第4話栞さんがデレた??

「大輝くん、大輝くん。私、相応しくなったかな…?頑張ったよ、私。綺麗になって、運動もして、料理もできるようになって。だからもう、告白しても…いいかな?」


 そう言って首を傾げているのは俺の幼馴染、神崎栞だ。どうしたんだ…?突然こんなことを言い出して。こんな口調、こんな仕草。全部、昔の彼女に当てはまる。俺が一番輝いていた時のことだ。もしかして、昔の約束を覚えていてくれたのか…?もしそうだとしたら、そんなに嬉しいことはない。


 「―――――――――!」


 返事を返そうと思い口を開くも、そこから出てくるのは声にならない音だけ。どうやっても俺たちは結ばれないことを暗示しているかのように、言葉が儚く溶けてゆく。そう、こんな都合の良いことがあるときは、大体が夢なのだから―――


 「はぁ、はぁ」


 ベッドの上で目覚めた俺は、息を切らしながら立ち上がった。夢だとわかっていたとはいえ、起きたらなんとも言えない虚無感が襲ってくる。こういう類いの夢を見るのは初めてではないが、それらの時も似たようなことになっていた。

 ふと時計を見ると、針は8時25分を刺そうとしていた。


「やっべ、間に合うか?これ」


 間に合うかどうかを考えている間すら惜しく、急いで用意をして家を飛び出した。




「おはよう、大輝。今日はおせーのな、意外だわ」

「今日は寝坊しちまってな…まぁ遅刻ではないからセーフセーフ」


 最近、学校に着くと一番に鳥原が話しかけてきてくれる。そのおかげで教室にも入りやすいので、鳥原には感謝してもしきれないぐらいだ。まあ、相手は自然にしてるだけなので、俺の感謝なんて微塵も感じてないのだろうけど。


「そういやいつも早いけど鳥原は何時に来てるんだ?」

「うーん、日にもよるけど結構早いかな、朝強いし、俺」

「朝強いんだ…ちょっと意外だな、もっと眠そうにしてそうなイメージあるわ」

「お前な…てか、そっちはどうなんだよ、朝は強いのか?」

「まあまあ、かな。少なくとも今日みたいに寝坊したり寝ぼけたりはあんましないなー」

「へえ。ってか、なんか顔赤いっつーか惚けてるっつーか、大丈夫か?」


 突然の鳥原の言葉に、動揺する。


(っ…昨日のこと思い出しちゃうじゃんかよ…)


 昨日は衝撃の一日だった。まさか突然家に入れられるとは…


(そういや、結果昨日も友達作れなかったなあ…)


 昨日の朝、衝撃で忘れていたことを今思い出す。


「大丈夫だよ。それより、そろそろ席戻っておくか」




 ちょうど担任の先生が来る時間になったのでそこで話を切り、席に着いた。




 それから午前の授業を終え、昼ご飯の時間になった。

 ―なあ鳥原、一緒に飯食おうぜ―

 この一言が切り出せず、なかなか一緒にご飯を食べる機会がなかった。今まで友達がいなかった俺からしたら、これだけ話せるようになっただけで進歩したな。と感じるのだが、やはりもっと仲良くなりたい気持ちもある。

 どうするべきか。鳥原がそんなやつではないとはわかっているものの、断られたら、拒絶されたら。そう考えるとなかなか言い出せずにいた。そんなことを考えていると、突然鳥原から言葉を投げかけられた。


「おーい大輝、飯、一緒に食わね?」


 ……これだからイケメンは嫌なんだよ。はぁ…


「こっちだー、大輝ー」


 そうやって手を招いて俺を呼ぶ鳥原の隣には、見知らぬ男子がいた。


「俺は前沢 大輝だ。これからよろしくな」

「僕の名前は岡崎 啓介おかざき けいすけだよ。よろしくねー」


 そう名乗った岡崎はニコニコとしたままその場に座った。一つ一つの動作が遅いというか、ゆっくりと話して、ゆっくりと座る。マイペースな印象を受けた。




「なあ大輝、そのお弁当、もしかして手作りなのか?」


 3人でご飯を食べていると、鳥原がそう尋ねてきた。鳥原は俺が一人暮らしをしてることも知ってるし、明らかに市販のものではないお弁当を食べていたから気になったのだろう。


