第33話 求めても求めても…

「はぁっ、はぁっはぁっ……くそっ」

 結果から言うならば、俺の足以外全ての手段が使用不可の様だった。

 バスはいくら待っても来ず、タクシーは影も形も見えない。駅に至っては電車が何らかの理由でストップしているという。

 それらを確認するためにひどく時間を使ってしまった。

「いまっ……」

 ポケットからスマホを取り出して時間を確認する。

 時刻は9時過ぎ。制限時間はもうあと半分もない。

 たった3時間で、俺は一生蒼乃に会う事が出来なくなってしまう。それを想像しただけで、俺の心臓は引き裂かれてしまったのかと思うほどの痛みが生まれる。

 お別れなんて絶対に嫌だ。何が何でも取り戻す。

 そのためには俺が壊れたっていい。

「この……近く……」

 時刻を調べたついでにアプリを起動して目的地であるアニマルカフェを探す。

 ――次の信号を曲がってすぐ。

 確認を終えると、俺はスマホをポケットに突っ込んで走る速度を上げた。

 もう10キロ以上走り通しで、さほど運動をしない帰宅部の俺の足は先ほどからガクガクと悲鳴を上げている。

 それでも休んでいる暇などなかった。

 絶対に蒼乃を見つけて――抱きしめる。

 それから大好きだって伝えよう。絶対に離れたくない、手放したくない。一生蒼乃と一緒に居たいと伝えるつもりだった。

「はっ……ここ、かっ」

 カフェを見つけたが、案の定開店前で店は閉じている。

 念のために店の周りや周辺の家をぐるりと確認した後、店内の様子を伺うが――。

「――居ない」

 成果は何も得られなかった。

 俺は再びスマホを取り出すと、次の目的地を探す。

「古本屋か……」

 個人でやっている古本屋の様だ。

 しかし、それにしても……。

「蒼乃……行動範囲、広すぎだろ……」

 蒼乃は思わずため息をつきたくなるほど行動半径が広かった。

 友達が言うに、古本屋を色々とハシゴしたりするのが趣味であったらしく、市内の端から端まで古本屋を網羅しているといっても過言ではない位に自転車で走り回っていたそうだ。

