第29話:ほんとにたのむよ

 すべてを聞き終わったあたしは、言葉を失った。


 本気にならないため…あたしと距離を置いてたんだ…。


 紘武ひろむが最初はけしかけてきたのは、あたしが輝を女のステータスとして利用しようと近づいただけって思われていたんだ…それでさっさと振られさせようと…。


 あたしが出会った時には、誰とも付き合わないと決めていた…。


 紘武が「輝はやめておけ。今ならまだ間に合う」って言ったことの意味がやっとわかった…。


 部室でキス未遂したとき、このことを思い出して…?


 ひかるがあたしを贔屓ひいきしてるのを嫉妬して、部員がわざとぶつかってあたしに怪我させて、部員を牽制けんせいした後であたしの頭を撫でようとして固まったのも…。


 あたしが屋上で思わずキスしようとしたけど、抱き返してくれなかったのも…。


 輝の胸に飛び込んでも、心の距離が離れて感じていたのも…。


 つないだ手を握り返してくれなかったのも…。


 本気にならないと…そう自分を押し殺してたから…?


 輝に抱いていた疑問、すべてが矛盾無くつながった。


「おめぇが気づいてっか知らンがよ、呼び捨てにさせンのはなンだよ。だから俺は最初におめぇらンだけ呼び捨てさせてンのを見て驚いたンだ。後からこいつの気持ちが本物と分かってから、ひっかきまわしたろーとあれこれおめぇらの邪魔してみたけどよ、意外に頑固でもどかしかったぜ」

 紘武は輝の胸ぐらを掴み…

「で、だ。まだ言ってねーよな?てめぇの気持ちを、あいつによ」

 答えない輝。

「もーてめぇの気持ちはとっくにバレてンだ。隠す理由はねーよな?遠慮なく言っちまえよ」

 輝の胸ぐらを掴んだまま、あたしの方へ引き寄せて荒々しく突き放す。

 突き放されて足をもつれさせるも目の前で止まる。

「………」

 顔がよく見えない状態で黙り込んでいる。

「言えよ。数ヶ月越し、告白の返事をよ」

「………」

 口を開かないまま、立ちすくむ。

「外野が居てーづれーなら俺ぁここらで消えるぜ」

「いや、も気分悪いからな…そこにいろよ。今ここで言うから」

 やっと口を開いたけど、気になる言葉を発した。

 誤解…?


「彩音…」

 光の少ない校庭で、わずかな光を拾って輝の顔が浮かび上がった。

「僕も…彩音が好きだ」

 紘武は口元を思わず緩める。

 あたしの顔も、やっと届いた想いで満たされた心が、そのまま笑顔になって現れた。

 やっと…やっと…あたしの想いが届いた。

 たまらなくなって、思わずしてしまった告白。

 けどその時は紘武に邪魔されて…そのまま有耶無耶になってしまった返事。

 今はその紘武が、輝の背中を強烈に押して…想いが重なった瞬間を見届けてくれている。

 胸にこみ上げてくるものを感じながら、名を呼ぼうとしたその時…。


「けど、付き合うことはできない。ごめん」


 まさかの切り返しに、あたしの顔が一転して強張る。つま先から頭の先まで走り抜けた寒気で、鳥肌が立った。

 って…そういうこと…?

 緩めた紘武の口元が再びへの字になり…

「どーゆーことだてめぇ!!」

 怒声が校庭に響き渡った。

「やめて!紘武っ!!」

 シーンと、静寂と闇に包まれる校庭。

 想いが届いた…けど拒否された…。

 こみ上げる想いは涙へ変わり、目に浮かぶ。

「仕方ないよ…輝にとって、紫さんのことは、それほどショックな事だったんだよ…簡単に『はいそうですか』と切り替えられるような気持ちじゃないんだよ。あたしだってそうだったから、颯一そういちと…結局あたしが都合よく颯一を利用した格好になっちゃったけど」


 はぁ…


 紘武がため息をつく。

「そーいやてめぇ、吉間きちまに随分ライバル視されてるよな?何があったかは知らンがよ」

「それは僕もよくわからない」

 フッ、と息を吐く音が聞こえた。

「だったらてめぇもやってみろ。期間限定のお試し交際ってやつをよ。それでどーしてもダメだってンなら改めて断わりゃいー。やらねー後悔よりやった後悔のほーがまだマシだ」

 確かにそれはそうだけど…。

「…そーそー、彩音の友達で茉奈っていっけどよ、あいつ虐めから抜け出したぜ。あいつ自身の意志と力でな。そンでその虐め主犯と仲良くなってたぜ。誰でもやりゃできンだよ。てめぇもちったぁ根性みせろ。まー逃げンなら別にいーけどよ」

