第49話:それがしんそうなんだね

 これで、よかったのかな…?

 颯一そういちは中学の時に付き合ってたたいら望海のぞみって人と付き合ってて、同じ頃に輝はゆかりさんと付き合ってた。

 望海さんは輝と付き合うために颯一と別れて、何があったか知らないけど紫さんは多分望海さんが原因で輝と別れた。

 結局、それが原因で輝は誰とも付き合わないと決めて…別れさせた望海さんは輝に振られた。

 今度はあたしが、紫さんの立場になってしまった。

 わけも告げずに別れたから、紫さんの時みたいになることは無いと思う。

 あたしは…絶対に輝のことで…恋のことで…あたしにされたことを、ひどい仕打ちを…他の誰かになんてしない。


 バイトのシフトが入っていたから、放課後は仕事に向かった。

 まだ輝のことを引きずっているものの、いつまでも落ち込んでなんていられない。

 駅を途中で降りて、いつもの仕事場、お店へ向かう。


「颯一、話があるわ」

「どうしたんだい?」

 あたしは先に帰ろうとする颯一を呼び止めて、駅まで一緒に帰ることにした。


「前にあたしが聞いたわよね。颯一があたしと付き合ったのは輝へのあてつけなんじゃないかって」

「そんなこともあったね」

 振り向かずにそのまま返事する。

「あれがどうにもまだ引っかかってるのよ。確かに時系列で追えば不自然なことはないわ。けど、あなたと付き合ってすぐの頃、輝がすごく荒れてた。あの冷静な輝が」

「そうなのか。俺は何も知らないな」

「それに、颯一が部活をやめると言い出したのは、輝があたしと交際を始めた直後じゃない。颯一が輝に何か含みがあるから、どうなっていくのか様子を見ていたとしか思えないわ」

 あたしは颯一を見上げる。

 ちら、とあたしに目線を送ってきた。

「…ずいぶん食い下がってくるね。様子を見ていればわかるけど、あいつと別れたんだね」

 颯一もなかなか鋭い観察力があるのよね…。

「…そうよ。別れたわよ。紫さんが命を投げ出そうとしてまで輝にこだわるから…」

「やれやれ。まるで望海のぞみと紫の騒ぎを焼き直したかのようだ」

「何で…望海さんがそこまで…」

 望海さんのことは、あたしがバイトを始めた日の帰りに、颯一と一緒に帰った時に聞いた。


 バイト初日帰りのあの時…

「教えて。どうして?」

 顔を見ると、少し曇らせて口を開いた。

「大したことじゃないよ。俺は中学の時に付き合ってる人がいた。それがたいら望海のぞみという人だった。彼女との出会いは、当時輝と付き合う前だった倉信くらのぶゆかりの紹介だった」

 颯一は淡々と語りだした。

「駅で待ち合わせだったけど、俺は出かけ先から向かうことになった。電車での移動だった。非常停止ボタンを押されたために乗ってる電車が少し遅れた。その後に紫と合流して、望海が待つ場所まで行った」