 帰宅部のくせして体力が異常にあるのも頷ける話だった。

「蒼乃ってこんな一面もあったんだな」

 何も知らなかった。

 俺は蒼乃の事を表面だけしか知らなかったのだ。

 こうして蒼乃の生活圏を走り回って蒼乃の事を知っても、多分それは蒼乃のほんの一部で、まだまだ俺の知らない事が山ほどあるのだろう。

「今度一緒に色々行こうな。俺を色んな所に連れ行ってくれよ」

 スマホをひっくり返してその裏側に貼られたシールを見る。

 シールには、俺と蒼乃が写っており、蒼乃ははにかむ様な笑顔を、俺は開き直って自棄になっている様な笑顔を浮かべていた。

 これは、俺と蒼乃が初めて行ったゲームセンターで撮ったものだ。多分、蒼乃はこれを初めてのデートだと思っているだろう。俺もそうだ。あれは間違いなくデートだった。

 だって――あれだけドキドキして、楽しくて、好き合っている二人が一緒に遊んでデートでないわけがないじゃないか。

「蒼乃……」

 蒼乃が確かに存在した証を額に押し付けて気合を入れ直すと、俺は再び走り出した。





「すみませんっ!」

 店先を箒で掃いているおじさん――恐らくは古本屋の店主だろう――に怒鳴りつける様にして声を掛ける。

 どたどたという足音を立てながらやって来た俺に対し、やや体をのけぞらせているのは……やはり驚かせてしまったのだろう。

「すみません、蒼乃……えっと」

 ポケットからスマホを取り出して、その裏側に貼ってあるシールをおじさんに見せる。

「この女の子、知りませんか?」

「ん~?」

 おじさんは一度シールを睨みつけ、目を凝らしてしげしげと見つめた後、

「ちょっと待っちょってくれ。目が遠くてな」

 などと言いながら店の中へと引っ込んでしまう。

 早くしてくれ、と焦れながら待つ。

 まだか、と思いながらスマホの画面へと視線を走らせ、ちょうど数字が変わるところを見てしまい気持ちが早っていく。

 結構ですと言って立ち去ろうかという考えが頭をよぎる。その反対に、たった数秒待てば手掛かりが手に入るかもしれないという期待もあった。

 何度も早くしてくださいという言葉を呑み込んで待つ。

 その間、何分か、何十秒か。

 たった一秒が何十分もの時間を無駄にしている様な気がしてならなかったが……。

 ようやくおじさんは眼鏡をかけて出て来てくれる。

「ああ、この娘か。知っちょる知っちょる。礼儀正しくて今時分あんまし見ない位良い娘やが」

「今日は見てませんか?」

 その問いかけに対しての答えはノー。おじさんは白髪交じりの頭を黙って横に振る。

 ここも空振りの様だった。

 俺はため息が出る直前で歯を食いしばって留める。

「じゃあ、すみません。もしもこの娘を見かけたら……」

 メモ帳を取り出してスマホの番号を書き込み、メモから引きちぎった。

「この番号にお願いします」

「いいが……なんかあったんか?」

「えっと、まあ、昨夜から居なくなってしまって」

 俺は用意しておいた嘘をおじさんにつく。

 蒼乃を取り戻すことが出来て、蒼乃がここにやって来た時多少気まずい思いをするかもしれないが、そこは仕方がないと諦めて貰おう。

「そっかぁ……。若い子は色々あるもんね。まあアンタも頑張って」

「ありがとうございます」

「兄ちゃんはご家族?」

 ……恐らくそれは何気ない一言だったのだろう。

 適当にそうだと頷けばそれでいい質問だ。

 事実俺は蒼乃の兄で、家族でしかない。これから先もそうしようと蒼乃に言ったばかりだ。

 だから俺はこれに、はいと頷けばいいだけなのに……。

 俺の口からは自然と違う言葉が飛び出していた。

「いえ、恋人です」

 自分でもその言葉を口にしてしまい、内心驚いてしまう。

 でも、そう宣言してしまったというのに、何故かひどく納得している自分が居た。それはきっと、兄妹という関係より恋人という関係を俺が望んでいるから。

 これだけ走り回って、あれこれ余計な事を考える余裕が無くなって、その結果生まれた一番本心に近い答えがこれなのだ。

 あ~、そーね。なんて感心するように頷いているおじさんに一礼した後、俺は再び走り出した。




 一緒に行ったゲームセンター、カップルドリンクを一緒に飲んだ喫茶店。他にも蒼乃が好きそうな店や友達と一緒に行ったというアンティークショップなどを見て回った。

 総勢で走り回った距離は、いったいどのくらいになるだろう。

 20キロか、30キロか。いずれにせよ足の裏にマメが出来て、それが破れて出血するほど走り回ったことは確かだ。

 足の裏だけでなく、足そのものもズキズキと痛む。更には先ほどから歩いているだけだというのに動悸と呼吸が上がりっぱなしで治まる気配すらみせない。

 俺は自販機で買ったスポーツドリンクをリュックから取り出し……空っぽだったんもで、それを元の様に戻す。

 もう、頭も満足に働いていない様だった。

 先ほどから滝のように流れていた汗が、ほぼ完全に引いている。視界がぐにゃりと歪んで、思わずよろめいてしまう。

 どうやら本格的に俺の体は限界が迫ってきている様だった。

「まだ……次の所に……いかない、と」

 ふらふらになりながら道を歩き、ついでにコンビニか自動販売機を探す。

 今すぐ水分補給をしないと本当にヤバいだろう。

 ふと、蒼乃の声が聞こえた様な気がして辺りを見回す。多分、俺が蒼乃を求めるあまり聞こえてしまった幻聴だろう。

 ドラッグストアなら二割引きで買えるから、なんて台詞は確か……蒼乃と俺が買い食いをした時に言われた言葉か。

 本当に経済観念が高いよなぁ。

 でも蒼乃。コンビニは高いかもしれないけど、確実に手に入ってしかも早いって利点があるんだぞ。こういう時間が勝負って時には呑気にスーパーとか行ってられないから。

 ……普通はこんな事、一生に一度もないだろうけど。

「っと」

 無駄な事を考えて居たからだろう。思わず俺は何かにけっつまづいて――。

 

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