第2話 運命の恋人
「だから、邪魔しないでって言ってるでしょっ!」
「俺は立ってただけだろうが、なんでそんなに言われなきゃなんねえんだよっ。うぜぇなぁっ!」
オレと妹の仲は悪い。それも単純に悪いだけじゃなくて最悪を通り越して地獄だと断言できるほどだ。俺たちは顔を合わせる度に怒鳴り合い、罵り合う仲だった。
毎日毎日飽きもせず、喧嘩ばかりしているものだから……。
「いい加減にしなさいっ!!」
とうとう母親の雷が落ちてしまった。
洗面所で怒鳴り合っていた俺たちは、母親の剣幕に圧されて二人共黙り込む。
「それでっ、今日はどうしたのっ!?」
「蒼乃の奴が俺は邪魔って言いながら突き飛ばしたんだ」
「アンタがうざいって言って来たの。それに最初はわざと私の邪魔をしたでしょ。それを棚に上げてよく言えるね」
「はあ? 俺は普通に歯を磨いてただけだっつーの」
「私が取ろうとしたらわざと体を揺らして邪魔したじゃない」
「たまたまだっつーの!」
「絶対嘘っ!」
母親の一声で一旦治まっていた喧嘩は、理由説明という名目で再び火が付いてしまう。俺と蒼乃は互いに自分が正しくて相手が間違っている事を証明しようと激しく言葉をぶつけ合った。
「だから喧嘩を止めなさいっ!!」
先ほどよりも更に大きな母親の怒鳴り声で、再び俺らは黙り込んだ。
「そんなにぎゃーぎゃー騒がれたら、どっちが悪いとか母さんは判断できないわよ。もうするつもりもないけど」
そう言うと、腕を組んで俺と蒼乃を睨みつけ、
「仲良くできる様になるまで二人共小遣い無しっ!」
最終兵器とも言える、断頭斧を振り下ろした。
「え~っ!」
「そんなっ」
高校生である俺たち二人には、小遣い抜きなどという処遇はあまりにも致命的だ。遊ぶのにもお金が居るし、ちょっとしたお菓子を買うのにだってお金が要る。何をするにもお金お金。だというのにアルバイトが原則禁止されているのだから、最大の収入源であるお小遣いを止められればどうなるか。
想像するのも嫌になるくらい悲惨な未来が待っているだろう。
「あなた達が毎日喧嘩するのが悪いんでしょっ!」
「でも……」
「でもじゃありませんっ! お母さんはあなた達のそういう声を聞きたいわけじゃないのっ! せめて一カ月でも一週間でもいいから喧嘩せずにいなさいっ」
こうなった母親は頑固で絶対に自分の意思を曲げたりしない。小遣い無しと決めたら絶対にくれたりはしないだろう。俺に出来る事は素直に従う事だけ。
俺はバレないように口の中で舌打ちをすると、口だけで分かったと言って、適当に口をゆすぐと洗面所を後にした。
「……仲良くかぁ……」
テレビ前に置いてあるソファに寝そべり、何となく母親から言われた事を反芻する。
日曜日の朝から蒼乃のことなど考えたくはなかったが、小遣いを物質に取られてしまっては仕方がない。仲良くなるための方法を考えて……考えて……。
「無理だろ」
仲良くなれる方法が、これっぽっちも思いつかなかった。
今でさえ蒼乃の整った顔を思い出すだけでむかむかしてくるのだ。実際に目の前に現れれば、悪態をついてしまう自信があった。
「どうすっかなぁ……」
行き詰ってしまった俺は、何気なくスマホに手を伸ばして弄り始める。
父親が単身赴任するからと兄妹揃って持たされた代物だが、俺はもっぱらゲームやネットにしか使っていなかった。
とりあえずブラウザを立ち上げ、妹 仲良くする方法、と打ち込んで検索を掛けてみる。そのうちのいくつかを適当に開いて読み進めていったのだが、ほとんどが18歳未満はお断りなゲームだったり、それに近い小説などで思いっきりげんなりしてしまう。
「実の妹とかありえねえっての。気持ち悪いだけだろ」
こういうのは妹が居ない連中だから幻想を抱けるだけに違いない。実際に妹なんて居てみろ、腹立つだけだぞ、とその作者たちに言ってやりたかった。
「陰口叩くとか最低」
いきなり背後からその妹である蒼乃の声が降って来る。俺は驚いて、思わずうわっと叫び声を上げながら上体を起こす。
蒼乃は手にコップを持っており、どうやらお茶か何かを取りに来たところらしかった。
「ちっげえよ。今のは陰口じゃねえよ」
「どう聞いても陰口にしか聞こえないんだけど」
先ほど母親に叱られたばかりだからか、蒼乃の声はかなり抑えられている。しかしその分声の鋭さと冷たさは増している様に聞こえた。
「妹、仲良くなる方法って検索したらそういう小説とかゲームが出て来たから、妹と恋愛するなんてありえねえって言っただけだよ」
