第28話:あたしはそんなつもりない
殴り合いのケンカが始まる。
そう感じたあたしはグッと目を閉じた。
「おら、お姫様が怯えてンぜ。やンのか?」
少しの間、ブルブルと腕を震わせたと思ったら、力なく掴んだ胸ぐらを離す。
「勝手にしろ…」
そして、
僕には、本気で付き合ってる女性がいた。
だけどあの日を最後に、僕は変わった。
感情など余計なものだ。
いっときの情熱など、判断を鈍らせて、誤らせるだけ。
だから僕は、誰とも付き合わない。
熱くもならない。あくまでも冷静に徹する。
そう決めた。
中学生の頃の話だった。
密かに想う人がいたまま二年に進級する。
「
「よければ、あたしたちと一緒に…」
中学一年くらいから、僕に近づいてくる女が増えてきた。
けど二年の時、気になる人との接点が持てず、想いをこじらせていた。
向こうから近づいてくる人にはどうも魅力を感じない。
というのも、偶然聞いてしまった会話で傷ついたから。
中学一年の三学期のある日…。
放課後、当番である体育倉庫の片付けをしていた時のこと。
日が傾いて、夕日が窓から差し込んでいる。
外ではガヤガヤと帰る人が先を急ぐ。
その中で聞こえてきた女子数名の会話…。
「ねぇねぇ、輝くんって素敵だよね」
「わかるっ!あんなイケメンと付き合えるってだけでも、女としての価値がめちゃあがるよねっ!」
「今日はあの子が告白したけど、断られたらしいよ?」
「絶対お似合いだと思うのになんでダメなんだろう?」
「実は影で付き合ってる相手がいるんじゃ…」
キャイキャイと会話して、遠ざかっていく。
手にしていたサッカーボールを両側から力いっぱい挟み込み、丸だったボールは平たいアンパンのように歪み…
ダシーーーンッ!!!
すっかり遠ざかったさっきの会話をしていた声の主がいる方向へ渾身の力を込めて壁に投げた。
僕は、女の価値を決めるためにいるんじゃない。
今日振った人で十人目。
最初の一人は男子に冷やかされた。
一年の夏、机に入れられていたラブレターをクラスの男子に偶然発見され、僕がその存在を知った時には手遅れだった。
開封され、中身を読まれ、僕とその子はさんざん冷やかされた。
結局その子は居づらくなり、しばらく休学を経て転校してしまった…。
あの子の心の傷は癒えたのだろうか…。
二人目から六人目は、一人目の時みたいに傷つく姿を想像してしまい、すべて断ってきた。
七人目の時、断った後で友達の女子が出てきて…。
「あなた、女の子の気持ちをなんだと思ってるのよっ!?ちょっと人気だからって調子に乗ってない!?断る自分がカッコいいとでも思ってるわけっ!?」
泣き崩れた女の子の姿を見て、取り返しのつかないことをしてしまった、と罪悪感に
僕は…間違っていたのだろうか…。
それまでの女の子は、涙を見せはしたけど、去り際には笑っていた。
泣き崩れられたのはこれが初めてだった。
これが相手の気持ちを大切にしよう、と心に決めた出来事だった。
しかし、そんな時に聞いてしまった会話で、僕は女の価値を決めるステータスにしか思われていないと気付かされた。
相手を傷つけたくない。
けど単に女の価値のために利用されたくない。
そんな相反する気持ちがせめぎ合っていた。
だから、僕は言い寄ってくる人に魅力を感じなくなった。
一年三学期で、気になる相手が現れた。
気がつくと目でその子を追っていた。
声をかけようとしたけど、何を話していいかわからず、話すきっかけが掴めずに数ヶ月が過ぎる。
いつも相手から来るので、自分から話しかけることに慣れていない。
結局、短い春休みの予定を空っぽにするのが嫌で、近寄ってきた女子との予定を受け入れることにした。
その待ち合わせ。
僕は身支度を整えて駅前に向かった。
駅前で何やらトラブルと思われるシーンに出くわす。
「いやっ!やめてくださいっ!」
「いいじゃねぇか、少しだけだからさ」
長い髪が似合う女の子が、金髪のちゃらそうな男に絡まれていた。
誰がどう見てもナンパだ。それもしつこくて悪質な。
足がすくんだ。
僕の気になる人が、知らない男に絡まれていて、いい気分がするわけない。
けど、僕が出ていってどうなる…?
