第20話 冒険者ギルドで依頼を受けました

 私がやっていたゲームでも、冒険者ギルドというのは存在していた。街の中のあらゆる困りごとを統括し、冒険者たちに依頼してそれを解決する。掃除から、モンスター退治まで、幅広く取り扱っていたように思う。


「出来るだけランクが低めのモンスター退治にしよう」


 そう言ってアルさんが掲示板に貼られた依頼の中から、一番妥当そうなものを見つけてくれている間に私はきょろきょろと周りを見ていた。完全におのぼりさん状態である。でも気になるんだもん。

 酒場と一体になっている場所が多くて、そこで明るい内なら食事をとりながら暗くなってからは酒を飲みながら仲間を募ったり、仲間と依頼についての相談をしている人たちがいる。

 ゲームの中とあんまり変わらないんだなぁ。違うのは、みんなちゃんと生きているってことだ。いや、あのゲームの中のキャラクターたちもプレイヤーキャラクターがほとんどだったから生きていないってわけではないんだけど。

 何か、不思議な感じだ。賑やかなのに、ひとり、取り残された感じがする。


「マーヤ」


 名前を呼ばれてはっとして顔を上げる。アルさんが心配そうな顔をしている。


「大丈夫?」


「人が多くて、熱気にあてられたのかな?」


 えへへ、と笑ってみせても、アルさんは心配した顔のままだ。うまく笑えてないのかなぁ。


「大丈夫。それよりも依頼は見つかりました?」


「あ、ああ、うん。ここの近くの森での素材採取の仕事が見つかったから、それを受ける形にしようかなと思って。最近、モンスターの発生報告が多い場所みたいだから」


 見せてくれた依頼書は確かにポーションの素材の採取と、モンスターの討伐が依頼内容として記載されている。出現することがあるモンスターはホーンラビットとスライムらしい。


「これなら私もお手伝いできますね」


「いっしょに行くから、ギルドに申し出が必要なんだ。俺に万が一のことがあった時のために」


 少し顔をゆがめてアルさんが言う。私はその表情には気が付かない振りをした。


「じゃあ、いっしょに受付に行きましょう」


 今度こそしっかりと笑顔になって、内心ドキドキで心臓が口から飛び出ちゃうんじゃないかと思いながら、アルさんの手を取る。

 アルさんはそれにすごくびっくりした顔をして、それからいつもの笑顔になった。嬉しそうに、すごくすごーく嬉しそうに、私の手をしっかりと握る。


「うん。いっしょに行こう」


 二人で連れ立って受付に向かうと、並んでいた人の列がわずかに空間を作った。私たちを遠巻きにするようにして、まるで品定めをするように眺められる。あまりいい気分ではない。


「この依頼を受けたいんだ」


「こちらですか?」


 受付嬢は少し怪訝そうな顔をして、アルさんの顔を伺う。そうだよね。すごく低レベルの依頼だもんね、それ。


「彼女を連れていきたいんだ。彼女はクラフターだから、護衛も兼ねている」


 そう告げると私に視線が移動してきた。なんだかあたふたしながら、ギルドの登録証を提示する。


「こ、これです」


「確かに、ポーション不足は今のこの街の問題のひとつですからね。勇者様であれば、依頼もすぐに達成されるでしょう」


 そう言って、受付嬢は私の名前をギルド側の控えに書き写し、それから依頼書に受付印を押してアルさんに返す。


「では、依頼の完遂をお待ちしております」


「ああ」


 事務的な受付嬢の言葉を聞きながら、私たちはそこから体を反転させて立ち去ろうとした。急に、顔に暗い影が差す。


「お嬢ちゃん、やめときな」


「そいつが何て呼ばれてるのか知ってるのかい?」


 いかにもな感じのおっさんたちが声をかけてくる。私はあんまりにもスタンダードないちゃもんの付け方にある種の感動さえ覚えていた。

 アルさんの顔を伺い見れば、まるで彫像のごとき無表情である。銀色の髪と深い青の瞳が、造り物感をましましにしている部分はある。これは何かまずいような気がする。


「……必要ありません」


 だから、ぽろっと出てしまったのは本音だ。偽りのない、私の気持ち。

 おっさんたちはぽかんとした顔をしているし、隣で私の声が耳に入ったアルさんはまたもや驚いた顔をして私を見ている。


「必要ありません。何て呼ばれているか、教えてもらわなくて結構です」


 にっこりと営業スマイルを浮かべる。もうこれぐらいしか反撃手段は思いつかない。


「俺たちは親切で言ってるんだぜ? お嬢ちゃん」


「ええ、ですから、その親切は要りません」


 アルさんがゆるめた手を、私がしっかりと握り返す。なんでだろう。私はこんなキャラじゃないと思ってたんだけどな。


「アルさんが何て呼ばれてようと、私が彼と依頼を受けることに変更はないので。行きましょう、アルさん」


「あ、ああ」


 私が引っ張るように歩き出すと、後ろからおっさんたちが叫ぶように怒鳴った。


「そいつは皆殺しの勇者様だ! スキルのお蔭で自分だけ生き残る、そういう奴なんだ!!」


 思ったよりも、酷い。

 アルさんはそれを否定しない。

 逃げるようにギルドを出て、それからアルさんの顔を見る。あまり顔色がよくない。手が震えている気さえする。

 どうしたらいいのか、分からない。自分の対人スキルの低さを恨むわ。

 だから、私は話題を変えることにした。


「依頼、しっかり達成しましょう」


「マーヤ……」


 不安げな顔をするアルさんに私はえへんと胸を叩いてみせる。


「私、そんなに弱くはないんですよ?」


 大人しめの美少女の姿をしているけれど、それなりの人生経験もある。もちろん、打ちひしがれたことも。

 私をぐいぐいと引っ張っていくアルさんに、戻ってほしい。

 何故だかその時は強くそう思っていたのだった。

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