91

 シェアハウスだけでも、毎日ドキドキして死にそうなのに、職場もだなんて勘弁して欲しい。


 でも……意外だった。


 あの香坂が、気配り出来る人だったなんて。人は見掛けによらないな。


 制服に着替えた三人がロッカールームから姿を現す。昨夜のだらしない姿とは異なり、凛とした立ち姿だ。


「類、ちょっと触らせろ」


「ひゃあ、セクハラは断固禁止します」


「ばーか、髪質と毛の流れを見たいんだよ。ここに座れ」


 やだな、勘違いする言い方しないで。


「……はい」


 椅子に座ると香坂は私の髪に優しく触る。指で髪の毛を掬い照明の光に当てたり、指で触ったり。


 何か……変な気持ち。


 香坂に触れられると、体の中が熱くなる。


 今まで複数の美容師さんに、ヘアメイクをしてもらったことはあるが、こんな感覚は初めてだ。


「恍惚の表情をするな」


「し、してません! 絶対、してません!」


「お前、今日仕事終わったら残れ。無償の残業だ」


「無償の残業!?」


「鳴海店長、店と類を使います」


「わかった」


 『類を使います』って、まるでモノみたいな言い方。


「ほら、いつまで座ってんだよ。仕事しろ」


 香坂が座れって言ったんだよ。命令ばかりして、女は香坂の言いなりになるロボットじゃないんだから。


 ◇


 ――その日も、開店と同時に店内は女性客で溢れた。あの香坂が店で一番人気だという理由が、少しだけわかった気がした。


 口の悪さとは反比例する指先のしなやかさ。髪や肌に触れた時の感触は、今まで体感したことがない。


 心地よさを通りすぎ、快感とさえ思えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る