第20話 兄妹以上な関係!?
俺はベッドに横たわったままスマホを確認する。時間は朝の六時五分前。あと五分で蒼乃がやって来る。
日課になりつつある挨拶と、ミッションの確認のためだ。
俺はスマホを弄ってゲームを起動させると、何となくゲーム画面を眺めた。
画面にはデフォルメされた女の子のキャラクターとその横に、もう一人の人もタップしてね、という台詞が吹き出しにかかれて表示されている。
「なあ、お前の目的はなんなんだよ……」
ぼやきながら画面を軽く弾く。
もちろん何の効果もないし、ゲームが進むこともない。いつも通りの反応が、いつもの様に繰り返されているだけ。そんな事は分かっていたが、やらざるを得ない気持ちになっていた。
「十分に仲良くなったよ。俺はもう、蒼乃とそうそう喧嘩することはねえよ。もうゴールでいいんじゃねえのかよ……」
ゲームは答えない。
「お前の言ってたゴールインってそういうゴールインなのか? 残念ながら、兄妹じゃ結婚は出来ねえんだよ」
性的なものに対して理解が進んだ現代でも、血縁者との結婚は禁止されている。国によっては罰則、それも重度の刑罰があるところも存在するのだ。同性同士の婚姻が認められるようになったとしても、血縁者との婚姻が認められることは未来永劫ないだろう。
そのぐらい忌避される事なのだ。近親者に対して恋愛感情を抱くというのは。
「……っと、そろそろか」
スマホの画面が切り替わってアラームを鳴らし始める。午前6時。そろそろ蒼乃が訪れる時間だ。
俺は自分の頭をコツコツと叩いて意識を切り替える。
昨日誓ったはずだ。この気持ちは気の迷いで、俺はただの兄に戻ると。
大丈夫だ、まだ女の子として意識をしているだけで、別に蒼乃の事が好きになったとかじゃない。
目を瞑って深呼吸をする。先ほどの言葉をもう一度心の中で反芻したら……高ぶりが抑えられた気がした。
「兄、起きてる?」
ドアがわずかに開いて、そこから蒼乃の声が滑り込んでくる。
声に怒りが乗らなくなって数日しか経っていないのに、怒鳴り声が欲しいな、なんて思ってしまうのは感傷からだろうか。
「起きてるぞ」
「……起きてるんだ」
何故か残念そうに呟きながら蒼乃が入ってくる。
蒼乃はぴっちりと制服を着こみ、既にあのピンクの子どもっぽくも愛らしいパジャマ姿ではない。
「おはよう、蒼乃」
「おはよう。………………蒼司」
二拍も三拍も遅れて、蒼乃が俺の名前を呼ぶ。これでデイリー任務は達成。報酬は不幸が起きない事。
「ん」
言わずとも理解している蒼乃は画面をタッチしてから覗き込む。
俺たちの見ている前で二つのサイコロが転がって、出た数だけキャラクターがゴールまでの距離が分からない道を歩く。
俺は、思う。このゲームに終わり何てないんじゃないのかって。強いて言えば、このゲームを仕掛けてきている奴が飽きた時が終わりじゃないだろうかと。
『今日はあなたの手料理をパートナーに食べて貰おう!』
ふむ、これは意外と簡単だな。朝ご飯はたまに俺や蒼乃が準備したりもするのだから、今日それをすればいいだけの話だ。
「蒼乃、目玉焼きでも料理は料理だよな。ちゃちゃっと終わらせるぞ」
俺はスマホをスリープモードにしてから枕元に置いて起き上がる。
現在の時刻は六時を少し回ったところなので、登校までまだまだ時間はあるが、早めに行動しておいて損はないだろう。
「朝ごはんで目玉焼き? それも悪くないけど……」
蒼乃は少し視線を俺から外してちょっとだけ考えると、
「兄、お弁当食べない?」
なんて、自分からハードルを上げて来たのだった。
俺が着替え終わってからキッチンに行くと、既に蒼乃がエプロンを付けて料理を始めていた。
紺を基調にしたブレザーに膝丈のスカート。その上に薄い青色のエプロンを付けて料理している蒼乃は、見た感じ……まあ普通のお手伝いをしている子どもって感じで、決して新妻とか幼妻なんて風には見えない。
