白き闇からの誘い 6-2 千年王宮の秘密

 老人が肩を落とす。


 その様子に、ルシカは言葉をかけようと口を開きかけた。途端に、土くれや小石が落ちたままになっていた地面につまずき、見事なまでにばったりと地面に転んでしまう。


「だ、大丈夫かの、ルシカ殿」


「う……いたたた。へ、平気です」


 鼻と額を打ったらしい。真っ赤になっている。手に携えていたノートとペンはそれでも手放さずにしっかりと握ったままだったが。ルシカは立ち上がり、衣服の汚れを空いたほうの手で払った。


「いつもは支えてくれる王弟殿下がいないからのぅ。しかしまぁ、ルシカ殿はよく転ぶのぉ」


「うぐぐ……テロンはいま、あたしと同時に別の場所の状況を見に行ってくれているから」


「そういえば、かつての魔法王国の技術はどうなのじゃろ。伝え聞いたところによれば、雲まで届かんばかりの建造物をも揺るぎなく設計したというが」


「グローヴァー魔法王国の、文献にも記されている『魔導の塔』のことね。魔法の使用状況を監視する役割があったとかいう」


 ルシカは長いまつげをしばたたかせた。


「――残念ながら、その当時の建造物を再現するには文献が少なすぎるし、作ったときにどのような技術や道具を使っていたかもわからないんですもの」


 ふむぅ、と老人がうなる。


「それにもし、道具自体が魔導で使いこなすようなものだったら、いまの世では使えないわ。……魔導士は少ない。この大陸に、もう十も残っていないくらいだし。将来、誰も居なくなったら……再びその技術は失われることになる。できれば、今後ずっと誰にでも扱える技術を提案したい」


「類稀なる魔導の血、かのぉ」


 老人は目をすがめた。


「それは、お主たちが子を成して増やせば良い話ではないか。どんどん増やせば解決じゃろうて」


 ルシカが口をまるく開けて動きを止め、でられたように耳まで真っ赤になった。ふしゃふしゃと笑う老人の様子に、からかわれたのだとようやく気づく。


「ひ、ひひひひとの一生で何人産めると思っているんですかっ」


「グリマイフロウ老」


 そのとき、進む先の路地から別の声がかかった。ルシカが口を押さえ、次いでパッと顔を輝かせ、足早になって声の主のもとに急ぐ。


「テロン! どうだった? 南の区域の進捗状況は――」


「駄目だな……南だけではなかった、どこもかしこも人手不足だ。作業効率の問題だな」


「そっかぁ……そうだよね」


 ふたりして肩を落とす。グリマイフロウ老はそんなふたりをあたたかな眼差しで見つめ、ふぅーっと長いため息をついた。


「やはり新しく効率の良いものを開発するしかないのぉ」


 老人の言葉に、テロンが眉を互い違いにしてルシカを見る。


「新技術の開発の話になっているのか、ルシカ」


「うん。けれど、学ぶべきところがどこなのか見当もつかなくて。機械技術が発展している国もそうそうないだろうし」


「そもそも、測量の技術からして見直さなければいかんだろうしのぉ」


 真剣な様子でそれぞれの考えに沈みこむ娘と老人を交互に見つめ、テロンもまた考え深げな表情で空を振り仰いだ。


「……そうだな。『千年王宮』が造られたときの技術でも、残っていればいいんだろうけど」


 テロンの言葉に、ルシカがはっと彼の顔を見上げる。


「それだわっ! 充分に使える技術なのかもしれない! だって、魔導の技がなくなったあとに建造されたものなんだし」


「でも、全体に魔法陣が施されているはずだろ。今必要だと話しているのは――」


「違うの! ――造った技術自体は魔導の技術によるものじゃない。設計と建造が素晴らしかったのよ。柱や造形、そのひとつひとつを正確に組み上げることで、設計していた魔法陣の紋様を形成したんだもの」


 ルシカは瞳をきらきらと輝かせてテロンに詰め寄った。


「だから建造した技術自体は、魔法や魔導の技によるものではないのよ! すごいすごいっ、テロンってばさすが! 目の付け所が違うっ」


「そして設計ももちろんじゃが、その設計どおり寸分の狂いもない素材を正確に配置したこともまたすごいのじゃ。実際に人の手だけを使ったものではなさそうじゃのぉ」


 老人は続けて言った。


「はてさて、おふたりは、その『千年王宮』を造った者たちが去った場所を告げる昔語りがあるのをご存知か?」


「うそッ!?」


 ルシカがすっとんきょうな声をあげる。テロンも目を剥いている。老人はふたりの様子をみて、愉しそうに笑いながら先を続けた。


「確かな話じゃあない。文献にも残っておらん。じゃが、何の根拠もないわけではないかもしれんのが、昔語りってものじゃろう? いまでも建築家たちは、その優れた奇跡の建造物を完成させたあとの技術が去ったという、北の海の方向を向いて工事の無事を祈るんじゃ」


 老人はからかうような微笑を浮かべ、歳若いふたりの顔を交互に見上げた。


「ふたりとも、知識は深く見聞を詰んでおろうとも、民衆の伝承には疎いところもあるようじゃな。あぁん? まぁ、年寄りのこんな話でも、何かヒントになるといいと思うてのぉ」


「――意外と近くに謎の答えが、そして現在の状況を打開する知識があるのかも!」


 ルシカが、大きなオレンジ色の瞳をらんらんと輝かせはじめた。


「さっそく海図やら北の海域に関する記述がないか、確かめてみなくっちゃ! ね、テロン、図書館棟に戻ったらさっそく――」


 言い掛けたとき、テロンが顔をあげた。視線を追ったルシカと老人も、王宮の方向からひとりの青年が走ってくるのに気づいた。


「兄貴」


「クルーガー……? 何やってんのかしら、こんなところで」


 テロンがクルーガーを見間違うはずはない。彼らは双子なのだ。しかし、国王である彼がここまで駆けてくるとは、何か重大なことでもあったのだろうか。ただ単に、書類を相手にするばかりの公務に嫌気がさして、ルーファスの監視の眼をくぐり抜けて脱出してきたという可能性もあったが。しかし今の彼は国王だ。気ままな王子の身分ではない。


「――テロン、ルシカ。話がある。どうやらまた困ったことになりそうだ。急ぎ、船を出さなくてはならん」


 追いついてきたクルーガーは息すら乱していなかったが、緊迫した様子で語った。グリマイフロウ老が心得顔に一礼して、数歩下がる。


「下手をすればラムダーク王国との外交にヒビが入るやもしれん。すぐに王宮へ戻ってくれ。歩きながら話をしよう」


「他の者に聞かれたくない内容ってことなのね。あなたがわざわざここまで駆けてくるんだもの」


「まあ、俺が来たのは外の空気が吸いたかったって理由もあるんだがな」


 しれっと続けた兄の言葉に、弟夫婦――テロンとルシカは思わずジト目になった。知ってか知らずか、顔色ひとつ変えずクルーガーは言葉を続けた。


「それはおいといて。急ぎ決断をせねばな――ただでさえバタバタとしているところにすまんが、早急に北の海域の探索のために船で出向いてもらうことになりそうだ」


「北の海域?」


 テロンとルシカは思わず互いの眼を見交わした。さらに後ろでは、その話を耳に入れてしまったグリマイフロウ老までもが、目をきらきらと輝かせているのであった。


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