第34話 一緒に居よう
「うぁっ」
足が震えて満足にバランスを取る事も出来なかった俺は、無様に道路へと倒れ込んでしまう。
なんとか頭を庇う事だけは出来たため、手のひらを擦りむくくらいですんだ。
道路が熱い。太陽の光に焙られたアスファルトは触れるだけで火傷してしまいそうなほどの熱を持っていた。
急いで立ち上がるため、道路に手を付けて――
「ぐっ」
傷口を道路の熱がジリジリと焦がし、体の芯にまで響いてくるような痛みが沸き上がって来る。
手を離してまたもう一度なんて間抜けな事はしたくなかったので、奥歯を噛み締めて急いで立ち上がろうとしたのだが……膝が笑いだしてこれっぽっちも言う事を聞かない。
悪態をつこうとしても、肺は空気を求めてゼイゼイと上下運動を繰り返すだけで、声にエネルギーを回す余裕などない様だ。
止まらなければ気付かなかったのに、止まってしまったから体が理解してしまっていた。
ああそうだ。認めたくないがそろそろ体力の限界に――。
――認めない。認めるわけがない。
俺は蒼乃を必ず取り戻すと誓った。俺の体が壊れてもいい。どうなったっていいから、蒼乃だけは絶対に。
だって蒼乃は……蒼乃は……俺の何よりも大切な存在だから。
走り回って求めて求めて、ようやく理解した。
遅すぎるほどに遅すぎるかもしれないが、俺にとって蒼乃はここまで俺の心を占める存在だったのだ。
だから――。
「絶対、見つける。待ってろ蒼乃……!」
俺は地面に拳を叩きつけるとその勢いで立ち上がる。
足は以前ほど動いてくれなかったが、それでも前に進む。
何とかして近くの自販機にまでたどり着き、歪む視界の中、手探りでスポーツドリンクを購入して一気に飲み干すと、次は水を買って頭から思いきり被る。
冷たい水が全身を流れていき、意識がすっきりと透き通るような気分になっていく。
――少しだけ、生き返った。
もう一本スポーツドリンクを購入してこちらはリュックに突き刺す。
ふと、道行く人が俺の事を何事かといった様子で眺めて居る事に気付く。
それぐらい俺の行動は異常だったかもしれない。
もはや人の目を気にする余裕など欠片も残ってはいないが。
ポケットからスマホを取り出して時刻と次の目的地までのルートを再確認する。
残り時間は約二時間で、目的地は徒歩20分。まだいける。まだ望みは残っている。俺は自分自身をそう説得して歩き出した。
そして……俺は全ての候補を回り切って、全ての場所で蒼乃を見つける事が出来なかった。
蒼乃が居ない。どこにも居ない。
行ける場所は行きつくしたのに、蒼乃の姿はどこにもないのだ。
残り時間も、もう10分もない。
このままだと蒼乃は――。
「蒼乃ぉぉぉっ! どこだっ、どこにいるっ!!」
気付いた時には、俺はそう叫んでしまっていた。
無情に流れていく車の列が、俺の声など無視して排ガスを吹きかけていく。
俺の叫びに応えてくれる人間は、誰一人として居なかった。
それでも――。
「蒼乃ぉぉぉっ! 俺はここに居るぞぉっ!! 返事してくれぇっ!!」
叫びながら、足を引きずって蒼乃を探す。
恥も外聞も何もありはしなかった。
そもそも、蒼乃が戻って来なければ俺の人生に価値などない。他人なんてどうでもよかった。
「蒼乃ーーっ!! 蒼……ゲホッゲホッ」
喉が張り裂けてしまいそうなほど力を籠めて叫んだせいか、思わずむせ込んでしまう。唾液が枯渇してしまい、喉に詰まりそうなほど粘着力を持ったタンをその場に吐き捨てる。
喉でも切れたのだろうか、赤い物が混じっている気がしたが、俺には関係ない。
もう一度息を吸って、
「蒼乃……ゴホッ……蒼乃ぉぉっ」
叫ぶ。
行くべき場所は分からない。
