破滅の剣 5-27 ソサリアの千年王宮

「もはや、一刻の猶予も許されぬ」


 朝の光が差し込む、ソサリア王宮の大広間の壇上で、騎士隊長の名に相応しいきらびやかな甲冑に身を包んだルーファスが、よく通る声を張りあげていた。


「『無の女神』ハーデロスの降臨が果たされたならば、この大陸はおろか、この現生界そのものが『始原の無』にしてしまう。それを止めることができた者、尽力してくれた者たちには、安寧なる生活を約束し、報酬をとらせよう」


 大広間に集まった、数百人はいるだろう冒険者や傭兵たちが、一斉に歓声をあげる。提示された額は国家が依頼する額としては破格であった。


「よくこれだけ集まったな」


「王都近隣の冒険者や傭兵たちに布告されたのは、俺たちが帰り着いた頃だったらしい。それなのに、すごい数が集まっている」


 現国王ファーダルスの玉座の隣に並ぶ双子の王子は、互いに小声で言葉を交わしていた。


 王都に報告が届いた時点で、王と側近、そして場に居合わせた大魔導士で即座に決定され、実行されたからこその招集規模であった。


「今回は迅速に行動する必要があったから、ルーファスの直属の騎兵隊をはじめ、兵たちはすでに出発しているらしいぞ。だが、『無踏の岬』の途中までの道を切り拓くのが精一杯かもしれない」


 テロンは語りながら、視線を巡らせた。彼らから少し離れた位置に、宮廷魔導士のルシカをはじめ王国の主要人物たちが並んでいる。


 彼の視線に気づいたルシカが、杖を持っていないほうの手を挙げてみせた。テロンの胸が温かくなる。彼は視線を戻しながら、傍らに立つクルーガーに向けて話を続けた。


「岬を通り抜け、さらに『はぐれ島』まで到達できるとなると、悔しいけれど王国兵では無理だろうな。だからこそ――」


 ふと、聞いている気配のないことに気づいたテロンが目を向けると、クルーガーは広間を見渡すように視線を移動させていた。


「どうしたんだ、兄貴。誰か探しているのか?」


「あ……いや。何でもない。ちょっと気になっただけさ。もし――」


 クルーガーは言葉を切って、迷うように視線を彷徨わせた。いつもの兄らしからぬ様子に、テロンは再度問い掛けようとした。


 そのとき、国王ファーダルスが立ち上がったので、テロンとクルーガーは姿勢を正した。


「私もかつては戦士であった。だが今ではもう老いてしまい、自らこの戦いに乗り出すことはできぬ。次世代への希望を背負った若き戦士たちよ、頼んだぞ」


 ソサリア王の、威厳ある声が広間に響き渡った。オオオオォォォ、と冒険者や傭兵たちから声があがる。


「さァて、俺たちも出発するか」


 動きはじめた冒険者たちを見ながら、クルーガーが仲間たちに声を掛けた。


 テロン、ルシカ、ティアヌの三人が頷いて応える。彼らの旅の荷物は、壇の端にまとめてあった。いつでも出立できるように準備は整えられている。


「殿下……本当に行かれるのですか。何も殿下が……」


 すでに説得されてしまったはずのルーファスが、なおも引き止めようと口を開いた。だが、「構わぬ」という重々しい声にルーファスは慌てて口を閉ざし、頭を垂れてかしこまった。


「ファーダルス陛下……」


「このわしにも、そんな時期があったから、おまえたちの気持ちはよくわかっているつもりだ。自分が本当にさねばならないと思うことができたならば、それを見失わぬよう、どんな困難にも負けぬよう、しっかりとし遂げよ」


 厳しい表情で告げた父王は、次いでその表情を緩めた。ふたりの息子に優しく深い眼差しを向け、微笑んでみせる。


「果たしたならば、帰ってこい。必ず、無事でな」


「はい、父上」


 双子の王子が、しっかりと頷く。


「ルシカ、そなたも無事に帰るように。無理をしすぎるでないぞ」


「はい、ファーダルス陛下」


 畏まって返事をしたルシカの足元に、何かが抱きついている。


「かならず、かえってきて、ね?」


 マウだった。さすがに今回は一緒に連れていけないので、王宮内で留守番である。


「ええ、必ず帰ってくるわ」


 ルシカはかがみこんでマウに視線を合わせ、大きく頷いて応えた。そして立ち上がり、祖父に視線を向ける。ヴァンドーナは孫娘の心配そうな顔に、微笑んで頷いてみせた。


「こちらのことは心配せんでもよい。術者も揃ったしの。万一のときでも民を護ることができる。おまえたちは気にせず、全力で敵の企みを阻止してこい。そして、無事に戻ってくるのだぞ。よいな、ルシカ」


 大魔導士から一歩引いたところに佇んでいた魔術師ダルメスは、自分の後任である宮廷魔導士の娘を見つめていた。年老いた眼差しに浮かんでいる光は、まだ若い娘を死地に送り出してしまうことへの後悔やためらいを映して揺らめいているようにみえる。

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