第4話 美容院 その2

 さて予約当日受付で名前を伝えると、写真と全く同じ姿のあかりさんが「すみませぇん!」と叫びながら奥から飛んできた。「ごめんなさい。ちょっと待ってていただけますか?」とすまなそう。ひさこは予約してて待つのって珍しいなぁ初めてかもっと思いながら、でも別にこの後予定もないので「大丈夫ですよぉ」と答えてソファーでおもむろに雑誌をとりあげた。


 15分ほどしてあかりさんが前のお客さんの会計を済ませて見送った後、また「すみませぇん」と頭を下げながら近づいてきた。「わたし、カットするの遅くって。えへへ」と照れくさそうに笑った。一通りヘアスタイルについてカウンセリングした後シャンプー台に移った。ひさこは本来かゆいところがあろうがシャワーが熱かろうが冷たすぎようがつい「大丈夫です」と答えてしまうのだが、本当に気持ちよかった。なので心から「大丈夫です」と答えられた。なんだかがっしりした男の人の手みたいに力強いシャンプーだった。そういえば大柄な人だったかなぁなどと目をつぶりながらあかりさんの姿を思い浮かべていた。シャンプーが終わってカットの時に「シャンプーお上手ですね。とっても気持ちよかったです」と言ったら、あかりさんは「私マッサージよく褒められるんです。えへへ」と笑った。「手があれたりしないんですか?」と聞くと、おもむろに手を差し出された。そっと指を触ったらとってもぷよぷよして柔らかかった。あかりさんは「私の皮膚、結構強いみたいです。えへへ」とまた笑った。


 カットやパーマの最中、ものすごく真剣な顔で慎重にはさみを使う姿とえへへと照れくさそうにに笑う姿のギャップが何とも言えずおかしかった。「ご自分のパーマはどれぐらいの頻度でされてるんですか?」と聞いたら、「実は2年に一度くらい。えへへ」「え!」驚愕だった。そもそもそんな頻度の人はあまり聞いたことがないし、もし百歩譲ってそうであったとしても、頻繁に通ってほしいはずのお客さんにそんなこと言わないでしょうとも思った。


 あかりさんはひさこのパーマのあたり具合をチェックするたびに「あ、いい感じ。いい感じ」と本当にうれしそうだった。なんだかひさこもうれしくなった。ブローもすべて終わって鏡で出来上がりを見せるあかりさんはとても誇らしげだった。


 今日の美容院はとっても楽しかった。目の前の大きな鏡の自分より、あかりさんの立ち振る舞いばかりに注目していたからかもしれない。お会計を済ませお礼を言ってドアを開けた。今度はトリートメントもお願いしてみようかなと思いながら。


 苦手なものが一つ解消された瞬間だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る