 紘武って周りをよく見てるんだ…。偶然居合わせるその確率がやたらと高いけど。

「紘武っ!そんな輝の気持ちを無視して…無理強いなんて」

 あたしが抗議しようと振り向いた瞬間

「わかった、やるよ。四ヶ月…いや、半年でどうだ?」

 輝からの意外な言葉。あまりに急展開すぎて、頭がついてこない。

「えっ!?」

 混乱するあたしを置き去りにしたまま話が一気に進んできたけど、急すぎて考えがまとまらない。

「おら、輝はオッケーだってよ。今度は彩音おめーが答えな。輝と付き合いてーンだろ?こんなチャンスぁもー二度とねーぜ」

「えっと…あの………よろしくお願いします」

 紘武に蹴飛ばされてるかのような気持ちで、深々をお辞儀して口にした言葉だった。


 はぁああああっ


 深い、深いため息をついた紘武は、あたしたちの横を通り過ぎた。

「じゃーなー、ふたりとも。俺の役目、やっと終わったぜ」

「紘武、一つだけ言っておく。今度こそ邪魔するなよ」

「しねーよ。てめぇがてめぇ自身をずっと縛りあげてた過去から抜け出して、やっと一歩を踏み出したンだ。応援こそすっけど邪魔する理由なんざこれっぽっちもねー」

 さらに数歩進んで続ける。

「だがよ、また過去に縛られて立ち止まりやがったら、今度こそ徹底的に邪魔してやっから覚悟しとけ」

「あのっ!紘武…ありがとう」

 振り向かずに言い残して、あたしのお礼に返事も言わず正門から姿を消す。


 シーンと静まり返った校庭に、あたしたち二人が立ちつくしていた。

「彩音、さっさと生地を置いて今日は帰って、カーテン作りは日を改めよう」

「え?うん…」

 あたしたちは気づかなかった。

 この一連のやり取りを、すべて見聞きした人影が物陰に隠れていたことを。


 まだ頭が混乱してる。

 というか、現実感がない。

 どれだけ頑張っても近づけなかった輝に、今もっとも近くにいられる存在になれたことが、現実と思えずにいる。

 誰もいない部室に戻ってきて、カーテン用の布を部活用生地置き場に仕舞って部室を出る。

 部室の鍵を返して、校舎を後にする。

 真っ暗な校庭を二人で歩く。

 ここまで全く会話せずにきた。

「あの…輝…」

「なんだ?」

「あたし…輝の彼女ってことで…いいんだよね…?」

 改めて聞くのが怖くて、おずおずと切り出す。

「いいよ」

 嬉しいはずなのに、いろいろありすぎて頭が全然ついてきていない。

 嬉しいと思う前に、どこかで目が覚めて…実は夢に終わってしまうんじゃないかと思ってしまう自分がいる。

「言い訳するつもりじゃないんだけど、僕のことは聞いてのとおりだから、普通のカップルみたいになれるまでには時間がかかると思う。だから気長に待ってくれると嬉しい」

 現実感がないわけがわかってきた。

 体の接触がなく、友達みたいな感覚が抜けないからだ。

「うん、わかってる」

「それと、普段を見ていれば想像できると思うけど、今後彩音をうとましく感じる人が増えるはず。でも僕が守るから…何かあったらすぐに言って」

 そうだ…それがあったんだ…。

 文化祭でも常に追っかけの女生徒が取り巻いていた。

「うん、でも大丈夫。あたしそんなに弱くないから」

「それともう一つ。僕達の関係はしばらく伏せておこう」

「どうして?」

「彩音は一昨日まで吉間と付き合ってて、今日から僕と付き合い始めたなんて知ったら周りはどう思う?」

 あっ!

