第22話 プライド
「そんなに顔に出てたかな」
自分では、表情に出していないつもりだった。だが、確かに、考え事をしていたから、無防備にはなっていたかもしれない。
「出てた。唇がぴくって揺れたし、目が泳いでた。バレないって思ってたんだ」
まだクスクスと笑っている。俺は、妙に恥ずかしくなり、目を背ける。
「そうだよ。先生に頼まれた。先週、江南さん叱られてたでしょ。そのあと藤咲と一緒に呼び出されて、どうにかしてくれないかって依頼されたんだ」
「ふふ、正直に言えて偉いね」
江南さんは、口元を緩ませながらそう言う。
その言葉を聞いて、俺はつい立ち止まる。
あれ?
違和感が、胸の中に飛来する。
今、子供扱いされた? この俺が? あまりにも自然に言われたため、すぐには脳が追いつかなかった。
「どうしたの?」
江南さんが怪訝そうな顔になる。しかし、子供扱いしたのかと訊くのも恥ずかしい。結局俺は、なんでもないよと答えることしかできなかった。
「全然、なんでもなさそうには見えなかったけど」
「うるさいな。こんなにあっさりバレたことに驚いただけだよ」
「ふーん」
江南さんと話していると調子が狂う。だから、やっぱりそうだったのかと思った。俺をからかって、意趣返ししているんだ。
そして、自分の中に妙なプライドがあることにも気づかされる。俺は、家でも学校でもいい子ちゃんで通してきた。頼ることは少ないけれど、頼られることは数知れない。他の人よりもしっかりしているという自覚があるし、そこに誇りを持っている。
だから、急に「正直に言えて偉い」なんて言われて、少しむかついている。俺は、そんなことを言われるような人間じゃないって声高に叫びたい自分がいる。
「どうしたの、黙っちゃって」
「……いや」
俺の感情は顔に出やすいらしい。もし本当にそうであるならば、こんなことでむかついているなんて思われたくない。なるべく、無表情でいようと努める。
「ちなみに、先生にはなんて言われたの? わたしを更生させれば、内申点あげるとか?」
俺はかぶりを振る。
「そんなこと言われてないよ。単純に強くお願いされただけだ。先生にはもうどうすることもできないから、歳の近いお前たちを頼りたいって」
「お人よしだね」
そうだな、と自分でも思う。最初、断ろうとしていたとはいえ、話したこともないクラスメイトのためにわざわざ作戦を練って、説得しようとしていたのだ。
「西川にもわざわざ頼んだんだね。ファミレスで合流するように調整して、一緒に勉強する流れにしたんだね」
「ああ」
「そして、あんたが一発かます想定だった……?」
「それは、違う」
もしも、きちんと段取りを組んでいたならば、もっとうまくやれていた。あんな風に感情的に声を荒げることなんてなかった。
「もともと、あの勉強会は、江南さんとの距離を縮めるために考案した作戦だった。だから、あの場では遅刻するな、とか、授業を真面目に聞け、なんてことを言うつもりなんてなかった」
「……なるほど」
じゃあ、どうして急にあんなことを言ったのか、と江南さんは訊かなかった。
「やっぱりあんた面白いよ」
「……」
どこに面白い要素があったのだろうか。不快にさせる要素ならあった。数日過ぎた今になっても、自分の失態を悔いている。醜い感情、醜い言葉だった。江南さんには何の関係もないのに、勝手に自分と重ね合わせて、ぶちまけてしまった。
「とにかく、過ぎたことだ。俺は先生に頼まれたことを完遂した。これ以上特に江南さんに対して何かをすることはない。今さら気にするなと言われても無理かもしれないけど、なるべく忘れてほしい」
「まぁ、無理かな」
あっさりそう答えられる。やはり、江南さんは素直なタイプの人間じゃないなと思う。
仕方ない、そう思ったときに、江南さんが声を出した。
「あ」
そんなことを話している間に、T字路に差しかかっていた。駅に向かう方角と住宅街に向かう方角で分かれている。
「俺、こっちなんだけど」
駅に向かうほうを指さすと、江南さんは小さくうなずいた。
「わたしは逆だから」
どうやら、この不思議な時間も終わりを迎えたらしい。なんとか乗り切ることができて、俺はほっとしていた。
「あんた、電車通学なんだ」
「ああ」
俺の家は、学校の最寄り駅から2つ離れた場所にある。
「そう。じゃあ、また明日ね」
江南さんは、そう言って、背中を向けて歩き出す。
俺は、江南さんの後ろ姿を見ながら、いろいろありすぎた今日の出来事を思い返す。朝に挨拶され、授業中に意味深な表情を向けられ、昼に話しかけられ、放課後に待ち伏せされた。
西川以外の誰に対しても冷たく接していた江南さんが、今日だけは別人のようだった。
――また明日、か。
今日みたいに、明日も江南さんは俺に対して親しげに接してくるのかもしれない。先生の任務を達成できたとはいえ、代償が大きい。
――まさか、これから毎日似たようなことがつづくわけじゃないよな……。
そんなことを考えながら、俺も背中を向けて、駅へと歩き始めた。
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