歴史の宝珠 7-6 歴史の探求者たち
リューナが指定されていた
「うーん、これではないみたいですね……。ハイラプラスさんが、もし過去へ飛んだときに想定される問題について書いた項目みたいです」
「パラドックスって何だ? ……ふーん。こういうことかな。自分が過去へ行く方法を考え出し、それで実際に過去へ飛んだとする。飛んだ先で自分を殺す、もしくは飛ぶ方法を思いつくことを阻止したとしたら――」
「過去へ飛ぶ方法は失われるので、未来から飛んできたという事実はなかったことになる。それならば、過去は変えることができないから、過去へ飛ぶ方法は実現され矛盾が生じることになる」
「なるほど、堂々巡りになるわけだ、この問題は」
「それでも、そうなるとは思っていなかったみたいですね、ハイラプラスさんは。このパラドックスは百パーセント回避されるもの、と記してあります」
リューナとトルテはその文章も読んでみた。
「過去は、変えることができないもの……全ての時間軸は、通過してきたものの延長にある。すなわち、その根源を変えて他と結びつくことはできない。過去への介入がなされても、別の方法で未来に起こる事象は実現されるだろう」
そのページの文章はそこで終わっていた。自然にトルテの指が動き、続きを読もうと次のページを繰る。
ふたりは息を呑んだ。そこには――丸い球体の図解が描かれていたのだ。
「これは!」
「間違いない、『歴史の宝珠』だ。その名前じゃないみたいだけど」
リューナとトルテは、その図解を食い入るように見詰めた。不透明なオレンジ色の中身が、その図解で、手に取るように子細にわかる。
どれだけの時間、そのページから目を離さずにいたのか――すでに天窓から床に陽光が届いていた。昼が近い。
リューナは覗きこんでいた本から上体を起こし、信じられない、という思いでつぶやく。
「ここに書いてある通りだとすれば、これは……乗り物なのか?」
トルテも身を起こし、部屋に転がる大きな球体に視線を向けた。
「古代魔法王国は、魔導の力でいろいろなものを動かしていましたよね。動かしている技術そのものが魔導であるならば」
トルテはスッと立ち上がった。不透明なオレンジ色の球体――『歴史の宝珠』に歩み寄る。
「動力は、
魔導士の少女は球体に手をついた。目を閉じ、意識を集中する。図解にあった骨組み、パネル、制御装置、稼動部分――それらを脳裏に思い描きながら、トルテは目の前の球体から実際に感じるイメージと同調させているのだ。
「ここに魔力を注ぎ込めば良いのではないでしょうか」
静かにつぶやいたトルテの周囲に、明るく差し込む陽光のなかでもはっきりと見て取れるほどの、魔導特有の緑と青の光が渦巻いた。
「トルテ」
リューナは驚いて手を伸ばしかけたが、自制心を取り戻して手を引っ込めた。
トルテは魔導の力を行使している。そんなタイミングで彼女の集中を乱してしまったら、力の制御を失い、とんでもないことになるかもしれない。リューナは手のひらを握りしめて待った。
トルテのオレンジ色の瞳に、白い輝きが星のように
「トルテ!」
リューナは少女の体を抱きとめた。横に抱えるようにして、そっと腰を床に下ろし、肩と首を自分の胸に抱えるようにして支えた。
「――トルテ! トルテ、大丈夫か!?」
意識がない――リューナは背中に冷たい汗が伝うのを感じた。恐ろしい予感に震え、少女の手を強く握った。
「……あたたかい」
リューナは祈るようにオレンジ色の瞳を覗き込んだ。――生きているよな、こんなに温かいんだから。目を覚ませ、トルテ……!
まつげが震えた。オレンジ色の瞳が彷徨うように揺れ、目の前の深海の色の瞳に向けられた。トルテはゆっくりと息を吸い込んだ。
「……燃料切れなのかも、と思って……魔力を流し込んだの」
かすれたような弱々しい声で言い、トルテが微笑んだ。リューナは安堵に顔を歪めた。
「――心配させるなよ、ばかやろ」
リューナは思わずトルテを抱きしめた。
「リューナ、どこか痛いんですか? 大丈夫?」
自分より相手のことを心配するトルテに、リューナは体を離して微笑んだ。
「無理はするなよ、トルテ。あとは俺に任せて、少しでも休んでおけ」
「はい」
トルテは素直に頷いた。床に座ったまま、リューナの行動を見守る。
リューナは半透明の球体に指を走らせた。トルテの魔力で充填された球体は、触れた表面に次々と
文字の意味と勘に頼り、リューナは魔力を指先に集中させつつ文字を次々に辿っていった。要は『解凍』――図解に記されていた言葉だ。ロックされている部分を全て作動できる状態に整えればいいのだ。
ヴン……ッ。幾百も合わさった羽音のような不思議な音ともに、不透明だったオレンジ色の表面が透明に変わった。いや、手がすぅっと通り抜けた。
「壁が消えたんだ!」
リューナの言葉に、トルテが座ったまま膝をついて近寄ってきた。彼の顔を見上げて嬉しそうな声をあげる。
「すごい、リューナ! これで本当に封印解除ですね!」
トルテは目を輝かせていた。リューナも嬉しくなって、彼女の前に座り込んで腕を伸ばす。
「ああ!」
トルテの肩を抱きしめて笑うリューナ自身の目も、同じように輝いているのだろうと自分でも感じていた。
ふたりのそばにある文献の図解のページの一番下には、ハイラプラスの手書きの文字が添えられ、そこにはこう綴られていた。
――実際に、これは試されるであろう。我が手ではなく、君たちふたりの手によって。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます