白き闇からの誘い 6-10 青と白の回廊
「ここも人工的に造られたものだというのか?」
ルシカはしばらく無言で視線を陸に投じた。ギィ、ギィと船体が軋む微かな音だけが響いている。
「……いろんな魔導の干渉が見える。敵意がある感じではないわ。この空間を護り、浄化し、維持するためのものがほとんどみたいだけれど」
ルシカが答えた。その瞳はいっぱいに見開かれ、震えるように揺れている。ルシカの瞳に映っている光景とやらがいかに想像を絶するものであるのか、テロンに窺い知ることはできなかった。けれどおそらく、『千年王宮』以上に複雑に絡み合い、重なり合っている魔法陣が見えているのであろうなと想像できる。
「間違いないわ……ここには王宮と同じ技術が使われている」
やがて船が入り江のひとつに到着した。手前までが充分な水深を整えており、乾いた陸との接点は白く輝く美しい砂浜となっている。
二隻の
「まず俺たちが降りる。残ったもので手分けをして、双方の船の破損状況を調べろ。可能な限り補修をしておき、いつでも出航できるよう準備を整えておけ。それを最優先にして、手の空いたもので班を組み、周囲の捜索を開始するんだ」
クルーガーの命令を受け、兵たちが動きはじめる。その誰もができるだけ口を閉ざし、大きな音を立てないように動いているのは、この場所が持っている雰囲気に圧倒されているからだろうか。
テロンとルシカ、クルーガーたちは、グリマイフロウ老と数名の兵士たちとともに
完全に小船が到着するのを待ちきれず、浜に向かってルシカが一番に跳んだ。着地した途端に転がり、砂に突っ伏してしまう。ぱふっ、と軽い音がして砂が宙に舞った。
「ルシカ!」
テロンは慌てて自分も小船から浜に降り、ルシカの傍に駆け寄った。腕を掴み、引き起こす。立ち上がったルシカは頬を赤らめて砂まみれであったが、大事には至らなかったようだ。浜そのものにも危険はなかったようで、ぽんぽんと叩き払うとすぐに砂は落ちた。ただ、背負っていた荷物から様々な物品が転がり出てしまっている。
「あぁっ、ごめんなさい!」
ルシカが声をあげ、慌てたように砂浜にかがみこみ、散らばった荷物を集めはじめた。テロンも手伝おうと長身をかがめて手を伸ばす。主に散らばっていたものは、色とりどりの魔石であった。白い砂のなかで、地上に降った星のごとく輝いている。
「いつも携帯している魔石なの。いろんな用途に対応できるように種類ばかり多いだけで、魔晶石はないけれど」
ルシカはひとつひとつ魔石を拾い、口を縛って閉じる皮袋のなかに入れ集めていく。
「やっぱり荷物のなかに置いておくより、腰に提げておこうかなぁ。何だかメルゾーンみたいで嫌なんだけど」
その言葉に、思わずテロンは吹き出してしまった。派手な衣装を纏って、ルシカを一方的にライバル視している、甲高い声と尊大な物言いの魔術師の姿が脳裏に浮かぶ。
テロンとクルーガーがルシカに初めて出逢い、『万色の杖』を手に入れたときのことを懐かしく思い出す。勝手な因縁をつけてきた魔術師メルゾーンが、自分では制御できない『闇の魔神』という危険な使役魔物を解放してくれたのだ。テロンもクルーガーも、そしてルシカも、ひどく大変な目に遭ったのである。危うく死に掛けるところであった。
その後メルゾーンとは『生命の魔晶石』を手に入れる旅の途中で再会し、仲間として共に行動したが、やはり頭の痛い相手であることには変わりなかった。
そんな想いが顔に出たのであろう、テロンの表情を見たルシカがくすくすと笑っていた。目が合うとにっこりと微笑んで、また足元の魔石を拾い集める作業に戻った。その横では、クルーガーも拾い集めるのを手伝っている。
「ん? ルシカ、これは――」
クルーガーが魔石のひとつを拾いあげたとき、驚いたような声を発した。兄の広げた手のひらにある石を見て、テロンもまた驚いて息を呑んだ。透明な水晶のかけらで、赤に輝く光を内包している。
「……それは、あのときの『封魔結晶』じゃないか」
今しがた思い出したばかりの記憶。メルゾーンが解放した『闇の魔神』を、ルシカが魔導の力で封印した魔石であった。
グローヴァー魔法王国の遺産である『万色の杖』を内に閉じ込めていた水晶の柱――それが爆ぜ割れたかけらを使い、ルシカが『封魔結晶』を作ったのだ。今もこの『封魔結晶』には、強敵であった魔神が封じ込められているはずだ。
「うん。それね……ずぅっと持ち歩いているの。水晶柱そのものにかけられていた護りの魔法が強すぎて、未だに割ることもできないし、解放する言葉も決めていなかったし。魔神を早く還してあげたいんだけど……」
ルシカは魔神のことをずっと気にしていたのだ。その気持ちはテロンも知っている。まさか他の魔石とともに持ち歩いていたとまでは思わなかったが。もし旅先で、封印解除のきっかけが見つかればすぐにでも魔神を解放し、もとの幻精界に還してやりたいのだろうとテロンは思った。
もともと、魔神を幻精界からこの現生界へ無理矢理連れてきて手足のように扱っていたのは、古代魔法王国期の魔導士たちなのだ。魔神には何の
「このなかに、今も魔神が入っているのかァ……」
クルーガーは水晶のかけらを眼前に掲げ、角度を動かしながら眺めた。そして、
「大丈夫なのか? ルシカ。もし突然に魔神が解放されてみろ、真っ先に標的にされるのは君なんだぞ」
「うん、わかってる……危険なものを持ったまま一緒に居たわけだし、ごめんね」
「そんなことではない。俺たちが居るときならば、むしろ力になってやれる。今の俺やテロンなら、独りであの魔神に対抗できるだろうと思う。それはルシカ、君も同じだろうが――魔導を使い、
クルーガーの口調は、強いものだった。それはルシカの身を案じているがゆえのものであった。ルシカにもクルーガーの気持ちは伝わっているだろうと、テロンはきちんと気づいていた。むしろ、兄が言ってくれなければ、自分が今の言葉をルシカに伝えていただろうと思う。
「……うん。ありがとう、クルーガー」
「わかっているなら、いいさ。――まあ、今のルシカの
ホッと息を吐き、クルーガーが明るい声で言った。言いたいことはそれで終わりといわんばかりに、厳しいものであった面持ちをいつものニヤリとした表情に切り替える。手のなかに拾い集めた魔石を、ルシカの手にある袋のなかに戻した。
「ありがとう」
もう一度繰り返すと、ルシカはクルーガーに笑顔を向けた。目の端にきらりと光っていたのは、もしかしたら涙の
「ル……」
テロンは腕を伸ばしかけたが、思い直して腕を止めた。代わりに、自分が拾い集めた魔石をルシカに差し出す。
「……いつかきっと、元の世界に戻してやろうな」
ルシカが顔をあげ、力いっぱい頷いた。
「うんっ!」
クルーガーは微かに淋しげな表情を浮かべてふたりの遣り取りを見たが、すぐにくるりと背を向けた。彼の背後には、
「――さァて、と。近い場所から調べてみるか。もしかしたらこの洞穴のどこかに、ラムダーク王国の船が居るかも知れぬ。それと同時に、別の危険が潜んでいる可能性もある。決して独りできりは行動せず、何か見つけたら行動を起こす前に、すぐ報告に戻ってくるんだ」
ハッ、と兵たちが返事をして、連絡のための兵をひとり置き、周囲に散開する。
「兄貴もここで待っていてくれたほうがいいんだが――とは思うが、どうせ言っても聞きはしないのだろうな」
その言葉に、若き国王はニヤリと笑った。テロンがため息をつきながらも頷き、ルシカはにっこりと微笑んだ。
「そういうことだ。――行くぞ!」
クルーガーはすこぶる愉しそうに笑っている。その気持ちはテロンにもよく理解できた。毎日公務、公務の連続で剣を握る時間すら満足に取れていない日々が続いていたはずであった。こうして人里離れた魔境を歩いていることが、嬉しくて仕方ないのであろう。――それがたとえ未知の場所であり、危険に満ちていたとしても。
魔剣士であるクルーガーと体術家のテロンは、魔導士であるルシカを間に挟んだ。そうして三人は、慎重に砂浜の移動を開始したのである。
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