乞いとか、私達への罵声とか頑張ってくださいね! 此処から逃げようとするのも良いかもしれない……。これから、配信しまーす! もしよければこの動画を観ている方、チャンネル登録お願いしまーす!」

 イリーザはそう言うと、鞄の中から、小さな医療用ハサミを何本か取り出していく。


「今日はこれでこの大の男をクッキングしまーす! 何時間も掛けて、この小さなハサミで突き刺したり、くり抜いたり、引きずり出したり、削ぎ落としまーす。気を付けなければならない事は骨に当たると刃物が折れたりするんですよね。でも、気を付ければ存分に解体する事が出来まーす! 途中で、大小便を漏らすとかのアクシデントとかもあると思いますが、それは仕様でーす。仕様なんですー!」

 そう言うと、イリーザはセルジュにスマホを渡す。


「じゃ、セルジュ。これで撮影して。その間に私が人間解体の実況中継を行う! スマホを固定する為の道具も持ってきているから!」

「しかし、なんだよ。俺は撮影助手の為に連れてこられたのかよ。別にいいけどな」

 セルジュは七名の男女を見て、観察する。

 おそらく、今風に言うと、パリピという人種だ。あるいはウェイ系とでも言うべきか。……容赦も躊躇も、同情する理由も無いな。彼はそんな黒い感情を少しだけ浮上させた。



「『レッド・ルーム』にしていこうと思うの。動画配信なんだけどー」

「なんだ? そりゃ?」

 イリーザは返り血を洗う為にシャワーを浴びた後、残りの六名の処刑をどう行うかをじっくりと考えているみたいだった。


「スナッフ・フィルムのライブ中継に加えて、動画を観ている人達の要望にも応じて処刑方法を行うってあれ。動画の視聴者次第では、犠牲者を解放するとか。もっと残酷な方法で殺害するとかっていうプランなの。その際に、犠牲者には必死で命乞いをして貰って、視聴者の要望に応えてみたり、泣き落としで大切な人の為に生きなければならないとか言ってみたりするの」

 この頭のネジが完全に崩壊したサイコ女は、嬉々として説明していく。


「はあ。くだらねーな……。それにしても、この島、綺麗な景色が多いぜ。気味の悪いオブジェばっかり転がっているが。俺は島の散歩でもしてえよ」

「まあ。そうねえ。七人もいるから、これから、七日間掛けて、一人ずつ殺害する予定だから。今日は一人殺したしね」

 そう言いながら、彼女は人体を十数時間に渡って損壊し続けたハサミを丁寧に洗っていた。



 イリーザは『レッド・ルーム』とかいう、閲覧者参加型形式を二人目の女を殺害する過程であっさりと止めてしまったらしい。

 その理由をセルジュは訊ねる。


「何で止めちまったんだ?」

「いやね。人間の“悪意”や“下品”さに嫌気が差して。その、うん。私個人的に閲覧者の何名かをIDから本人を特定して、個人的な理由で不愉快な連中を殺害してやろうかと…………」

 彼女は明らかにハラワタが煮え繰り返っているといった顔をしていた。

 セルジュは訝しげに、先程、イリーザが拷問、解体した女の動画を観る事にした。コメント欄は、どうせ、イリーザ……拷問者に対する罵倒や恐怖や嫌悪、憎悪ばかりが書き綴られているのだろうと思いながら……。

 書いてあったのは、下品なコメントの羅列だった。

「配信者が美少女だから、俺を虐めて」だとか、「女同士でヤレよ」だとか、「捕まっている女の一人が漏らした事に対して自慰行為した」だとか、他にもありとあらゆる卑猥な言葉がイリーザと犠牲者の、特に女に対して並び立てられていた。


 ……あー、こいつら、死ねよ。残酷に。

 セルジュは言葉を失っていた。


「殺意湧くでしょ?」

 イリーザは頬をひくつかせていた。

「何とも……。人間っていうか、傍観者の悪意ってのは、怖ろしいぜ。殆ど無いじゃねえか。お前へのマトモな罵倒ってのは。女ばかりをもっと残酷に虐待しろだの、男は興味ないから女ばかりを凌辱しろだの、そんな事ばかり書かれているじゃねえか」

「人間ってクソ袋なんじゃないかって思うわ」

 イリーザは忌々しげに吐き捨てた。


「さて、っと。この島の探索でもしないかしら? どうせなら、リゾートでもしない?」

「なんだよ、その切り替え。別にいいんだけどな」

 こんな場所でリゾートなのか。頭おかしいんじゃないのか……今更か。と、セルジュは首を傾げる。

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