歴史の宝珠
歴史の宝珠 プロローグ1
トゥルーテ――トルテは満面の笑顔になった。彼女の探していた相手が、とうとう見つかったからだ。
約束の時間に遅れてしまい、待たせてしまった相手は単身遺跡に潜ってしまっていた。方向音痴の彼女は、ひとりで遺跡の中をぐるぐると歩き回り、ようやく、目指す最深部までたどり着いたのである。
だが、当の相手は忙しそうだ――背丈ほどもある長剣を振り回しつつ、跳躍して攻撃をかわしている。
「ようやく見つけたと思ったのですけれど、声を掛けにくい状況みたいですね。どうしましょう」
困ったようにトルテが首を傾けると、左右に分けて高く結ったツインテールの髪が揺れて金色に輝いた。天井が抜け落ちた箇所から、太陽の光が差し込んできたのだ。
彼女が悩んでいる間にも、『
地面が揺れてとうとう壁の一部が崩れた。前方の闇を透かし見れば、回廊をまだらに明るく照らす光の筋のなかに、少年の黒く艶やかな髪がひらめいていた。
「てやっ!」
少年――リューナは長剣を旋風のように振り回し、同時に二本の頸を牽制している。彼に向けてガジリと噛み合わせてきた牙を、力任せに弾き返した。
背後に気配を感じ、肩越しに振り返る。相手をしているレッサーヒュドラの頸は三本。背後から迫ってきたのは残りの一本だ。
「甘いぜ!」
身を
そのとき、ヒュン! と鋭い音とともにリューナの鼻先を白い輝きがかすめるように通り過ぎた。見慣れた魔法の輝き――光属性の攻撃魔法『
その軌跡を目で追いかけたリューナは片方の眉を跳ね上げた。対峙していたレッサーヒュドラとは別に、彼の死角からさらにもう一体のレッサーヒュドラが忍び寄っていたのだ。
空中にあった彼に向けて炎を吐こうと、その口が開く。白い輝きは狙い
ドォオオオォン! 遺跡全体を震わせるような凄まじい絶叫が響き渡る。
その頸は苦悶の様相で激しく暴れた。他の二本の頸は怒りに満ちた眼差しをして、リューナの背後に視線を向けた。
あえて振り返らなくてもリューナにはわかっている。幼なじみである魔導士の少女、トルテが彼に追いついたのだ。さきほどの光の魔法は、トルテの魔導に違いない。
「トルテ、思ったより早く着いたんだな。外で待っていてくれりゃ迎えに行ったのに」
床に降り立ったリューナは、長剣の柄の部分を両手で握り直しながら彼女に声を掛けた。
通常のものより長さのある剣は、柄の部分も長めに作られている。剣全体のバランスを取るためでもあり、また、使い手である彼の戦闘スタイルに合わせて設計されているのだ。
真正面の敵に対峙しながらも、リューナは見た。天井から差し込んだ光を反射している刀身に、背後にトコトコと軽い足音ともに歩み寄ってきた少女の姿が映っている。
「二対一なんて、正々堂々ではないんですから、いいですよね?」
彼に問い掛けてくる声は、この場には似つかわしくないほど、のんびりとした穏やかなものだ。目の前に三本の頸を持つ幻竜の中位種が二体もいるというのに。
だがトルテらしいな、とリューナは思う。彼女は決して慌てない。いつでもどんなときでも、良くも悪くもマイペースなのだ。
できれば、目の前の二体のレッサーヒュドラを自分ひとりで倒してから彼女を迎えに行きたかったが――もう追いつかれてしまったのだし、今さら手出しをするなとも言えなかった。
「まあ、仕方ねぇか。やれるか?」
「はいっ」
リューナの問いに、安心したような返事が返ってきた。律儀なトルテは、了承なく横から手出しをしたくなかったのだろう。
ジャアァァァ! シャアァァッ!
目の前で、幻竜たちが苛立たしげに威嚇の声を発している。すさまじい殺気と怒り、そして魔導の気配に対する異常なまでの敵対心。
だが、トルテは動じることなく、ゆっくりと腕を真横に伸ばした。魔導の力を行使するための準備動作だ。
「ねぇ、リューナ。……ここに、あるんですよね?」
空中に腕を滑らせるように動かしながら、トルテが彼に尋ねる。わかっていて、確認するような口調だ。
「ああ。この先に祭壇があった」
リューナがきっぱりと答えると、「はいっ、安心しました」と、明るい声が返ってきた。――嬉しいだろうな、そりゃあ。俺たちがずっと探し続けていたものが、この先にあるのだから。
グォオオォォオオオォォ!!
レッサーヒュドラの頸が一斉に吠えた。それぞれの口から灼熱の炎が吐き出され、遺跡内の温度が一気に上昇した。ふたりの姿が炎の本流に呑まれ、幻竜たちの視界から一時的に消える。
だが、次の瞬間。炎の中から魔導の光の球が膨れ上がり、弾けた!
少女が伸ばした腕に呼応するかのように素早く立体的に組み上がった青い魔法陣の作り出す力場が、灼熱の炎を押し返していた。少女の周囲をまるく残し、周囲の床が焦げて黒く変色した。
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