蒼乃は毎朝学校に行く前にこうして自分と母親のお弁当を作っている事は知っていたが、まさか俺の分まで作ってくれる日が来ようとは想ってもみなかった。
「兄、冷凍食品適当に詰めて」
蒼乃は菜箸で器用に卵を丸めながら顎で机の上に並べられている弁当箱を指す。
弁当箱には既にご飯が半分ほど詰められており、湯気が立ち上っていた。
一つだけ大きめのタッパーだけど、多分これが俺のだろう。
「冷凍食品って……」
「冷凍庫の中に買いだめしてあるお弁当専用のおかず」
ああ、そう言えばぎっちぎちに詰まってるの見たことがあるな。
「何にするとか決まってるのか?」
「無いから好きなの選んで」
好きなのと言われれば食指も動く。俺は早速冷凍庫を開くと、様々な冷凍食品を物色し始めた。
蒼乃からは何度か冷凍庫を開けっぱなしにするなと注意されてしまったが、なかなか沢山の種類があって目移りしてしまったのだから勘弁してもらおう。
結局、唐揚げ、グラタン、ひじき煮といった、多少俺の好みに偏った物を選んでしまったが……蒼乃は眉の角度をほんの少し変えただけで何も言わなかった。
「それを温めずにそのままお弁当に詰めて」
「え、温めずに? 凍ったままだぞ?」
「食べる時には溶けてるから大丈夫。それに保冷剤になるから逆にお弁当が痛まないの」
「へー」
料理とはそこまで距離が近くない俺からすると目から鱗が落ちるような話だった。
てっきり電子レンジでチンしてから入れる物とばかり思っていたのに。
俺が適当におかずを詰め終わったら、蒼乃が更にだし巻き卵やミニトマトを始めとした野菜を詰め込んでいく。それから彩を考えて配置場所を調整すれば……あっという間に三つのお弁当が完成してしまう。
正味30分もかかっていない。
拍子抜けしたというよりは驚きの方が大きかった。
「ところで兄は毎日500円貰ってるでしょ」
「そうだな」
パン二つに飲み物を買えば、だいたい500円になる。たまにちょっと我慢してちょろまかしたりする事もあるが、空腹には勝てないので大概使い切ってしまう。むしろ足りないまである。
「お弁当だと一食200円くらいになるの。冷凍食品使わなかったらもっと安くなるから……」
「から?」
蒼乃がちょっと得意そうにフフンッと笑う。
「お母さんがたまにだけど臨時ボーナスくれるの。差額だって言って」
「マジかよ! うわぁ、そんなの一言も言ってくれなかった! 知ってたら俺も作ったのに!」
「どうせ兄は食べずに着服してる時もあるだろうからとも言ってた」
くっ、全部見抜かれてたのか。さすがは母さん、俺の事をよく分かってるじゃないか。
くそう、明日から俺も弁当にして小遣いアップねだろうかな。弁当は割と量あるし、ガッツリ食べられそうだから悪くない選択肢に思えて来たぞ。
「ところで兄、私はサニーサイドダウンにして」
「は?」
聞いた事もない言葉を言われて何が何だか分からず疑問符を浮かべている間に、蒼乃はエプロンを脱いで俺に手渡してくる。
「目玉焼き、作ってくれるんでしょ」
「あ、ああ」
「楽しみに待ってるから」
そう言い残すと蒼乃はソファに座り、小さい音でニュースを視始めた。
どうやら俺が朝ご飯を作る流れになっていて、しかもサニーなんちゃらとかいう物を作らないといけないらしい。
まあ確かに、弁当を作ってもらっておいて何もしないというのは虫が良すぎると言えば良すぎるだろう。
仕方ない、と俺は納得してエプロンを椅子に引っかける。
まずやるべきことは、ひとつしかない。
「なあ蒼乃、そのサニーなんとかってなんだよ」
料理の知識があまりないのだから、その道のプロに聞くのが一番だろう。
結局俺は蒼乃の指導を受けつつぐちゃぐちゃになった目玉焼きを完成させたのだった。
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