ヒーロー気取りの少年

那須梨

第1話『現象』

 目を開けると、そこには高い天井があった。


 僕はベッドに仰向けに寝転がりながら天井を見つめている。


 本当に凄く高い天井だ。僕の人生でこんな高い天井を見ることになろうとは夢にも思わなかった。それも自分の家でだ。


 僕は状態を起こし、周りを見回す。


 僕の部屋、めちゃくちゃ広いな。豪邸みたいだ。いや、みたいじゃなく豪邸か。


 ただこんなに広いのなら、物がほとんどないのは淋しく感じるな。


 まあ、物が少ないのは当然といえば当然だ。昨日までは僕の部屋は六畳程度だったのだから、物もその広さに合う分しかない。


 僕は溜息を吐く。こんな広いと落ち着かないな。


 今回叶った夢を見たのは僕の家族か。恐らくこんな豪邸に住みたいなんて夢を見たのは妹の葉月だろう。あいつ、金とか超好きだし。


 でも僕の元々の家が建っていた土地は、こんな豪邸が立つくらいの大きさはない。確認で窓の外を見る。隣や正面の家に変わりはない。つまり周りの家が消えたとかじゃなく、土地が増やされたということか。


 僕は近所の家が何ともなかったことに安心した。いや、よく考えれば、土地が増えてる方が地球規模で考えたら良くないのか。


 将来的に何か悪影響があるんじゃないかと思う。


 僕は布団から出て、居間に向かう。


 そして五分が経過する。


 迷った。そりゃそうだ。初めてなわけで、構造がさっぱり分からない。四人しか住んでいないこの家にいったい何部屋あるんだよ。もう十部屋は見た。


 このままただ歩いていても埒が明かない。大声を出しながら歩き回るか。そしたら声に気付いて誰かが向こうから来てくれるかもしれない。


 本当はめんどくさいから家族とあまり関わりたくないんだけど、背に腹は変えられない。


「おーい、誰かいませんかー」


 よく声が響くな。恥ずかしい。


 ガチャ。


「お兄ちゃん、何やってるの?」


 すぐ傍の扉が開き、その部屋から妹が出てきた。


 あーあ、葉月か。一番めんどくさい奴が出てきた。家で遭難とか、こいつは間違いなくからかってくる。ほんと鬱陶しいな。


「お兄ちゃんはお前のせいで迷子になった」


 こんな馬鹿でかい家にしやがって。迷わないはずがないだろ。こいつの夢のせいなのに、この後からかわれる未来が待っているのは凄く理不尽だ。


「は? 何言っているの。意味わかんないだけど」


「まあ、お前はそうだろうな」


 葉月は気付けない側の人間だ。だから当たり前の様にこの街に馴染む。


「ここが葉月の部屋なのか?」


 扉を開けて、部屋の中を見ようとしたが、とうせんぼするかのように阻止させる。


「そうだけど、勝手に中を見ないでくれる」


「お前が目の前にいるんだから勝手ではないだろ」


「私が許可をしてないのだから、勝手でしょ」


「僕の部屋からここまで五分かかったぞ。こんな遠くの位置に配置しやがって、どんだけお兄ちゃんの事が嫌いなんだよ」


 元の家では五秒もかからずに行けたというのに。


「はあ? 私が居間から近いここの部屋が良いって決めて、その後にお兄ちゃんが私達から離れたあの部屋を選んだんじゃない。家族といえど必要以上に干渉されたくない。一人の時間が好きだからって気持ち悪いこと言って」


 確かに僕が言いそうといえば言いそうな台詞だ。実に葉月の夢の僕の再現度高いな。なかなか僕の事を理解している。


 ただ、この葉月の部屋から居間が近いのなら、僕は居間に向かうため毎日、強制的に約五分の運動をしなければいけないということだ。


 まあ、後でもう少し近くの部屋に移せばいいか。あー、部屋の物を移すのが大変だから無理か。


「そんなことより居間に案内してくれ」


「はあ? お兄ちゃん、この短時間でどんだけ私を呆れさすつもりよ。生まれた時から住んでいる家よ。アホになったの? ん? 元々アホだから超アホか」


「僕はテストでもしっかり平均点を採ってるからアホじゃないし、超アホにもなってない。葉月が賢いだけだ。それに居間に案内してもらいたい気分になることだってあるだろ、そういうことだ」