 そうだっ…結果としてこうなっちゃったけど、絶対悪い噂される…。

 ただでさえ輝は女子から注目されているんだから。

「そうだよね…じゃあ、お試しの間は黙っておこうか…」

 どのみち、輝と手をつないだり抱き合ったり、体の触れ合いはまだまだ道が長そう…。

「それと輝が文化祭で話してた人って、もしかして…」

「ああ、あの人がゆかりだ」

「そう…それで、何を話してたの?」

「本気か冗談かはわからないけど、やり直したいと言ってたな…断った上で『僕はもう誰とも付き合わない』と耳打ちしておいた」

 ちらりとしか見てないけど、紫さんってとても素敵な女性だったと思う。

 あたしと違って背が高くてスラリとスタイルも良かった。

 もし、他にあんな人が出てきたら…。

「ねぇ…輝…どうしてあたしなの…?」

「どこまでもまっすぐなところに惹かれた」

 確かにあたし、ボディラインは緩急に乏しくてほとんどまっすぐだけど…って、そういう意味じゃないよね。

「それって、最初に学食で一緒になったあの時だけで判断したの?」

「いや、君は気づいてないと思うけど、その前から見てたよ。噂のアヤアヤだったと知ったのはあの日だったけど」

「そうなんだ…」

 そういう意味じゃ、あたしの時と似ているんだ。

 輝の噂はよく聞いていた。

 けどどんな人なのか、知ったのはあの日が初めて。

 まさかここまで本気になるとは夢にも思わなかった。

 ぼんやりしたまま二人で帰っていく。


 翌日

「おはよう、茉奈」

「彩音、はよ~」

 茉奈っていろいろと鋭いから、気づかれないかヒヤヒヤするわ。

 まさか颯一と別れて一日置いて、輝と付き合うことになったなんて…。

「で、今度は何があったの?」

 ギクッ!

 一瞬で見抜かれてしまった。

「今回ばかりは茉奈でも言えないわ」

「え~っ?なんで~?」

「ちょっと複雑な事情があって…」

 あたしはさすがに今回のことだけは茉奈にも言うわけにはいかなかった。

「おはよう、茉奈ちゃんに彩音さん」

埋橋うずはしさん…おはよう。キャンプファイヤーの点火、かっこよかったよ」

「ありがとう。それでね…」

 埋橋さんはあたしの耳元でこっそりと

「おめでとう。あの輝さんと付き合うことになったんだって?」

 サーッと一気に血の気が引いていった。

「なっ…何のことかな?」

「言ってほしいの?昨夜ゆうべのこと」

 からかうような口調でニヤニヤしている。

 確実にバレてる…。まさか聞かれてたっ!?

「何なにっ!?何があったのっ!?」

 茉奈が野次馬根性を発揮して割り込んできた。

「待ってっ!ふたりともきてっ!!」

 ぐいっとふたりの腕を掴んで、外の渡り廊下へ連れ出す。

 屋内だと響いて、誰かに聞かれる恐れがあるから。


「埋橋さん、どうして…?」

「弓の手入れして遅くなっちゃって、帰ろうとしたときに怒鳴り声が聞こえてね、込み入った話みたいだったからつい物陰に隠れちゃって、聞くつもりは無かったんだけど…」

 終わった…。

 がっくりと肩を落とすあたし。

「ということは、どうしてああだったかも聞いたわけ?」

「うん。ところどころ聞き取れなかったけど、あれは本人にとってショックだったでしょうね」

「それで、何の話なの?」

 茉奈が目をキラキラさせて待っている。

 仕方ない…。

「絶対!ナイショだからね」

 と前置きをして、茉奈に輝と付き合い始めたことを耳打ちした。

「エエエエエエエエエーーーーーーーーーーッ!!!!?」

「ダメッ!!」

 慌てて茉奈の口を抑えて、口走ってしまわないようにする。

「あの難攻不落の新宮城しんぐうじょうがついに陥落…」

 喋りたい一心で、あたしの口塞ぎを振りほどいて危険なワードを口走る。

「だからダメだってっ!!」

 あたしは慌ててまた茉奈の口を塞いだ。

「モガーッ!フガーッ!」

 暴れる茉奈を抑えるのに精一杯で、抑えた手を引き剥がされた。

「いったい何が起きたのっ!?」

「聞かれちゃいろいろまずいことだから、今夜電話するわ」

「あ~、早く学校終わらないかな~っ!」

 ここまでイキイキしてる茉奈を見るのは久しぶりね。


 学校が終わって、放課後になった。

「彩音、電話してね」

「わかってるから、絶対ナイショにしてよね」

 試験期間に入ったから、部活はなし。

 そのまま帰って試験勉強を始めた。

 夕食を済ませ、お風呂にも入った後で茉奈に電話をかける。


「で、聞かせてっ!!」

 もしもし、の一つもなく出たらすぐにこれだった。

 ざっくりとこれまで起きた輝に関することを茉奈に話した。

「と~と~ヤったんだねっ!おめでと~!」

「言っとくけど、ヤってはないからね。あくまでも颯一と同じくお試しの付き合いをするだけだから」

「お試しでもあの輝を落としたってだけですごいよっ!!」

 この興奮具合は颯一の時と比ではない。

「それで、絶対ナイショってわけはわかるでしょ?成り行きとはいえ颯一と別れて、一日おいただけで今度は輝とだから…変な噂が立っちゃうわ」

「うん、それはさすがにまずいよね。絶対ナイショにする」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る