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 シャワーを浴び、心を落ち着かせた。


 今の私に……

 恋も愛も必要ない。


 美しい女性ばかり見ていた美男が、素っ気ない女に遭遇し、みんな戸惑っているだけ。


 高級な食材に飽き、お茶漬けを食べたくなることと同じこと。


 私が今したいことは……

 自分の道を自分で切り開くこと。


 三上や香坂みたいに……

 自分の仕事に誇りを持つこと。


 両手で頬をパンパンと叩く。


 吸収出来るものは全て吸収する。いずれ私はここを去るのだから。


 浴室を出て部屋に戻った私は、広島から持参していた美容器具を手に取り香坂に説明する。


 久しぶりに口にするエステの専門用語に、自然と目が輝きを増す。


 香坂はヨーロッパで技術を学んだ。プロにアマチュア同様のレベルしかない私が力説してどうするの。


 でも……次々と言葉か飛び出して、止まらない……。


「私は高級サロンではなく、家庭の主婦やOL、学生さんが気軽にこれるようなエステサロンで働きたいんです。値段も手軽で気軽に入れるお店。beautiful magicみたいな高級感溢れるお店ではなく、家庭的なお店。訪問エステでも構わない。だから蓮さんがヨーロッパで学んだものとは、かけ離れているかもしれません」


「家庭的な店か。類らしいな。お前、目が生き生きしてる。初めて見たよ、類の輝いた瞳」


「……蓮さん」


「俺の学んだものと、お前の目指すものは違うけど、俺が持つ技術をこの指に叩き込んでやるよ」


 香坂が私の手を掴んだ。

 私の指先を自身の唇に近付ける。


 その仕草にドキッとし、思わず指先を引っ込める。


「ヘアメイクもエステもお客様に心地よさと美を提供することにかわりはない。俺の指先で気持ちいいと感じたか?」


「……はい」


「その指先の感覚を忘れるな」


「はい」

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