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 屋代のメイクの手を止め、諸星は店の外に出て北麹を見送る。


 北麹は別れ際、諸星のお尻を触った。諸星は顔色ひとつ変えない。私ならまた悲鳴を上げてるよ。


 諸星は店内に入り、「屋代様にブラック珈琲」と耳元で囁いた。


「はい」


 私はキッチンに入り珈琲を入れる。

 ゆったりと時間が流れるエステサロンとは異なり、この店のリズムが掴めないよ。


 キッチンにスッと三上が入って来た。


「波瑠さん」


「類、大丈夫? 慌てなくていいよ。類のペースですればいい」


「私、どんくさいから」


「そんな顔しないで。笑顔、笑顔。何があっても笑顔は絶やさない。いいね」


「はい」


 私のペース……。


 トレイに珈琲を乗せ、キッチンを出る。屋代の元にゆっくりと歩いた。


 笑顔、笑顔……。


 香坂の意地悪な眼差しにも負けない。


 笑顔、笑顔……。


「屋代様、珈琲をお持ちしました」


「君は? 新入りさん? 純朴な感じでいいわねぇ。女をまだ知らないって顔してる。アタリでしょう」


「アタリです」


 だって、女なんだから。


「きゃあ、初体験まだなの? 私がファーストキス奪っちゃおうかな」


 うわ、わ、それは勘弁して。


 でも、笑顔だ。

 何があっても、笑顔。


 隣で小池のヘアメイクを終えた香坂が、私を見てこう言い放つ。


「類、ファーストキスもまだなのか? キスの味は相手によって変わるんだよ。教えてもらえば?」


「蓮さんったら、ヤッキーが悶絶しちゃうこと言わないで」


 私が女だとわかってるくせに、何言ってるの。


 屋代はウットリとした眼差しを香坂に向け、唇をつき出している。


「屋代様、今日類とキスすると餃子の味かもしれません」


「……っ」


 それは、嫌味か。


「餃子? やだ。捺希さん餃子って? ニンニク臭だけは勘弁ね」

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