「ああ、一応手作りだぞ。まあ簡単なものや冷凍食品ばっかだけどな」

「すごいなー、前沢君は料理出来るんだー」


 岡崎君が少しだけ目を大きく開いて、俺の事を褒めてくれる。


「へー、でも大輝って料理が出来るんだったら何ができないんだ?なんでも出来そうなイメージあるんだけど」

「俺は万能じゃないんだぞ?出来ねーことの一つや二つあるっての」


そもそも、料理も得意なわけでも好きなわけでもないしな。と心の中で付け足して。


「逆に聞くけど鳥原はどうなんだ?料理とか出来るのか?」

「俺は家事はからっきし駄目だな。お弁当とかも母さんが作ってくれてる。啓介はどうだ?」

「僕も家事は何も出来ないよー、お弁当はお母さんが作ってくれてるよ」

「二人とも家事は駄目なんだ?じゃあ今のうちに出来るようになっとかないと、お婿に行けなくなるぞ?」


 俺も何か一つぐらいは出来るようにならないと、いよいよ独身のまま生涯を終えそうだよな。まあ、今の間は彼女なんていらないけどな。作ったところで失敗するのは目に見えてるし。まず作れないけど。


「いいんだよ、俺は。そういうの苦手だし。有難いことに家事ができる彼女もいるしな」

「へぇ、そうなんだ。…え?鳥原って彼女いるの!?」


 イケメンだと思っていたが、まさか彼女がいるとは。まあ言われてみれば当たり前だよな。これだけ性格も良くて顔もよかったらそりゃあモテるわ。


(こいつ、彼女いるくせに入学式の時、神崎のこと語ってたのかよ…チクってやろうか)


 なんてことを考えたりもしたが、鳥原には色々とお世話になっているので、口には出さないでおく。


「いるよ。中学の頃からな。…ってか大輝、その「鳥原」っていうのやめないか?良吾でいいよ」

「あ…ああ、わかった、良吾」

「じゃあ僕のことも啓介って呼んでー、前沢君のことも大輝って呼ぶからさー」

「わかったよ。改めてよろしくな、啓介」

「うん、よろしくね、大輝君」

「お、おい大輝、俺とは改まって挨拶なしかよ!?」

「リア充のことなんて知らない」


 俺は彼女が欲しいわけではないが、リア充が何故かうざく感じたのでバッサリと切る。


「うう、啓介、大輝がいじめてきたよー」

「大丈夫!?良吾君、泣いちゃってるよ!?」

「いや、嘘泣きだから。そうやっておちゃらけられるなら大丈夫だろうに、はぁ……。ま、よろしくな、良吾」

「おう、大輝!こちらこそよろしくな!」


 そうやってさっきまでの嘘泣きなどなかったかのように親指をピンと立てて笑顔を浮かばせる良吾。イケメンだったら何をしても絵になるな。と考えていると不意に良吾と見たこともない彼女のデートが脳内に映し出される。酷く不愉快な映像だったので八つ当たりに良吾の足を軽く踏む。


「イテッ、何すんだよ大輝!?」

「いいや、ただの八つ当たりだよ、リア充さん」


 俺も、良吾も、啓介も、笑ってる。楽しいな、今までこんな感じではしゃいだことなかったから、こんな絡みもしたことなかったから。なんて感慨に浸っていたら、目から涙が出てきた。


「あ、大輝君、どうして泣いてるんだ?」

「もしかして大輝、彼女持ちの俺が羨ましくて泣いてるのか?ほれほれ、羨ましいだろー?」

「違えよ…」


 そんな事で泣いてるんじゃない。でも…


(ありがとう)


 良吾に感謝の言葉を心の中で言う。多分、良吾がいなかったらこうはなってなかったから、良吾がいなかったら、こんなに楽しいと思えることがなかっただろうから。

 そう言った内情を込めての言葉だが、ただただ友達でいる相手として、これからも末永くお付き合いしていただきたいものだ。良吾がいなくなったら、俺、ボッチルート確定だしな。


「あ、そうだ!」

「どうした?啓介」

「僕、まだ大輝君と自己紹介してない!…えっと、僕の名前は岡崎啓介で、好きなことはゲーム、好きなものは甘いもの、嫌いなことは急かされること。よろしくね」

「俺の名前は前沢大輝だ。好きなことはゲームで、嫌いなことはない。苦手なことは…ないかな。よろしく」


 つい最近、苦手だったことはほとんど克服できたから。俺は岡崎と自己紹介を交わしてから、その場を後にした。

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