「そんな気分になることなんてない」


 うん、自分で言っておきながら、僕も無いと思う。


 しかしなんだかんだ言いながら、しっかりと居間へと案内してくれる出来た妹だ。


「あら、二人ともおはよう」


 居間に入ると母さんが丁度テーブルの上に朝食を並べているところだった。


「お母さん聞いてよ。お兄ちゃん家の中で迷子になったんだよ。超アホだと思わない」


 この短時間で何回お兄ちゃんのことをアホ呼ばわりするんだ。そしてやっぱりからかってきやがった。クソが。さっき出来た妹って言ったの取り消そうかな。


「あらあら、竜哉(たつや)は相変わらず朝弱いわね」


「確かになかなか布団から出られないが、別に朝弱いからじゃなく、家が大きすぎるんだよ」


「あらあら、大きい家はお母さんの夢だったのよ」


「私はいちいち移動がめんどくさいからもっと小さい家が良かったわ」

 本当に嫌そうな顔をしている。


 おい、この夢の主は母さんかよ。


 まさか自分の母親がこんな夢を描いていたなんて驚きだよ。以前言っていた「家族が顔を会わす時間が好き」って話は嘘だったのかよ。この広さだと家で家族と顔を会わす機会とかほんと最小限しかないだろ。僕は最小限の方がいいけどさ。


 この家族は……、ほんともう朝から疲れたよ。

 

 僕は席に着き手を合わせてから、用意された朝食に手をつける。


「どう、おいしい?」


 母さんが僕と葉月に訊ねてきた。


「いつも通り美味しいよ」


 僕は答える。


「右に同じ」


 葉月も僕に続いて答える。ただ葉月、僕が座っているのはお前の正面だ。


「今、机には私とお兄ちゃんしか座ってないわけで、グルっと一周回って右側じゃん。おんとお兄ちゃんはいちいち私につっこんでくるの辞めた方がいいよ」


 葉月の呆れ顔。


 何その顔? 腹立つ。溜息を吐きたいのはこっちだよ。


「そういえば父さんは?」


 今までの日常なら家族揃って朝食をとっていた。


「お父さんなら神社に御祈りに行ったわよ」


「何で神社?」


 平日の朝から神社に行く理由に思い当たる節はない。


「何でって、昨日買った宝くじが当たりますようにって。毎日朝一番に祈りに行ってるじゃない?」


 父親が毎日朝一で神社に宝くじの御祈りって、ある意味受け入れたくない事実なんだけど。


 表情に出てしまっていたのか、母さんが、


「馬鹿にしてるようだけど、今のところ御祈り効果は、五回中五回とも一等賞当ててるの知ってるでしょ。侮れないわよ。この家だってそのおかげで建てれたようなものだしね」


 五回中五回も一等賞当ててるって神様凄すぎだろ。あと絶対周りから変な目で見られてるよ。


「神社に行って、そのまま会社に出勤するって感じなの?」


「あらあら、ほんとに竜哉、今日どうかしたの? 寝ぼけてるにしてもさすがに変よ。熱でもあるの?」


 額に手を当てられる。


「うーん、熱は無いみたいね。だったら頭の方に問題があるのかしら」


 息子に対してその発言はどうかと思う。


「頭がアホなんは生まれつき」


 うるさいぞ、葉月。


「頭の方も大丈夫だよ」


 むしろ僕の方が気付ける側だし優れている可能性すらある。


「お父さんは仕事なんて一度もしたことないじゃない。家は宝くじ暮らしよ」


 最悪だ。仕事熱心だった父親が気付けば宝くじ暮らしの無職になっているなんて。ほんとに周りから変な目で見られているんじゃなかろうか。今後周囲の目に敏感になりそうだ。


「そんなことより早く食べてしまいなさい。遅れるわよ」


「「はーい」」


 僕らは食べるスピードを速めた。


 朝食を食べ終えた僕は学校に行く準備をする。


「じゃあ、学校行ってくる。葉月も遅れるなよ」


 僕はゆっくり用意をしている葉月に声をかけた。


「お兄ちゃんと一緒にしないでよ」


 葉月の言う通り僕は遅刻の常習犯で、葉月は学校に一度も遅刻した事がない。


 葉月の学校は家から比較的に近く、僕の学校は少し距離がある。だから僕の方が家を出るのは早いというのに僕だけが遅刻してしまっている。僕も葉月と同じ学校に行けば良かった。本気を出してさえいれば僕だって、学力が高いと葉月の学校に行けたはずだ。


 まあ、恐らく今の僕は葉月の学校に行っていたとしても遅刻していただろうから、緩い校風の今の学校で良かったかもしれない。


「ほんとこの家は疲れるな」


 ただそれでもよっぽどマシだと思う。それ以上にこの世界にはくだらない人間がたくさんいる。のんびり学校に行くことすら出来ない。


 さて、今日も救いますか。

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