通行人はいるけど、余計なトラブルに巻き込まれたくないのか、見て見ぬ振りをして通り過ぎている。
警察を呼ぶか…
少し迷って、無理やり連れ去られそうになった瞬間、思わず体が動いた。
その女の子の肩に腕を回して…
「おにーさん、僕の女に何か用ですか?」
「っ!?」
びっくりする女の子だけど、男に気づかれぬよう目配せをする。
「おっそーい!どこ行ってたのよっ!?」
僕の腰に手を回して、体を密着させてくる。
「ちっ!男連れかよ」
と吐き捨ててあっさり引き下がった。
「輝さん、ありがとうございました」
「あっちがすぐに引いてくれて助かったな、
僕が二年に上がる前からずっと気になっていた女の子。
これが僕と彼女が言葉を交わした初めての会話だった。
お互いに待ち合わせの相手が違ったけど、相手が来るまでの間、何気ない会話に花を咲かせていた。
そして連絡先を交換する。
それからは積極的に連絡をするようになる。
最初はお互いにぎこちない感じを残していたけど、次第に自然体で話をするようになっていく。
僕の想いは次第に大きくなり、夏の最後の思い出として花火大会に二人で行って、帰りに僕から告白して付き合うことになった。
「ええええっ!?あの輝さんと付き合ってるのっ!?」
紫の女友達から噂が広がって、またたく間に学校中の話題になった。
その噂はすぐに紘武の耳へも入っていた。
「そーか、あいつやっと女できたか」
「それでね、昨夜のドラマを見てたんだけど、あれはいい意味で期待を裏切られたわよ」
「そうなんだ。どんな話だったの?」
僕は紫が好きな話題を見つけては、話についていけるよう紫と同じものを見ては、どう感じるかを考えていた。
中学生ではできることなど限られている。
アルバイトをして自分で稼ぐわけでもなく、車やバイクで遠くに行けるわけでもないし、夜遅くなるわけにもいかない。
行動範囲は自転車で日帰りできる程度だ。
近所でお祭りやイベントがあると知れば、一緒に出かけもした。
紫が何を見て、何を聞いて、何を感じるか。
僕はそればかりを考えていた。
付き合い始めて一週間。
最近、紫の様子が変だ。
いつもの元気が無い。
僕はいつも紫のことばかり考えているから、わずかな変化も見逃さない。
ふとお手洗いに行き、出てくると紫が見慣れない人と一緒にどこかへ行く姿があった。
どうしたんだろう?
興味がわいた僕は、後をつけた。
ひとけの少ない渡り廊下から外れた校舎脇。
紫はそこで囲まれていた。
「あなた、どういうつもり!?」
「どうって何がかしら?」
女三人に詰め寄られて、困った顔をしている。
「新宮さんのことよっ!どうせ色仕掛けでもしたんじゃないのっ!?」
「あなたみたいな地味っ子のことだから、どうせ言えないようなロクでもない方法で迫ったんでしょうよ」
紫が、僕と付き合うことで詰め寄られてる。
そっと三人の後ろから、紫の視点では見える位置で近づいていった。
紫は僕の姿に気づいたけど、口元に人差し指を立てて黙らせる。
「生意気なのよ!あなたっ!」
「どう落としたのか、言えるものなら言ってみなさいよっ!」
紫を囲んだ三人は僕に気づきもせず、口々に汚い言葉で
襟を掴みなおも罵声を浴びせ続ける。
穏便に済ませたいところだけど、そうも言っていられないようだな。
「黙ってないで何か言ったらどうなのっ!?」
「それとも、そうやって喋らないミステリアスなとこを、これ見よがしに見せつけて気を引いたのかしら?」
はぁ…。そろそろ止めるか。
「少なくとも僕は…」
紫を囲んでいる三人はビクッとなり、恐る恐る振り向く。
『しっ…
慌てふためき、パッと紫から離れる。
「君たちみたいに人の彼女を
「あっ、あのね…これは…」
「紫は何もしてない。僕が心から惹かれた、初めての人なんだ。そして付き合うことになったのも、僕から
