幕間その七

▲博愛の色▲


 大城さんとの試合には負けてしまった。しかし勝負には負けたとは思っていない。

 日比野五郎という男は、派手さはないし格好良いかと言われても悩んでしまうけど、何かを預けさせてくれるような安心感がある。

 影浦瑛は格好良い。風岡悠は格好良い。でもこの朴訥ぼくとつな男には、彼らにはない純粋な格好良さがあるんだと、私は思う。


 私は負けた。公共の面前で、介錯を求めるくらい、派手に転んでしまった。実は白石麗の方がモンスター級に頭が良いのかもしれない。でも私は負かされたい人に負けた、それは大城さんの優しさにもよるけれど、それ以上に五郎くんの優しさによるだろう。


 あの人は朴訥で寡黙だ。だからこそ、私が居心地の良さを感じるほどの懐の広さを有しているのではないか。そう思いはじめていた。

 人は見た目じゃない。確かに五郎くんは見た目にも気を遣い始めているけど、影浦くんのそれに比べれば程遠い。でも五郎くんには見た目以上の包容力がある。全身で私というはみ出し者を受け止めるくらいの包容力がある。


 大城さんに負けたことは悔しい。悔しいけど、五郎くんと一緒なら、何もかも受け入れられるし、乗り越えられるような気がした。


 損得勘定のまったく及ばない、誰かを求める貪欲な気持ち。それこそが好きという気持ち。

 それが奇しくも、眼前の朴訥な男だったというわけだ。この日比野五郎という男だっただけの話なのだ。



●平等の色●


 私は負けてしまった。

 悔しい。大城さんより確実に知力も『社会力』も勝っていたはずだ。十回戦えば九回は勝てる自信はあったのに。


 そうは言っても、負けを認めないくらい往生際が悪いわけではない。


 我が社が不祥事ですっぱ抜かれた。それは意外だった。

 我が社は日本に展開していこう戦略を考えていた。外車は高級車というイメージを払拭し、リーズナブルかつ超高齢社会にも対応し得る安全な運転の新技術を提供できれば、充分優秀な日本車とも戦える。

 しかしながら、そのような戦略の裏には、決して順風満帆とはいえない背景があった。辛酸を舐めてきたのだ。


 我が社は、二度の風評被害に遭っている。

 一つ目は二〇一五年のあのテロ事件、パリ同時多発テロだ。あの事件で、少なくともフランス企業の株は下落した。しかし、NOUVELLE CHAUSSURESにとって辛かったのは、その後だった。他のフランス発のブランド企業は、足並み業績を回復していったが、我が社だけは思わしくない。それもそのはず。2016年ニーストラックテロ事件だ。あのときに犯行に使われた車が、我が社のものだったという噂が広がった。我々は全然自分たちに非のないところで、煙が立ち、大いに巻き込まれた。


 Facebookフェイスブックで一時期、テロ事件の被害者を弔うかのように、アイコンをトリコロール模様にカスタマイズする動きがあった。しかしあれは、決勝で解答に出ていた『スラックティビズム』という言葉そのものだ。『怠け者(slacker)』と『社会運動(activism)』とを掛け合わせた合成語で、社会に意味のある影響を与えていないのに社会に取って良い活動をしたつもりになる自己満足的行為ではないか。少なくとも私はそう思う。あの解答を私が答えられたのは、不快な経験談によるものだ。

 話はれたがフランスをはじめ、被害者を慰める風潮がある中で、NOUVELLE CHAUSSURESは凶器を提供した加害者的な言われようもあり、ヨーロッパでは売り上げは大いに落ちた。いまもその風評被害に苦しめられている。


 だから、ヨーロッパ以外の国に目をつけざるを得なくなった。そこで、高齢化が進んでいるフランスで、かねてから対策を練って培ってきた技術は、同じく高齢化が進み、かつ安全文化が醸成されている日本でも通用するのではないか。そう考えたのだ。


 だから、日本の優秀な若手人材の確保が喫緊きっきんの課題となった。エンジニア以上に、日本で普及させるだけの優れたあたま力、判断力、先見力を兼ね備えた人材。影浦くんはそれを見事に満たしていると思っている。そして、恵まれない養育環境を生き抜いてきた経験も間違いなくアドバンテージになると踏んだ、

 彼ほどの優秀な人材を他社が放置するとも思えなかった。であれば、いっそのこと青田買いしてしまおう。それが、今回の計画の経緯だ。


 今回の一件で、日本で評判を落としてしまったのは痛い。対策が必要とされる正念場だ。

 いまは我慢のしどころだが、影浦くんへのラブコールは続けるつもりだ。今度は正々堂々アプローチする。いつか彼を入社させる日を夢見て。


 

◆自由の色◆


 やっと夢が叶った。

 一人の高校生を大学に進む決意をさせることがこんなにいばらの道だと思わなかったけど、いま瑛くんは、大学進学のための勉強をし始めてくれている。

 ただ、優秀そのものの彼は、東大、京大レベルを狙えると思う。優梨は彼にカテキョ役を買って出ていたが、一を聞いて十を知るかのごとく、飲み込みが早い。応用も機転も利く。


 どの大学に行きたいか。大学進学を想定していなかったので志望校もなかったのだが、どうせなら高いところを狙って欲しい。入所地から離れた場所の大学進学を志望した場合でも、遠隔地への児童養護施設への移動が保証されるような整備もされているのだ。

 東大の赤本の文科を間違って買ってしまった、ということにして、彼に与えてみた。すると、驚くほどすらすら解いていた。

 本当に可能性があるんじゃなかろうか。児童養護施設出身の東大生誕生も夢ではない。

 私は地元名古屋のN大学を志望していたが、どうせなら瑛と同じところに行きたいと思い始めている。


 もう一つ、まだ共有はできていないが、実は想定外の朗報があった。

 某タレント事務所からスカウトがあったのだ。もちろん、受験勉強があることを承知の上で、大学入学後でも良いので、是非検討して欲しいとのことだ。

 それなら、瑛くんの望む『親の力を借りない援助』ができるかもしれない。どうせなら、瑛くんもスカウトしてくれって言ってみようか。彼のルックスは俳優レベルだと思う。そんな夢物語を描きながら、今日も勉強に精が出た。

 よし、あと残り数ヶ月。頑張って勉強しよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る