 俺は紫と一緒にまだ見ぬ未来の彼女、望海が待つカフェへ入った。

「いらっしゃいませ。何名様ですか?」

「友達が先に入っているはずでして…あっ、見つけましたので案内は結構です」

 見ると、女の子が一人で四人用席に座って手を振っていた。

「はい、ごゆっくりどうぞ」

 ソファに座っている望海の向かいに俺は腰を掛けた。

 紫は望海の隣に腰を掛ける。

「紫、元気だった?」

「うん、このとおり元気よ。そっちの学校では変わったことない?」

「それがねっ、来月から本校舎を改築するらしくて、足場や網がかけられてるのよ。それで先生に登るなと言われてる外の足場に登る男子がいてね…」

 しばらく二人の近況について話題にする雑談が続いた。

「あっ、ごめんごめん。今日の目的を忘れるところだったわ」

 すっかり忘れてたな。

 女三人寄ればかしましいと言うように、次から次へと話題が口から出てくるのが女というものだ。

「彼が吉間きちま颯一そういちくん。あたしが一年の時のクラスメイトよ」

「吉間颯一です。よろしく」

「それで彼女がたいら望海のぞみよ。小学校の時のクラスメイトよ」

「はじめまして。平望海です」


 俺はこうして、女友達の紹介で望海さんと引き合わせてもらった。

「そうなんですね。颯一さんは他にどんなことしているんですか?」

 紹介してくれた望海は、初対面でもふんわりとした空気で癒やしてくれるような穏やかさが可愛いと思える女の子だった。

「毎朝、川沿いのジョギングなんかしてるよ」

「毎朝ってすごいわね。あたしなんて遅刻寸前まで寝ちゃってて、とても…」


 お互いに満更でもない様子を見て、ともだちが仲を取り持ってくれて、一ヶ月ほどで付き合い始めた。


「それでね、紹介してくれた紫に彼氏ができたんだって。今度会わせてもらうことになったの」

 隣で嬉しそうに話をする望海。

「そうなんだ。どんな人なんだろう?」

「どんな人かよりも、紫にできた彼氏ってのが気になるのよ」

 誰と会うかなんて全く気にしてなかった。

 望海とはうまくいってる確かな手応えを感じていたからだ。

 それに、束縛は俺の趣味ではない。

 だが、この時ばかりは止めるべきだった。


 あれから望海の様子が少し変わっていた。

 何かよそよそしいというか、心ここにあらずというか、俺が感じていた確かな手応えは次第に薄れていった。

「望海、紫さんの彼氏ってどうだった?」

 呼び方も気をつけていた。

 単なるクラスメイトだった時は紫ちゃんと呼んでいたが、紹介してくれてからは望海の前では紫さんと変えた。

「え…?あー、普通だったかな」

 紫さんは元クラスメイトとはいえ、あまり深入りするつもりはない。

 クラスでも女子同士でキャイキャイと黄色い声を出した話で盛り上がってるけど、恋の話ともなればヒソヒソ話をしている人が多いこともあるから、その手の話は耳に入ってきにくい。


 そんなある日…

「颯一、もう…別れましょう」

「……やっぱりか…何かよそよそしい感じがしたから、そろそろかと思っていたよ」

「ごめんなさい…。紫が付き合ってる人は分かってると思うけど、その新宮しんぐうひかるくんがあまりに衝撃的すぎて、あなたへの気持ちが薄れてしまったの…」

 新宮輝。

 学内でも屈指のイケメンと有名で、かなりの女の子が玉砕していたらしい。

「でも輝って、紫さんが付き合ってるんでしょ?こうして別れたからって…」

「それはそうだけど…こんな気持ちじゃ、続かないことはわかってるから…」

 この時、嫌な予感はしていた。

 何か胸騒ぎがする。

 本人にその気が無いとしても、俺から望海かのじょを奪う形になったあいつを…許せない。


 それから数週間が過ぎ、紫さんが輝に別れを告げたという噂を耳にした。

 その数日後。

 望海の家には付き合ってる間にお邪魔したことがあって、その時は親もいた。

 偶然出先で望海の家族とばったり顔を合わせた際に、望海の様子が変だということで、俺が原因じゃないかと疑われて追求される。さらには自殺未遂をしたという話まであった。

 俺が本気で愛した望海を変えてしまった輝…あいつは、やっぱり許せない。

 そう思ったものの、それ以来輝は女の子と付き合うことはなかった。

 もし誰かと付き合っていたら、仕返しとして邪魔をしてやろうかと考えていたけど、結局紫さんは復縁もせずにそのまま卒業する。

 紫さんと望海は同じ高校に入るもののそれきり交流は無く、俺は何の因果なのか輝と同じ高校に入学することになった。


 入学式が終わって教室に入るとボードに席順が書いてあった。

 座る席のところに名前が書いてあって、左上の一番前。つまり窓際の前から順番に席を確認してみた。

 綾香あやか彩音あやね…?

 どっちが名前でどっちが名字なんだろう?

