歴史の宝珠 7-15 建国祭にて
七番街区はもっともっと人が多い――確かにその通りだった。
中央通りには花が溢れ、空中を魔導の輝きが飛び交っていた。それがポンと軽い音を立てて花咲き、きれいな花びらに似た輝きを散らしているのだ。
立体的に交差する優美な歩道には、人々の流れが途切れる事なく続いている。その流れは派手な色の大きな建物――ショッピングエリアやテーマエリアに呑み込まれていく。飲み食いできる店が数え切れないほどあったが、どれも人でいっぱいだ。
人間族が比率的には多かったが、他にエルフ族、飛翔族、魔人族、竜人族、あとは少数になるがトット族やマルム族など、本当にいろいろだ。恋人同士や家族連れ、グループで集まっている者たちが多い。
「すっげぇ! 世界中からひとが集まってんのか?」
「そんなわけないでしょ。ここ以外にも四つの都市があるのよ。それに他にもお出掛けスポットは幾つだってあるんだし」
「向こうの広場、すごく大きなステージがあるのですね。お祭りはあそこであるのですか?」
「十番街区まで全部が会場みたいなものよ。本来ならあの屋外ステージで、このミッドファルースエリアを統治する人間族の王が演説をするんだけどね。お隠れになって――つまり亡くなってしまったばかりだから、今回の演説は無し。百年に一度のイベントなのに残念なことに……」
「ん、王が今いないのか。次の王位継承者は?」
リューナの質問に、ルエインは口の端を歪めた。
「うぅ、それなんだけど、実は次の王位は先生が継ぐことになっていたのよねぇ……本当に悪いタイミングなんだけど、考えてみれば説明はつくのよね」
トルテは魔導の仕掛けに
「つまり、王は殺されたと? 暗殺なら犯人が捕まらない限り、あんたの先生を出したくはない?」
「殺されるかもしれない場所に、大切なひとを引き出したくないってことなんですね」
リューナの言葉の後に、トルテが何度も頷きながら言い、大きな瞳をルエインに向けた。
「うわわわわっ。そそ、そうなんだけど大切なひとだなんて私はそんなはっきりとは」
ルエインは真っ赤になって手を意味なく振り回した。
「へー、へー」
リューナはあからさまなルエインの慌てぶりを見ていられなくて、あさっての方向に視線を逸らせたのだが――。
「ん?」
立体交差になっている歩道のひとつを、何やら妙な一団が通りすぎたのが目に入った。十人ほどの集団だ。白と青緑のローブを揃って着用している。だが、駆け抜けていったときの動きから、ローブの下には鎧のような重装備を着ているのが判断できた。刃物の携帯を禁じているこの世界の街中では、珍しい。
リューナの剣士としての洞察眼だ。
さらに疑問だったのは、その集団が飛翔族だったことだ。彼らはその名の通り背中に翼を持つ種族だ。重い鎧を着ることは『飛翔できる』という利点を殺してしまう。リューナの時代の常識では考えられなかった。それとも、重装備でも飛べるくらいに鍛えているのか?
「なんだってんだ……アイツら」
「おそらくタラティオヌの直属兵ね。何故こんなところに」
口の中でつぶやいた言葉だったのに、ルエインが答えを返してきた。視線を戻すと、彼女はリューナの見ていた立体交差の歩道に目を向けていた。
さっきまでの緩んだ表情とはうって変わった鋭い眼差しだ。ハイラプラスと同じで、こいつも一筋縄ではいかない相手なのか、とリューナは思わず目を細めた。
「タラティオヌって何だ?」
「飛翔族の王の居る王宮の名よ。あんなに堂々と姿を晒しているなんて、何かあったのかしら」
ルエインは厳しい表情でそこまで言うと、がらっと態度を変えた。
「まぁいっか。そんなことより、アイスクリームでも食べない?」
「あいす?」
「こっちにおいしいお店があるのよ~。トルテちゃん、行こ~っ」
「あっ。ちょ、ちょっと待ってください」
戸惑うトルテをにこにこ笑顔で引っ張っていくルエインに、リューナもついて行かざるを得なくなった。ちらりと先ほどの道に目をやったが、怪しい一団はすでに見えなくなっていた。
連れて行かれたのは、周囲と比べても特に大きな建物だ。内部に緑がたくさん植えられ、驚くべきことに上層の階まで公園のような光景が広がっている場所である。
「すっげぇ、空中にある庭園だ!」
この時代に来てからというもの、リューナもトルテも目を丸くすることばかりだ。今のところ、これが一番の驚きだった。
巨大な建造物だ。おそらく、リューナの知る町ひとつ分の規模はあるだろう。中央は吹き抜けになっており、周囲を取り巻く各階層のほとんどが公園になっている。そして、遥か上から太陽の光が降り注いでいるのだった。周囲の壁ですら、ガラスかクリスタルでできているように透明で、内部は驚くほど明るかった。
「こんなに大きな建物、どうやって造ったんでしょうね」
目を見張るトルテを横目で見ながら、この大きさに慣れてしまったら『千年王宮』ですら小さく感じてしまうかもしれないな、とリューナは思った。
リューナとトルテは、緑と光の溢れる中を案内されたあと、中階層の公園に並べられた席のひとつで待たされていた。テーブルと椅子が四脚ほどセットになっている席が、いくつも周囲に置かれている。少し離れた場所に、アイスクリームとやらを売っている店が並んでいる。
周囲の席も、緑のなかの広いスペースも家族連れでいっぱいだ。皆、のんびりとしていて、自分たちが知る人々と変わらない。家族、友だち、恋人同士……。建物に目が慣れれば、王都にある公園で見る光景とあまり違いはない気がした。平和で、誰もがくつろいでいる。
「なんだか不思議ですね」
ほわっとした微笑みを浮かべてトルテが周囲に目をやっていた。
「そうだなぁ。ここが『いつ』かなんて、忘れそうになるよ」
「おっまたせ~ん」
砕けた口調に目を向けたリューナとトルテは、目を見開いた。両手に持ったトレーの上にいろいろな食べ物を満載にしたルエインが戻ってきたからだ。
「ルエインさんって、たくさん食べるんですね」
目を丸くしたトルテの前と顎を落としかけているリューナの前にそれぞれ、どぉんとトレーを置いたルエインがニコッと笑った。
「あら、食べるのはあなたたちよ。珍しいでしょう~? これがアイスよ。イチゴにチョコ、マンゴー、ミント、チーズケーキ味。それからソーダにコーラ、オレンジ、サンドイッチにライスボールその他いろいろ大盤振る舞い!」
「え、えと、イチゴのアイスに、チョコ……」
トルテが目を輝かせながら、指差し確認しながらルエインに話を聞いている。全ての食べ物の名前を覚えようとしているのだろう。
「ちょっと私は席を外すけど、すぐ戻るから食べていてね」
しゅたっと片手を挙げてルエインが言った。一歩踏み出して振り返り、「すぐ戻るから、ここから動かないで待っててね」と笑顔のまま告げて、バタバタと走っていってしまった。
「――さっきの連中を見たから、報告にでも行ったのか?」
「そうかもしれませんね」
ため息をひとつつき、リューナは座りなおした。食べ物の量に圧倒されて椅子から落っこちかけていたのだ。
「たぶん、あの先生を追っているとかいう相手と関係があるんだろうな」
確証はないが、とりあえずリューナたちにできることはなさそうだ。「さて」と、テーブルの上に置かれたトレーに向き直る。
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