引きつった顔をしている女三人の内の一人が
「い…いつからそこに…?」
と聞いてきたから、印象的だった一言を返すことにした。
「地味っ子がどうというあたりから、全部聞いた」
絶句する三人。
「これは迷いでも何でもない。僕が一緒にいたいと思ったから選んだんだ。もう二度と紫には関わるな。顔は覚えた。次はないと思え」
『は…はいっ!』
怯える三人はそそくさと校舎に戻っていった。
「ありがとう。輝…でもあれでよかったの?」
「ああ、紫と一緒にいられさえすれば、あとはどうでもいいんだ」
しばらくの間、紘武にも協力してもらって、紫をやっかむ人の対応に追われた。
紫と付き合ってることが知られても、女子からの告白は度々あった。
しかし全部断ってきた。
「こないだね、
何気ない会話で出てきたキーワードから、何が気になったのかを知るため、空いてる時間でチェックしに行ったり、一緒に見に行こうと誘って二人の時間を作っていた。
時には日が沈むのが早い秋から冬には夜の闇に紛れて、二人でお互いの体温を確かめ合うよう抱き合い、満たされた気分に浸った幸せな一時を過ごす。
お互いに愛の営みを知っているのはキスまでだったけど、肌の触れ合うことの快感を知った二人は、いつしか舌を絡め合う深いキスを覚えた。
学校でも一緒にいる時は指を絡め合う恋人繋ぎをして、登下校も一緒に過ごし、お財布の許す範囲でチェーン店のカフェに入っては何気ない会話をして、何を考えているのか語り合った。
冬も終わりを迎えようとしている季節に、色めき立つイベントがやってきた。
バレンタインデー。
世間は異性へチョコレートを贈る習慣という意識が薄れているものの、それでも女の子にとっては勇気をくれる一大イベント。
学校中で彼女がいると分かっていても、輝は人気の的だった。
「あの…これ、受け取ってくださいっ!」
周りに人がいようと構わない。
一年に一度、女の子が勇気を出せる日には、こういうやりとりがあちこちで起きる。
「ごめん、気持ちは嬉しいけど、好きな人以外からは受け取れない」
こうして対面で渡される分はまだいい。
その場で断って戻せばいいのだから。
厄介なのは、置き去りにしている人。
靴箱、机の中、席を離れているうちにカバンへ入れる人。
輝はあくまでも紫以外からは受け取れない、と考えていて、置き去りにされたチョコレートを一つ一つ、手渡しで返しに行った。
イニシャルだけで誰が置き去ったかわからないものは、嫌がる紘武に押し付けた。
そんなある日のこと。
突然だった。
青天の
「もう…別れましょう」
紫から前触れもなく、別れを切り出された。
「どうして…なんだ?訳を聞かせてくれっ!!」
僕はわけがわからず、オロオロと紫の肩を掴んで目を見る。
「あなたなんて、所詮は女子のステータスでしょ。付き合えただけでも十分に女としての価値は上がったし、周りから見る目も大分変わったわ。あたしには、あなたなんてもう要らないの。少し位ちやほやされてるからって
がっくりと膝をついて、力なくよつん這いになった。
結局、僕の価値は…そんなものだったんだ。
それなのに、本気になって…夢中で自分磨きなんてして…気に入られようとやってきたことすべてが…最初から無駄だったんだ…。
しかし、この時は気づかなかった。
紫の顔が、必死に涙をこらえようと引きつっていたことに。
その顔を見ていたのは、偶然この現場を影から見ていた紘武だけだったが、それは言うのをやめた。
この時、僕は心に決めた。
もう、誰とも付き合わない。
僕がいくら夢中になったところで、僕は女の価値を高めるためだけの存在でしかないのだから。
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