チノ

在原旅人

第1話 

 大学から帰宅途中、中学校の校門前で一人歩いている妹の姿を見つけた。

 真新しいセーラ服姿はずいぶんと初々しいけど、どうも後ろ姿が寂しそうに感じるは気の所為ではないだろう。

 僕は少し早足で妹の方に駆け寄った。


「千野」


 背後から声をかけると、背中をビクッと震わせて背筋をまっすぐにのばす。おそるおそるといった感じで彼女は後ろ、僕の方に振りむいた。


「お、おにい……ちゃん」


 僕の姿を確認するなり、小さな声で千野はそう言った。ショートヘアーの、少し長めの前髪がかかった顔は笑顔を作ってはいるものの、その表情はこわばっていてどこかぎこちないようにみえた。

 彼女の堅さをときほぐせるように、笑顔を向ける。


「今日は友達と一緒じゃないのかい?」


 彼女が一人でいることは分かっていたけど、一応そう確認した。

 千野はゆっくりと首を横に振る。


「僕も今から帰るけど、なんならお兄ちゃんと一緒に帰ろうか?」


 そう言ったら考え込むように少しじっとして、千野はゆっくりと首を縦に振った。

 僕は道路の反対側に千野を手招きした。ゆっくりと彼女は隣に来る。

 並ぶと彼女の頭は僕の肩より少し高い所にある。僕が小柄な方というのもあるけど、妹が標準的な中学一年生の女の子より背が高いということもあるだろう。年齢的にもDNA的にも僕の背がこれ以上伸びることはないだろうけど、彼女はどうだろうか。女の子の方が成長期は早いから、もう身長はそんなに伸びないだろう。だからきっと身長が追い付かれることはない……と信じたい。


「学校には慣れた?」


 密かにコンプレックスを感じている事を表情に出さないように心がけながら、僕は隣の千野に話しかけた。


「はい」

「授業の方は大丈夫かい? ついていけている?」

「ええ……はい」

「帰る前にどこかよりたい所とかある?」

「特に」

「友達とはちゃんと仲良くやれているかな?」

「えーと……」


 ここで口ごもる。入学して一週間が過ぎているけど、どうやら友達はまだできていないようであった。

 その態度にもうちょっと気をつかった発言をすべきだったと反省する。

 僕はどちらかというと社交的な性格で、人と距離を詰めるのにそれほど苦労したことはない。

 だけど千野はそうではなく、どうも人との距離感の取り方に苦労する性格であるようだ。もっとも性格以外の要因もあるのだけど。

 

 会話が途切れたこともあり、僕らはしばらく無言で歩いていた。

 交通量が多い通りを過ぎたところで、再び千野に話題を振る。


「そうだ、今日は母さんが早く帰ってくるから久しぶりに四人でご飯食べようと言っていたよ」

「お母さんが?」


 『お母さん』の方は大分呼び慣れてきたようだ。母に対して嫉妬じみた対抗意識を覚える僕はまだ子供なんだろうか。


「何か食べたいものはあるかい? なるべくなら千野の好みに合わせるけど」

「特に、あ、なんでも、いいです」


 僕の方から世間話をいろいろ持ちかけるけど、千野はほとんど「はい」とか短い返事をするにとどまっている。

 まだ遠慮があるということを差し引いても、千野は内気で口数の少ない女の子だ。 コミュニケーションをとることがかなり難しい子ではあった。

 なんとか言葉のキャッチボールをしようと会話を心がけたけども、終始そんな感じなので僕の質問のレパトリーは瞬く間に尽きてしまった。駅が見える頃には、二人で無言で並んで歩いていたんだ。


 千野は僕の二人目の妹だ。

 新しい妹ができることを母に知らされたのは、僕が大学生活にも慣れた冬の始めごろだ。


『お母さんね、再婚しようと思うの』


 母に言われた時、近々そう切り出されるであろうことは薄々感づいていた。

 昌治さん――今となっては僕の義父だが――と出会ってから、母は彼の話をよくするようになっていた。

 そして彼の話をするときの母の顔が楽しそうだとは、鈍感だと自覚している僕にもよくわかった。

 長い間母一人、子一人でずっと暮らしていた僕らは、きっとお互いの絆は他の家族より強いだろう。

 だから母が再婚するという話に、僕は心から祝福の言葉を贈った。

 母も僕が喜ぶだろうことをわかっていたようだった。


 話を切り出された週末に昌治さんを紹介された。

 非常に人当たりの良くて、しかも細かい気配りの出来る人だなというのが初対面での印象で、それは間違っていなかったことはこれまでの生活で実証されている。

 話はトントン拍子に進み、籍を入れるのは母の仕事が落ち着く春頃。

 家の広さと互いの勤め先の立地条件から昌治さん達親娘が僕らのマンションに引っ越してくる事が決まった。

 

 いよいよ新しい家族が引っ越してくるという段階になり、僕は初めて千野を紹介された。

 小学校を卒業して今度中学生だと聞いていたけど、年齢に比べるとずいぶん背が高い。だからなのか初見では少し大人びて見えた。


「は、はじめまして」


 父親に催促をされて、千野は顔を真っ赤にしながら一生懸命な感じで僕と母に挨拶をした。

 でもやっぱり年齢相応なんだなあとすぐに感じた。

 ちょっと恥ずかしがりやさんみたいだけど、素直そうで良い子だな、というのが初対面での彼女の印象だった。

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