 書き間違いかもしれないな。

 その時はあまり気にせず、自分の名前が書いてある席に座る。

 そして一学期の授業が始まった。

 高校一年になって、輝はますます女子人気が高まって、それでも誰とも付き合わない姿勢を貫いてきた。


 連休が明けた頃、クラスでイジメらしき行動をする人が現れた。

 ターゲットにされたのは樋田といだ茉奈まなさん。

「あなたたち、あえて黙って見てたけど、言いたいことがあるならはっきり言いなさいよっ!」

 一人の女の子が、イジメらしきことをされているのを見かねて、クラスでもひときわ小さい女の子が噛み付いていた。

 それが綾香彩音さんだった。

 イジメられているであろう茉奈さんが止めに入って、何やら一悶着した後で静かになった。

 それでもイジメは続き、夏休みが明けて衣替えした頃の席替えで、俺は気になっていた彩音さんの隣になった。

 イジメられている茉奈さんも反対側の隣になって、さりげなくイジメられている茉奈さんのケアを始める。

 彩音さんは小さいながらも、クラスの中で恐れられる存在として定着していった。

 見ている限りは裏表のない人で、それでいてハッキリと考えを示すかっこよさも持っている。

 曲がったことが大嫌いなその人は、少し刺激すると手に負えなくなるから、少々言葉を選ばなければ騒ぎを起こすことがある。

 けど、そんな彼女に心を惹かれていた。


 告白の返事をもらう前の日に、スリのおばあちゃんを現行犯逮捕して、警察からは感謝されるものの、彩音さんの返事は残念な結果に終わった。


「輝の相手が君じゃなかったら、君のことは諦めるつもりだったさ。けど、輝のやつが君を思っていたから、同じ目にあってもらうことを思いついた。もちろん、君に対する想いは本物だったよ。それこそ時系列を思い出してよ。俺が君に告白したのは、君が輝のことを知るはるか前の話のはずだ」

 確かに、そこは矛盾がない。

 颯一が告白してきたのは高校一年の時。

 一年の時、輝の噂そのものは聞いていたけど当時は面識すらなかった。

 学校屈指のチャラ男として有名だったけど、あたしが輝のことを知ったのは高校二年の5月。

「だから遠くから君の幸せを見守るだけにしようとした。でもね、輝の悔しがる顔を見たくなった。君への想い、輝への仕返し…どちらが欠けても俺は諦めるはずだった。でも両方が揃ったから、状況を利用させてもらった」

「颯一…あなた…」

「それで俺がやられた状況を、今まさに輝が再現してしまっているわけだ。まったく、皮肉としか言いようがないな。君ら二人には同情するよ」

「…あたしと別れる決意をしたのはいつなのよ…?」

「文化祭の初日だったな。後夜祭までに、あいつの影が無くなっていたら別れようとは思わなかった。けど…何をしていてもあいつの影は無くなるどころかより色濃く出ていた。いつでもあいつのことを考えていた。そうだろ?」

「そうよ…でも、あたしは本気であなたのことを好きになり始めてたわ…あのまま付き合っていけば、輝のことは忘れられると思っていた。後夜祭の夜、あたしはショックで全く寝られなかったわ」

 あの晩は、悲しさで心が高ぶっていて一睡もできなかった。

「本当に、本気になってくれていたんだね」

「確認しておきたいんだけど、颯一…あなた、あたしと輝が付き合ってたこと、クリパまでの間で誰かに言ってないでしょうね?噂が広まっていてかなり息苦しかったんだから」

「誓って誰にも漏らしていない。君があいつと付き合い始めたことを知った時点で、俺は完全に君のことを諦めたし、あいつに仕返ししようなんて考えは無くなった。噂は多分だけど、あいつの追っかけが撒いたんだろう。君とあいつの接し方がガラリと変わったから、怪しむ人が出ても不思議はない。部活でもちらほら噂になってたから、そっち方面だろうな」


 話をしながら、あたしたちは駅に着いた。

「颯一…あたし、あなたのことを好きになれて、付き合えて良かったと思ってる」

「俺もさ」

「けど、あなたがやられたことをやりかえす人だなんて思わなかった…そんなの、より深い溝を作るだけよ」

「彩音…さん」

 じり、と何か鬼気迫るものを感じてたじろぐ颯一。

「…でもあたしにしたことはいい。あたしが我慢すればいいんだから…本当は泣きたい…けど、あたしが本気で愛した輝に仕返しなんて…見損なったわ!」


 パァン!


 あたしは颯一を平手で叩いた。

 叩かれた頬に手を添える颯一。

「約束して。今付き合ってる埋橋うずはしさんには、絶対に恨みや憎しみで…他の人の心をかき乱さないって!」

 気がついたら、流れる涙が自分の頬を撫でていた。

 指で軽く流れた雫を払う。

「君は…本当に真っ直ぐだね」

「…女の子が人を好きになるって、本当に一所懸命なんだよっ!その気持ちを利用するなんて、本気で好きだとしても、憎しみを返す手段にするなんて…そんなの許せるわけないじゃないっ!!」

「…誓うよ。その真っ直ぐさ…眩しいな。俺が君くらい真っ直ぐだったら、また違う今があったのかな…」

 叩かれた頬を軽くなでて独り言のように呟く。

「これで、あたしの気は済んだわ。ありがとう、教えてくれて」

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