星に願いを、君には×を

人生

プロローグ




 悪魔に魂を売ってでも叶えたい、そんな願い事はあるだろうか?


 ……俺にはある。


 しかし悪魔なんて探して見つかるものでもないし、そんなことに労力を割くくらいならいっそ、堅実に努力を重ねる方がまだマシというもの。


 だけども。

 叶わないから、願うのだ。



 七月。

 世間ではその時期、とあるイベントが催される。


 ――短冊に願い事を書いて、笹の葉に飾る――


 七夕祭りだ。


 バレンタインやハロウィンほどの商業効果はなく盛んでもないが、毎年決まってこの時期、デパートなんかの一角には笹が用意され、短冊を書くスペースがつくられる。


 飾られた人工の笹には、様々な人が彦星だか織姫さまだかに願いを叶えてもらおうと色とりどりの短冊を吊るす。

 今時そんなもの、サンタさんの存在を信じる純粋無垢な子供くらいしか真に受けないだろうが――中には願掛けや目標を設定するために願いを掲げる人もいるのかもしれない。


 そんな〝現代のイベント〟と化した七夕祭りには、とある都市伝説うわさがある。


 それは――〝黒い短冊に願い事を書くと――〟……。




 七月六日――その日は土曜日で、デパートやショッピングモールはタイミングを逃すと人でごった返す恐れがあった。


 人が多すぎず少なすぎず、目を引かず目立つこともない時間帯を狙う必要がある――


(眠い……)


 あまり目立ちたくない彼・風倉かざくら和機かずきはその日、普段ならまだ眠っているだろう時間に家を出ることにした。


(昨日から眠れなさすぎて今眠い……)


 あくびを噛み殺しながら通路に出る。自宅がある、マンションの二階。軽く周囲を窺って誰もいないのを確認し、和機はウエストポーチに手をかけた。


 家を出る際に父から「デートにでもいくのか」と揶揄されるほど、今の和機の服装は都会の人ごみに溶け込むような〝今時の若者〟風だ。普段はしないキャップまでかぶっているからデートのために気合を入れていると思われても仕方ない。


 ただ、生憎と和機にはそんな予定はなく、なんならもう少し気合を入れようとポーチから取り出したのはサングラスに立体マスク。加えて帽子を目深にかぶり直せば、家族や友人でもこれが風倉和機だと気付くまい。


(完ペキ……)


 鏡を見た訳ではないが恐らくそうだろうと一つ頷き、風倉和機は歩き出そうとして、


「…………」


 隣の部屋の扉が開き、思わず振り返った和機は現れた人物にその顔を見られた。


(げ……)


 そこにいたのは隣室の住人であり、クラスメイトでもある女の子だ。


 和機と違って日除けなのだろう、つばの広い帽子をかぶり、そこから伸びる明るい色合いに染めた髪はゆるふわウェーブのセミロング。全体的に白色の服装をした彼女は、清純さと高貴さを身にまとった可憐なお嬢様といった印象だ。


 名前は十時ととき花月かづき。「かづき」と、和機と似た名前をしていて、今年の三月、空いていた隣の部屋に引っ越してきた。四月には同じ学校、クラスも一緒になり、いっときは青春ラブコメの予感に胸を弾ませていた和機だったが、今ではこの通り、


「……っ」


 時が止まったかのように見つめ合うこと一瞬――

 彼女は不審者でも見るような顔をしていたかと思うとすぐさま目を逸らし、あいさつの一つもなしに和機の横を通り過ぎ(可能な限りの距離をとりつつ)、そのまま背を向けると足早に去って行ってしまった。


 階段を下りていくその足音だけが静かな廊下に響き渡る。


「…………」


 愛想も何もないが、教室でもこれがデフォルトの関係。お隣さんだからといって特に親しくもない相手。

 とはいえさすがに傷ついた。というかさすがに気が付いた。


「……グラサンはやめとくか、さすがに」


 と、風倉和機はため息まじりに一人ごちたのだった。



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