第3話 脅迫メール?

「くぁ……」

 俺は教室窓際前から三列目にある自分の席に座ったまま目を擦る。今は休み時間で注意する先生も居ないため、誰にはばかることなく大きな欠伸をかます。先ほどの授業中は眠くて眠くて仕方がなかったというのに、我慢して起きていたのだ。このくらいは許してもらおう。

「ふふっ、大きな欠伸見ちゃった」

 隣の席から何故か嬉しそうな声が飛んでくる。

「俺の欠伸見て何が嬉しいんだよ……名取なとり

 声の主は小山内おさない 名取なとり。俺の幼馴染にして一番の親友であるのだが……。

「ん~」

 名取は、その女の子にしか見えない整った顔をちょいっと傾げて、

「蒼司のだから?」

 なんて女の子だったら惚れてしまいそうな事を言ってくる。

 ……だが男だ。

 正直、本当は女の子が男の制服着て登校しているのではないかと何度思ったか知れないが、昔一緒にお風呂に入って確認済みなので100%男で間違いない。

「そっか……」

 あーあ、蒼乃が名取みたいな性格だったらなぁ。

 なんて思っていると、突然黒い影が頭上から覆いかぶさって来る。

「そーじぃっ! 元気ないぞぉ!」

「だぁーっ、抱き着くんじゃねえっ。暑いんだよ、ぼたん!」

 黒い影の正体は、同じく幼馴染にして一番の悪友。政山まさやま ぼたんだ。

 長い黒髪を頭の左でゆるい三つ編みにして垂らし、ぱっちりした瞳でとにかく底抜けに明るい印象を与える顔をしている。

 本人はまったく意識していない様だが、可愛らしい顔をしており、なにより竹を割った様に闊達な性格のせいか男女共に人気は高い。何より胸元がグラビアアイドル顔負けなくらい自己主張しているのにも関わらず、スキンシップが激しいため色々と困ってしまう事が多いのだ。

 今も俺の背中に覆いかぶさって、肩を掴んで左右にゆさゆさと揺れているのだが、メロンの様にでかい獲物が凄まじい重量感を伴って、背中にたぷんたぷんと押し付けられている。もはや手で揺らされているより胸によって動かされているというか胸が揺れてどんぶらこっこという感じであった。

 いや、自分でも何を考えて居るのか分からないが。

「それよりさー、視た? 視た?」

 こっちの抗議などまったく意に介さず、ぼたんは俺に胸を押し付けたまま話題を振って来る。

「視たけどさ……」

 ぼたんの大好きな話題など一つしかないのですぐに見当が付く。ぼたんは毎週日曜朝のとある男の子向け番組だ大好きなのだ。

「お面ライダーもうすぐ最終回じゃない。もう毎回毎回展開が熱くってさ~。ハラハラドキドキしっぱなしだよぉ」

 あまりに好きすぎて、将来の夢はライダーとか未だに言っちゃうくらいなのだ。小さい頃はそのものになりたいと言っていて、今は中の俳優になりたいと言っているので多少は成長していると言えなくもない。

