僕の魔女の呪い
相園 りゅー
第1話
僕は、魔女にあったことがある。
このことを、僕は今まで誰にも話したことがない。
“魔女”と書いたからには、怪しげな老婆が居たのだとでも思うだろうか? もしくは最近流行りの美魔女のような? ちょっと捻って“魔性の女”とか?
どれも違う。
彼女は魔女だ。完全無欠に魔女なのだ。
魔法によって空を飛び、火を起こし、悪魔を従える。
僕は奇妙な巡り合わせからそれを知り、否応なく彼女と関わることになった。
この場を借りて、彼女について語ろうと思う。僕の見た限りの、彼女のすべてと、その呪いについて。
そして、彼女がアパートを出ていくまでの話を。
月の光に照らされながら、僕は帰宅の途についていた。
左手には鞄。右手には、先程買った食料品がパンパンに詰まった買い物袋を提げている。とはいっても大半はインスタントラーメンだから、見た目ほどには重くはない。醤油、味噌、塩、その他少々のバリエーションで、しばらくは飽きずに食べられるはず。……なんだか情けない話だが。
大学のため実家を出てからおよそ一年。一人暮らしにも慣れてはきたが、如何せん、なかなか自炊はできていない。家に戻れば、キッチンで数回しか使われていないフライパンが悲しげに存在を主張していることだろう。一人暮らしを始めるときに調理器具や食器は一通り揃えたが、今となっては片手鍋と箸くらいしか使っていない。
ふと、横顔が光に照らされて顔を上げた。
僕の顔を照らしたのは綺麗な月だった。今しがた雲の中から出てきたらしい。大きさはちょうど半分くらいだが、なぜか、今夜はいやに明るく感じた。
慰められているような気がして、悪い気分じゃない。吹けない口笛でも吹きたくなった。
建設中のマンションの横を通りかかり、その幌のかかったシルエットが月を隠した、その時だ。
『ぅあぁぁぁぁぁッッ!?』
どこか近くから、叫び声。男性の声だ。
ビクリと足を止め慌てて辺りを見回していると、僕の目の前、二・三メートルのところに真っ黒いものが落ちてきた。
ぐじゃんっ。
夜の闇を切り裂いて落ちてきた黒いものは、アスファルトに激突し、湿った鈍い音を立てた。
ソレは人間ほどの大きさだった。
「お、おぅぁ!?」
辺りに、甘ったるいような鉄臭いような匂いが立ち込める。
僕の情けない悲鳴は、ただ単に驚いたというだけのものだったのだが……ソレが動き出したとき、僕はさらに情けない悲鳴をあげた。
ゆるゆると細い棒のようなもの――――腕だ、腕を空へと伸ばし、痙攣しながらも起き上がろうとする。
「また、――な――った……」
ソレが苦しげに声を出して、僕はやっと、落ちてきたものが黒い服の女性であることに思い至ったのだった。
そうと分かって見れば、肩や脚が奇妙な方向に折れ曲がった人の体だ。服のせいで見えなくともどこかから出血しているらしく、路上に黒い染みのような水溜まりが広がりつつあった。
飛び降りたんだ!
などと僕が間の抜けたことを考えているうち、建築現場の方から慌ただしい足音が聞こえ――――僕が居るのとは違う方向へ消えていった。
あれ、今のって……?
もしかして殺人!? 殺人犯っ!?
こういうのってどうすればいいんだっけ!? け、警察!
「大丈夫ですよ」
にわかにパニックを起こす僕に、涼しげな声が掛けられた。
いや大丈夫もなにも!
現にヒト死にかけてるし! なんか逃げたし!
そうだ、免許取るときに受けた講習! 救急救命をしなきゃ! えーっと、まずは意識を確認して――――
「大丈夫です、このとおりピンピンしてますから」
涼しげな、女の人の声がまた言った。
目の焦点がどこかにいってしまっていた僕はその声で我に返り、アスファルトに座り込む黒い服の女性を見つけた。
女性は「よっ、こいしょういち」と立ち上がり(古い!)、僕に向かってひらひらと手を振った。
「わたしは見てのとおり、生きてます。死ねませんでしたから」
そして深く、深くため息を吐き、
「魔女なので」
噛み締めるようにそう言った。
こんなに暗い夜道で、それでも彼女の藤色の瞳が哀切に光るのが分かった。
――――とても美しいと思った。
それはともかく、
「へひゃぁ」
僕はあまりの事態に、その場で気を失ってしまった。
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