双子の鬼 ~鬼と呼ばれた二人の物語~

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第1話 羅刹

 ある村では双子は悪魔だった。双子は人食い鬼だった。双子の片割れは、邪悪なるものの生まれ変わりだと信じられていた。

 その村では双子は天使だった。双子は菩薩だった。双子の片割れは、聖なるものの生まれ変わりだと信じられていた。


村で双子が生まれたなら、二人は引き裂かれ別々に育てられる。鏡のない部屋で育てられ、学問と武術を学ぶのだ。


双子が十五になった夜、二人は武器を手に持ち出会う。目の前の人物が、自分と同じ顔だと気づくことなく、殺し合う。そこで相手を殺したならば、その者は鬼とみなされる。


 生き残ったほうは牢獄から出され、泉の前に立たされる。血を洗い流すため泉を覗き込み、そこに自分の姿を見るのだ。自分が殺した者と、同じ顔を。そして気づく。殺したのは、双子の兄弟だったのだと。

 村はいつまでも、いつまでもその風習を続けていた。


 ある山あいの村に一組の双子生まれた。

 二人は鬼の名前を与えられた。



 どうしてこうなったのだろうか?

 鉄格子に覆われた牢の中、真っ赤な仮面を被った男、羅刹は牢の中でつぶやいた。牢の中は寒く、凍え死にそうだ。囚人などどうなってもいいという考えからか、暖房器具の類は見当たらない。

 鉄格子の向こうには長身の女性がいて、サーベルを手にしている。切れ目の目はかなりの威圧感で、並みのものならすくみ上るだろう。


 サーベルは鏡のように磨かれていて、羅刹の顔が映って見える。真っ赤な鬼の面が映って見える。


「うなずけ。お前はただ従うだけでいい」

「俺は命令されるのが嫌いなんだ」

「ならばこのまま牢獄で一生を過ごすか? お前のような鬼にはピッタリだな」


 羅刹は目の前の女をにらみつけた。仮面越しなので表情の変化は伝わらないだろうが、殺意は気配で伝わるはずだ。だが女は怖がる様子一つ見せない。泰然と構えている。


「嫌なら私の部下になれ。お前の実力があれば、革命軍の討伐はかなり楽になる。私の可愛い部下たちが命を落とすことも減るだろう。討伐が終わったらお前は金を受け取って町を出る。いい取引じゃないか。旅人なら金はいくらあっても足りないだろう」


「命令されるのが嫌だって言ってんだろ。膝をついてお願いしますと頼むんなら、二つ返事で受けてやる」


 いいながら羅刹は思う。どうしてこうなったのだろうか。

 答えは一つしかない。

 そもそもこの国に入ったこと自体が、間違いだったのだ。




 さらさらとした雪の降る昼。小さな雪は、男の体に当たっては消えてゆく。

 真っ赤な鬼の仮面の仮面をつけた長身の男――羅刹――が、イリアンソス王国の国境の前に立っていた。


 左右に広がる巨大な城壁。街道の先には馬車も通れるような大きな門があり、その真ん中に警備員が槍を片手に立っている。ここはイリアンソス王国にある城郭都市の一つだ。

 街道なら馬車が行きかっていてもおかしくはないのに、人の気配はほとんどしない。警備員が一人いるだけだ。


 旅人には勘が鋭い者が多い。なぜなら生きるためには勘は必須だからだ。わずかな前兆をとらえ、危険を回避しなければ最悪な結果に陥る。

 羅刹は入国警備官をみて、ろくでもないやつだと感じていた。雰囲気がおかしい。しいて言うならば目が妙だ。普通の警備官ならば疑いの目を向けるか、めんどくさそうな表情を見せる。   

だがこの警備官は、獲物を品定めするような目でこちらを見ていた。いかさま師がカモをみているような目だ。


 そしてほんのわずかに見せる、城門の向こう側を気にするような仕草。おそらく仲間を気にしているのだろう。

 警備官個人が腐っているのならいいが、組織が腐っているとなると面倒だ。必要なものを買い揃えたら、すぐに出国しようと羅刹は決めた。羅刹は面倒事が嫌いだった。


「旅人だ。一週間ほど滞在したい」


 羅刹がそういうと、警備官は羅刹のもつ鞄を見た。


「武器の持ち込みは禁止だ。預からせてもらう。それと荷物の中も調べさせてもらうぞ」


 管理者らしい振る舞いを装ってはいるが、下卑た表情は隠しきれていない。だが羅刹はそれに気付かなかったふりをして、武器と鞄を手渡した。

 付近に人の気配がないと言うことは、おそらく警備員の仲間は中で休んでいるのだろう。ならば目の前の一人に、仲間を呼ぶ暇を与えなければ問題ない。


 羅刹が鞄を手渡すと、警備官は言った。


「武器を隠し持ってないだろうな」


 警備員が疑ってくるので、羅刹はポケットからナイフを取り出して渡した。


「やはり持っていたか。これ以上隠しているようなら牢にぶち込むぞ」


「ねぇよ。なんなら身体検査してくれても大丈夫だぜ」


 羅刹が自信満々にそういうと、警備員はいやらしい笑みを浮かべた。

 そして羅刹の荷物を自分の後ろに置き、短剣を抜いた。


「ああ、そうそう入国代金は千ドルだ。払えないんなら、引き返すんだな。まぁ引き返しても、荷物は返さねぇけどよ」

 警備官は羅刹と荷物の間に立ち、そう言った。千ドルなど払えるわけがない。おそらく初めから荷物が目的だったのだろう。旅人の荷物には、異国の珍しい品物が入っていることが多い。

 武器を取り上げられていては勝ち目はない。荷物を諦めて逃げかえるしかない。


 すべての武器を取り上げられているならばの話だが。


「現金はねぇが、宝石ならあるぜ。これで足りるか?」


 羅刹はポケットから小さな宝石を出した。そして警備員が宝石に目を奪われた瞬間、袖もとに仕込んだ極細の針を投擲した。

 警備員は腕にちくりとした痛みを感じたが、それだけだった。警備員は攻撃されたことに気が付かない。


「いいものを持ってるじゃないか。それをよこせ、入国したいんだろ」

「いいや、お前にはこんな偽物でさえもったいない」


 警備員に刺さった針から毒が回り、警備員の体が一瞬ふらつく。めまいがして、一瞬だけだが視界がぶれた。


 極細の針では大した量の毒は仕込めない。だが羅刹にはその一瞬で充分だった。

 羅刹は一瞬前まで管理官の前にいたはずなのに、その瞬間には背後に回っていた。

 荷物もすでに羅刹の手の元に戻っている。


「どこだっ! どこに消えたっ」


 警備員は一瞬で消えた羅刹の姿を探した。だが警備員が振り向くときには、そこにはもう影も形もない。雪の上だと言うのに、足跡さえほとんど見えない。


 羅刹は城門を越え、国の中へと入っていったのだ。

 警備員はただ一人、唖然とした顔で立ち尽くすしかなかった。

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