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「それならば、彼にお願いしよう」


 北麹はシャンプー台に移る。公式サイトでの騒ぎを知らない北麹は、私をまだ男だと思っている。


 一度トラブルになった相手だ。シャンプーには随分なれたけど、やはり苦手な相手を目の前にすると緊張を隠せない。


 思わず香坂を見た。


 香坂は小池と談笑しながら、髪をセットしている。


 私の不安なんて、全然気付いてくれないんだ。鈍感、鈍感、鈍感……。


 香坂の背中を見つめていると、三上と目が合う。三上は緊張している私を見つめ、にっこり微笑んだ。


 私は慌ててお湯の温度を確かめ、北麹の髪を流す。


「北麹様、お湯の温度は熱くないですか?」


 北麹は私の問い掛けを無視している。


 落ち着け、落ち着け……。

 いつも通りにすればいい。


 素洗いを終え、シャンプー剤を掌で泡立て北麹の髪をシャンプーしていく。北麹の髪質は固くて太い。


「痒いところはありませんか?」


 またも無言だ。


 頭皮をマッサージしながら汚れを落とし、念入りにすすいだ。


「気持ち悪いところはありませんか?」


 黙ってるなんて、気にいらないのかな。あとで文句言うつもりなのかな。


 色々なことを考えながら、丁寧にすすいでいく。


 シャンプーを終え、タオルで髪の毛の水分を拭き、顔に被せていたガーゼを取ろうと手を伸ばした時、ガシッと左手首を捕まれた。


 ゴツゴツとした男の手。


 少し汗ばんでいる。思わず悲鳴を上げそうになり、グッと堪えた。


「北麹様、何か……不具合でも」


 北麹は顔のガーゼを自分で取り、私を見上げた。


「柔らかい手だな。まるで女の手みたいだ」


 ……当たり前だよ。


 私は女なんだから。

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