どの場所にも蒼乃は居ない。学校にも、思い出の場所にも、蒼乃の趣味の場所にも居なかった。
残骸となったスマホの画面には何も映らず、ゲームのアドレスを打ち込んでみても、404 Not found と表示されるだけ。
ヒントも手掛かりも何もかもを失ってしまった俺に出来る事は、声を張り上げて、蒼乃に気付いてもらう事だけだ。
「蒼乃ぉぉぉぉっ!!」
何度目かの大声を張り上げた時、
「ちょっと、いいかね?」
そう背後から呼びかけられる。
慌てて振り向くと、紺色の制服を着た男性警官がパトカーから降りて俺に話しかけていた。
その顔は明らかに険しいもので、何かしら良くないものを俺の下に運んできた様な感じを受ける。
「あまりそう大声で叫ぶと、迷惑になるだろう?」
「でも……12時までに、蒼乃を見つけないと……いけないんです」
喉を押さえて途切れ途切れに弁明する。
「ふむ、ちょっと詳しく聞かせてもらっていいかな?」
俺の背後で別の声が聞こえる。
どうやら運転席に座っていたもう一人の警察官が俺の後ろに回り込んでいたらしい。
俺が逃げられないように、だろうか。逃げる気力も体力も全くないのだが。
「俺……は……」
用意してきた言い訳を警官たちに説明する。
何度も色んな人に説明してきたせいか、詰まることなく流れる様に言い訳は語られていった。
「……つまり痴情のもつれと」
「俺と蒼乃はそんなんじゃないです……」
言ってから少しまずかったかなと思い直す。相手は公権力の人間だ。俺と蒼乃が血の繋がった兄妹だと、容易に調べる事が可能なのだ。
「まあどうでもいいけどね。君がちょっと執着しすぎて相手は嫌になったんじゃないか?」
「違いますっ! それだけはありませんっ。蒼乃は俺の傍に……」
ふと、気付く。
蒼乃は俺の傍に一番居たいと言ってくれた。
そしてゲームの仕掛け人は『パートナーが一番居たい場所で見つけられる』と言っていた。
わざわざ言い回しが同じであったのは、果たして偶然なのだろうか。もしもそこに何らかの意図があったとしたら……これが答えなんじゃないだろうか?
幸せの青い鳥はどこを探しても見つからないが、自分の隣にこそ居た様に。
つまり……。
「君、どうした?」
ぴたりと途中で言葉を止めた俺を怪しんだのか、警官がいぶかしみながら俺に近づいてくる。
でも俺はそんな事どうでもよかった。
俺は息を吸い込むと、
「蒼乃ーーっ! 好きだっ大好きだぁっ!! 誰よりも何よりも好きだ、愛してると言っても足りないぐらいに! だからずっと一緒に居よう!!」
叫ぶ……いや、語り掛ける。
蒼乃に、傍に居たいと言ってくれた蒼乃に。
馬鹿らしい考えとか世迷言だとか妄想かもしれないとか、色々と不安な事は有り余るほどある。
でも俺はこの考えに縋るしか方法が無かった。
最後の瞬間、ほんのわずかだけ見えた希望の光に手を伸ばすしか俺には残されていなかった。
「ずっと傍に居るから! 絶対に一生離れないから! だから、俺の傍に居てくれ、蒼乃!!」
「おい、ちょっと、静かにしなさい」
「おい、ゲームの誰か分かんねえ奴! 蒼乃はここに居るんだろう! 俺の傍に居るんだろう!? 早く返せ! 俺の蒼乃を返せ!」
警官二人が俺の口を塞ごうと手を伸ばしてくるが、それを避けながら続ける。
「蒼乃! 俺は蒼乃だけしか要らない! 蒼乃が居ないと俺は俺で居られない! 俺は蒼乃の為だけに在る! ここに居る……だから――」
塞がれて、でもそれでも体を捻って抜け出して……。
「蒼乃、傍に居てくれよ……!」
叫んだ。
無我夢中で蒼乃の事を呼んだ。欲した。
俺は何かを求める様に手を中空に突き出して――。
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