歴史の宝珠 7-5 歴史の探求者たち

 『秘密基地』に向かうために屋敷の玄関から出て、学園の敷地内を移動していたときだった。


「おい、リューナじゃんか」


 通りすがった三人の男子生徒が、お互いを肘で小突くようにして立ち止まった。


 リューナは腰に手を当てて上着を広げ、彼の後方を歩くトルテの姿を隠す位置に立った。だが、三人組は彼女を見逃さなかったようだ。


「トゥルーテ様だ!」


 その声に気づいたトルテは、リューナの隣まで進み出た。膝を少し折るようにして王宮式の挨拶として優雅な辞儀をみせる。両手に分厚い本を抱えているので、手を添えない動きであったけれど、笑顔を向けられた三人は呆けたように彼女を見つめた。


「おはようございます、みなさん。授業って早くからあるんですね。ファルさん、ゴラムさん、リアーシュさん」


 トルテの記憶力は、母親譲りなのかもしれない。町ひとつぶんくらいは簡単に、名前と顔を一致させることができそうだ。魔導士としての能力なのかもしれない。


 トルテの記憶力に感心はしたが、正直、目の前のこいつらと朝から係わりたくなかったな、と思うリューナだった。今朝も――嵐の予感がする。


「リューナ、今日も授業はサボりか? それとも、初心者の俺たちには莫迦ばからしくて付き合っていられないってか」


 ファルという名前の少年は言葉とともに顎を反らせた。基礎魔法の参考書を小脇に抱えている。他のふたりはニヤニヤと笑いながら成り行きを見ていた。


「あらっ、あたしも授業というものには出たことがありませんから……みなさんが羨ましいです」


 トルテが胸に手を当て、澄んだオレンジ色の目を細めて悲しそうに首を振った。金色の髪がふるふると揺れる。


「え、いや、トゥルーテ様は魔導士だし、お姫様だし――そんなつもり、では」


 途端にしどろもどろになったファルは、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。リューナは胸の奥がざわつくのを感じながら、苛々して目を細めた。


「悪いな、今日はトルテと約束があるんだ」


 放り出すように言葉を置いて、リューナは三人組に背を向けた。勢い良く歩き出すリューナを、トルテが小走りに追う。


「リューナもさ、身分の違いってやつがあるだろ。おまえ、ただの学園長の子どもだぜ。こんな小さな町のさ」


 背中に投げかけられる言葉に、リューナは唇を噛んだ。ずんずん歩いてゆくリューナに、トルテがようやく追いついた。


「リューナ、どうしたんですか」


 トルテの心配そうな声に、「いや、何でもない」とリューナは返事をして立ち止まった。――身分の違い、か。毎回、何度もおんなじことを言いやがって……自分もトルテも、そんなことは少しも気にしていないというのに。


「トルテ。重いだろ、それ。持ってやる」


 トルテの抱えていた文献を片手で持ち上げ、今度は彼女の歩調に合わせて歩いた。


 リューナは歩きながら、手に持った本に眼を落とした。学園で使う辞書よりひと回り大きく、ずっしりと重い。


 二千年前の製本技術はたいしたものだと思う。綴られているページは紙ではないらしい。遺跡で埃にまみれて発見されても、水没した状態から引き揚げられても、装丁に飾られた文字でさえかすれることなく、中もはっきりくっきりと読めるのだから。


 とはいえ、当たり前に必要な技術なのかもしれないな、とも思う。『真言語トゥルーワーズ』と呼ばれる言語の表記文字は、その一字一句が魔法陣と同じほどに強力なのだ。欠けたりかすれていたりしていては怖ろしいことになる。


 だから、製本技術が発達しているのか。それとも、古代のほうが、現代より遥かに文明の進んだものであったのか……。


「リューナ?」


 トルテの声に、リューナは目を上げた。すでに『秘密基地』の建物の下に到着していた。


「ああ、悪い。考え事をしていた」


 リューナはポケットから鍵を取り出しながら階段を一段飛ばしで駆け上がった。トルテの軽い足音が続く。


 扉を開くと、陽光に溢れた部屋の内部が明るく見渡せた。


 日除けに被せてある部屋の隅のシートの下には、リューナとトルテが遺跡を巡った時の戦利品を集めた箱が置かれている。思い出としてもらってきた物品がほとんどで、その金銭価値はないに等しい。だが、ふたりにとっては大切な宝物だ。


 そして、部屋の中央には、昨夜の状態のまま転がされた、大きなオレンジ色の球体がある。


 ふたりは部屋に入った。天窓の下の床に持ってきた本を置き、トルテの手がゆっくりとそれを開いた。


「魔導士、ハイラプラス……。王国後期の『時間』の魔導士として、たくさんの功績を残した研究者でしたよね」


 トルテは索引部分インデックスに指を走らせた。内容は全て魔法語ルーンで書かれている。『真言語トゥルーワーズ』でなくて良かったとリューナは思った。あれは、解読するだけで気力と魔力の両方を半端なく消費するからだ。しかも魔導士にしか読むことができない。


「膨大ですね……」


 トルテがため息まじりに言った。


「『歴史の宝珠』という名で書かれていれば、苦労はないんでしょうけど」


「そうだな……でも、その名前は俺たちの時代で通る呼び名かもしれないぜ。おれたちは過去の世界を知りたいんだから、――っと、待った!」


 リューナが声を張りあげた。突然の大声に目を丸くしたトルテだったが、同じ項目に目が留まったらしく、ふたりは同時に指差した。


「『過去への介入』?」


 ふたりは目を見交わした。


「でも、何のことかしら」


「読んでみよう」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る