慌ててスマホの画面を蒼乃に向けて言い訳を重ねる。こんな事で早速喧嘩をして小遣い没収なんてことは絶対に避けたかった。
しかし……慌てていたのがいけなかった。俺は今、どういうサイトを開いていたのかをすっかり忘れてしまっていたのだ。
俺が見ていたのは、男性向けかつ18歳未満お断りな画像が満載なゲームサイトだったことを。
「――――バカッ! 何見せてるのよっ!」
顔を真っ赤にした蒼乃が、思いきり俺のスマホを手で払いのける。
俺の手からこぼれたスマホは宙を舞い、画面を下にして床に叩きつけられてしまう。
「おいっ」
「ばかばかばかっスケベ、変態! ありえないからっ! そんな画像見せつけるとか何考えてるのっ!?」
「止めろっ。声が大きい……! 母さんに聞こえたらどうすんだよ。今喧嘩したらマジで小遣い貰えなくなるぞ」
小遣いという言葉は魔法の様な効力を示し、蒼乃はすぐさま口を閉ざす。だが不満は蓄積されている様で、殺意が籠っているのではないかと思うほどキツく睨まれてしまう。
もっとも、そんな事には慣れ切っているので今更何とも思わないが。
「まあ、変な画像見せたのは悪かったよ」
今回の件はさすがに100%俺に非があったので、一応謝罪らしき言葉は口にしておく。
それから俺はスマホを拾って画面が割れていない事を確認して――。
「ん?」
床に落ちた衝撃で変な所が押されてしまったのだろうか。画面には先ほどとは全く違う映像が表示されている。丸い円の中に、『アモーレっ!!』なるロゴが浮かび、その下にはゲームスタートの文字と細かい文字で説明が書いてあった。
「えっと、どんな人とも仲良くなれるゲームだよ。基本料金無料だから気軽に遊んでみてね」
…………そりゃ検索したけどさ。うさん臭いにもほどがあるだろ。仲良くなれる方法で検索したから、この説明文に引っ掛かっちゃったんだな。
だいたい基本料金無料って、課金してくださいねってことだろ。
「なにいきなり言ってるの?」
「いや、なんかゲームかなんかが起動してた」
ゲームという言葉を聞いて、蒼乃は思いきり顔をしかめる。どうやらエで始まるゲームだと思っているらしい。
「ミニゲームっぽいのだって。そういうのじゃねえよ」
一応潔白を証明するために、スマホの画面を蒼乃に見せつける。
「だから見せないでよ」
蒼乃はまたもスマホを手で払いのけようとしたため、慌てて手を引っ込めたのだが、その際どちらかの手が画面に触れてしまったのだろう。スマホから、ピンポンッなんて軽快な電子音が聞こえてくる。
「やべっ」
急いでキャンセルしようと画面を見ると、ゲームは既にチュートリアルか何かに入っていたようで、スタートと書かれたマスの上に、可愛くデフォルメされた女の子のキャラクターが、手に巨大なサイコロを持って立っていた。
タップしてね、という文字も同時に表示されているため、恐らくサイコロを振ったらキャラクターがその数だけ進んでいくシステムなのだろう。一言で言うならすごろくだ。
「…………」
ほんの少しだけだが、これをタップしたらどうなるだろうと興味が湧いてくる。基本料金無料と説明にあったので、このサイコロを振ったところで何かお金を請求されるなどという事は、恐らくないはずだ。となると、このままゲームを止めてしまうのも何となくつまらないかなと思った俺は……画面に触れてしまった。
サイコロがコロコロと転がる演出が入り、出た数字1の数だけキャラクターが歩を進め、足元に生えた大根の様な物を引き抜き……。
『そこのあなた! 仲良くなりたい人と、握手してみよ~』
なんて声が鳴り響いた。
「……なにこれ」
「仲良くなれるゲーム……らしい」
まだ説明を読んでいないため詳しくは分からないが、大方サイコロを振るごとにこういう指令が出て来る作りになっているのだろう。まあ確かにこういう事をこなして行けばある程度仲良くなれるのかもしれないが、こんな事をしようとする時点でそいつらは既にある程度仲が良いに違いない。
俺が蒼乃と握手? ありえないね。
というわけで俺はさっさとゲームを閉じると、再びソファで横になった。
蒼乃も俺に興味を失ったのか、キッチンの方へと歩いていく。
何でもない日曜日の一幕で、すぐに忘れ去ってしまうようなたわいのない出来事。
俺はそんな風に考えて居た。
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