転生先が雑草とか、勘弁してくれ…
えぐぼっき
〈1〉
長い眠りからゆっくりと起きるような感覚が身体に走る。
それと同時に、大きな違和感に襲われる。
───何も見えない、何も聞こえない。何も喋れない…動けない。
身体はある、確かにある。
それを感じることは出来ても、動かすことが出来ない。
それに何も見えないし聞こえない。
というか、目と口に関しては開けているか開けていないか分からない。
───拉致でもされたのだろうか。
しかし、身を縛られるような圧迫感は感じない。
───ここはどこだろうか…
必死に記憶を遡る。
自分は何をしていた。どこにいた…
思い出せない。
……ん?
───自分は…誰だ…?
自分の名前、容姿、年齢、性別。
どれも思い出せない。
…記憶が無い。
生まれた記憶、育った記憶。
あるのは、自分は人間として生きていたという漠然とした記憶。
そして何もかも分からないという、恐怖。
───何もわからない…自分は一体…誰だ…ここは…どこなんだ……
底知れぬ不安に押しつぶされそうになった時、突然、記憶の一部が反応する。
──これは、風……?
風が自分の体に当たったのだ。
戸惑っていると、再度同じような感覚が。
───間違いない、風が吹いている。
視覚、聴覚、おそらく嗅覚、どれも失ったが、触覚だけは生きているようだ。
落ち着いてみると、身体を這う空気を感じることが出来た。
こんな状況下では、ちっぽけな風にも安心感を覚える。
そんな安心感が、心に余裕を持たしてくれた。
───しかし、何もわからないことには変わりないな。
触覚を頼りに、周りを探る。
────せめてもう少し情報を……
……そんな時間が、一体いくつ過ぎただろうか。
───空気の流れなんて、感じ取れるものでは無いと思っていたが。
膨大な時間、身も心も研ぎ澄ました結果、なんとなくだが空気の流れのようなものを感じ取れるようになった。
言葉では表しにくいが…空気に流れる方向、空気に触れているもの、その形、などをぼんやりと把握できる。
といっても自分を中心に半径1.5メートル程の範囲しか分からないのだが。
───何だか変な気分だ。
視えていないのに視えている。
それにより、分かったことが幾つかある。
まず、自分と同じようなサイズのものがすぐ傍に幾つかあること。
さらに、上半身しか空気中に露出してないということ。
最後に……自分はおそらく人間ではないということ。
自分に当たる空気で、なんとなく自分の形を把握することが出来るが、その形は確実に人間の形ではない。
顔、腕、胴体、全てにおいて人間の形からは掛け離れている。
自分の記憶の中で、今の自分に1番近いものを表すとすればそれは………
“雑草”
いわゆるそこら辺の草。
もし自分が雑草であるならば、だいたいの辻褄が合う。
視覚、聴覚が存在しないこと──“植物”だから。
動けないこと──ただの“雑草”だから。
自分が思い出せないこと──“死んで”しまったから。
気がつくとここにいたこと──雑草として“生まれ変わった”から。
傍にある自分と同サイズの存在は、きっと自分と同じ“雑草”であろう。
しかし何故、自分はある程度の知能を持ち、さらに前世の知識(?)を持っているのか。
こんな状況でも、自分は何故か冷静だ。
きっと心のどこかで気づいていたのだろう、自らが既に人間ではないことに。
そして気づかず受け入れていたのだろう、自らが雑草だということを。
知能に関しては考えても仕方のないようなことの気がする。
よくある異世界転生チート物のように、前世の記憶が引き継げられただけか。
はたまた、植物には最初からある程度の知能が備わっているか。
まぁ、とりあえず言いたいことは……
───転生先が雑草とか、勘弁してくれ……
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