第六章 決戦(ケッセン)  12 優梨

 優梨は賭けに出た。このスピードはアドレナリンなのかもしれない。

 表示されたのは数字と『→』の羅列。規則性を瞬時に見極めて、□の穴埋めをする、よくあると言えばよくある問題だが、優梨の伝家の宝刀とも誰かに称されたことのある『閃き』で、対処することができる。そのスピードは、東大理科三類の大学生にも負ける気がしない。


 具体的には、このような数字が映し出された。

 『4→16→37→58→89→145→42→□→4』

 特筆すべきは、『□→』のその先は、最初の数字『4』に繋がっている。つまり、この数字の序列は、円を描くように一周しているのだ。

 取りあえず、表示された瞬間、ボタンを押して、解答のコールを要求されるまで、つまり『滄洋女子高校複合チーム、大城さん!』と呼ばれるまでの、三、四秒間のわずかな時間に閃くだろうと、勝負に出たのだ。

「滄洋女子高校複合チーム、大城さん!」

 しかし、思ったほどスムーズに閃かない。『4→16』は直感的に二乗しているように思えたが、その先が続かない。等差数列でもない。等比数列でもない。階差数列でも、調和数列でもない。思えば、同じ数字に戻ってくる整数列など、お目にかかったことがない。

 名前をコールされてから五秒。モニターが映し出されてから、計十秒ほど経過した。その間に、瞬間的に表れた数字を加減乗除を試みて、規則性を見出したが、何も出てこない。何だ、これは。カウントダウンが、優梨に早く答えよてる。いよいよ詰んだか、と思ったその瞬間、天啓が舞い降りた。37は6 2に1を加えた数字ではないのか。つまり……。

 4 2→16、1 2+6 2→37、3 2+7 2→58……。

 繋がった。これは、前項の各位の二乗を足し合わせた数字が並んでいるのだ。

 瞬時に、4 2+2 2を計算する。答えは『20』だ。

「20」

 久方ぶりの自分の解答台だけに鳴る正解音に安堵する。ようやく、白石のアドバンテージをなくすことに成功した。


 札幌螢雪高校チーム:大将・一ポイント。

 滄洋女子高校複合チーム:大将・一ポイント。


 白石はここに来て、ようやく渋い表情を見せた。一方、優梨はここに来て、早押し問題に適応し、運や天啓といった非科学的なものに大いに助けられているような気がしてきた。高校二年生の結団のとき、『願掛け』したのが効いているのかな、と優梨は思った。


「さあ、ようやく、札幌螢雪高校チーム、滄洋女子高校複合チームの長い長い大将戦。お互いに一ポイントになりました。いままで、こんなに長い決勝戦、そして熾烈を極めた大将戦はあったでしょうか。空前絶後の名勝負であること、間違いありません! 三色トリコロールの才媛は、惜しくも蘇芳薬科大附属高校が敗退し、いまや二色ビコロールの才媛の戦いになっていますが、先に予告します。今度は、早押し問題です。どちらかが正解できた時点で決着がつきます!」

 次は、早押し問題か。このような前口上をアナウンサーが言ってくるということは、運営側は次で勝負を決めさせる意向なのだろう。優梨は気を引き締める。

「札幌螢雪高校チーム、白石さん。いまの心境はいかがでしょうか」

「私は絶対負けません! それだけです」

 口ではそう言っているが、いままでよりもやや威厳が少なくなっているように思える。リードを失ったからということもあるが、優梨は泥のような執念で、ドローの状態にまで持ち込んだ。白石もかなり体力を消耗しているはずだ。先ほど優梨は、タイムオーバーになりかけた。白石は労せずして、優梨が自滅することを期待したに違いない。しかし、ギリギリのところで踏ん張った。それは、少なからず、白石に精神的なダメージを与えているに違いない。それが優梨にとっての追い風となってくれれば……。そう願いたい。

「滄洋女子高校複合チーム、大城さん。いまの心境はいかがでしょうか」

「滄女の全国制覇を称えるファンファーレの準備をお願いします」

 優梨は少し微笑んだ。我ながらしゃくなコメントだな、と思った。


「では、ラストの問題になるでしょうか? 早押し問題! 第五十六問!」

 優梨は、今大会いちばんの集中力をもって、聴覚と指先の触覚に全神経を傾注した。さあ来い。

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