 ……胸が大きすぎて、実際なったら子どもに悪影響がーとか言われそうだが。

「どうなると思う? ねえねえねえ」

「いいから一旦離れろって。興奮しすぎだお前は」

 背中で揺れている感触に後ろ髪を引かれつつも、俺はぼたんの顔にアイアンクローをかまして引きはがした。

「だって話せる人蒼司くらいしか居ないんだもん~」

 一応ぼたんは離れてくれたのだが、今度は何故かその場でライダーの変身ポーズを取り始める。ライダーへの衝動が抑えきれない様だ。

「居るだろ。今時ライダー視てる高校二年生」

「そーじと話したいのっ」

 まあ、昭和まで全て網羅しているのはさすがになかなか居ないだろうな。

「だからさぁ~……」

 ぼたんの変身ポーズが遡って平成一期に入ろうとした時。ヴー、ヴ―という音が、机の横に引っかけてある俺の鞄から響いて来た。

「切っとかないと怒られちゃうよ?」

 俺とぼたんの絡みを笑いながらみていた名取が俺の鞄を指さしてそう指摘してくる。

 この学校では一応スマホが黙認されているが、授業中に鳴りでもしたら確実に没収されてしまう。もちろんゲームをするなんてのは以ての外だ。

「おかしいな、朝来る前に電源切ったはずなんだけど……」

 俺は鞄を探ってスマホを取り出す。その画面には、メールが来たことを示すアイコンが表示されていた。

 こんなタイミングでメールが届く覚えがなかったので、もしやと思ってメールを開くと……。

「……なんだ、これ」

 そこに書いてある不穏な文面に、思わず顔をしかめてしまった。

「どしたの?」

「蒼司?」

 ぼたんと名取の二人も心配してスマホの画面を覗き込んでくる。

「……あと10分以内にミッションをクリアしないと罰ゲームとして不幸が訪れちゃうぞ。byアモーレたん」

「こわっ」

 名取が文面を声に出して読み上げると、ぼたんが後ろに一歩下がって自身を抱きしめる。

「チェーンメールってヤツだろ、どうせ」

 多少気分が悪くなるが、俺はこういう類のものを欠片も信じていない。馬鹿らしいと鼻で笑った後、スマホの電源を消して再び鞄に放り込んだ。

「でもどこからメールアドレス知ったんだろうね。蒼司はそんなに教えてないはずだよね?」

「ああ。でもどっかから漏れる物だろ」

 心配顔の名取を安心させるためにも、わざと平気な風を装う。

 確かに俺のメルアドを知っているのは、家族とこの二人ぐらいなものである。二人がそうそう漏らすことはない――というか俺のメルアドを知ろうとする人なんてそうそう居ない――だろうからどこから漏れたのか分からないのはあまり気分のいいものではなかった。

「これは……ゴルドムの仕業ねっ!」

「そんなわけないだろ」

 相変わらずのライダー好きが飛ばしてきたネタに突っこんでおく。大方そうやって混ぜ返して気分を楽にさせようというぼたんなりの気遣いなのだろう。

 ありがたくそれに乗っかりつつ三人で談笑し、残った休み時間を潰したのだった。




「であるからしてー……」

 お経の様な先生の声が響き、授業開始三分だというのに再び眠気が襲ってくる。

 理数系の科目であればもっと頭や指を使う作業があるのだが、運の悪い事に今やっているのは古典。そこまで詩歌の類に興味のない俺は、この時間がきつくてたまらなかった。

 俺はシャーペンの先で右手の甲を何度も突っついて刺激し、なんとかして眠気に抗おうと努力を続ける。

 だが、抵抗虚しく俺の瞼はだんだんと下がっていき……。

 ブーブーと、俺の鞄から再び物音が聞こえて来た。俺の背筋に緊張が走り、一気に意識が覚醒する。

 今のが先生にも聞こえて居たらスマホを没収されてしまうのだが……。

 チラリと視線を向けると、先生は相変わらず朗々とした声で教科書を読み上げており、気付いた様子はない。

 ほっと安心したのもつかの間、俺はとんでもない事に気付いてしまった。

 俺は先ほど、間違いなくスマホの電源を落としたはずなのだ。スリープなどではなく、完全なシャットダウン。これでメールが来るなど通常ではありえない。

 つまり、何らかの異常事態が起きているという事になる。

 恐らく先ほどのチェーンメールも、シャットダウンしたのにも関わらず、強制的に届いたに違いなかった。

――……もしかして、ハッキングでもされたのか? でもそんな事される覚え……。

 そこまで考えた時、俺はある事に思い至る。

 メールにあったミッション。そしてハッキングされる可能性。

 日曜日にやったあのゲームに他ならなかった。

 となるとミッションとはもしかしなくても蒼乃と握手をすることだろう。

――何故、俺と蒼乃が握手をしていない事を知っている?

 あのゲームはただのゲームなはずだ。だというのに、まるで監視しているかのようなメールを送って来ている。じゃあ、あと10分で起こる不幸というのはハッキングとかそういう事をするぞという脅迫かもしれなくて――。

「おい、小鳥遊。聞いてるか?」

 自分の世界に埋没してしまっていた俺は、先生の声で現実に帰って来る。

「あ、はい」

「こら、ぼさっとするんじゃない。今は授業中だぞ」

 少し年季の行った先生が、手に持った教科書で俺の机を軽く叩く。

「78ページだ」

 大方朗読しろというのだろう。そんな事をしている時間なんかあるのかと思ったが、今のは俺の想像でしかない。それで先生を説得するのは不可能に近いだろう。

 俺はとりあえずはいっと返事をし、慌てて教科書をめくりながら立ち上がって――。

 

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