第一章 蹶起(ケッキ)  15 影浦

 影浦はどことなくきな臭さを感じていたが、きな臭さの根源を解明すべきか否かは判断はつかなかった。

 国会議員の力を借りて、国の制度として児童養護施設の人間が大学に通いやすい環境を作る。普通なら思い付かない。

 もちろん、実際にその法規を考えたり予算を組んだりするのは行政の力の見せ所なのだが、それを遂行するにあたって国会議員の影響力は非常に大きい。

 影浦は国会中継をあまり観ないが、藍原議員の公約を調べると、児童養護施設入所児への支援を謳っている。それは喜ばしいことだ。

 そのモデルケースとして、影浦を挙げるのだろう。かと言って、高校の成績表などを学校から取り寄せ議員の質疑の資料として用いるのは、生徒にとって機微な情報を公にする行為に等しい。テレビ番組で影浦が活躍すれば、影浦の功績を何の障壁もなく引き合いに出すことができる。


 議員の望むことは影浦の望みでもある。しかし、何だかすっきりしないのだ。

 影浦が国家権力に利用されているからだろうか。そう思うのは、議員が影浦の心のどこかで触れられたくない領域に土足で踏み入れられそうになったからだろうか。


 また、気になっているのが、NOUVELLE CHAUSSURESである。

 外国の車の会社が、今年から『知力甲子園』のスポンサーと来たものだ。視聴者層に適しているとは言い難い会社と、藍原議員の私用車の一致は偶然なのだろうか。そして大城家との関係はあるのだろうか。

 それとも単なる考え過ぎだろうか。


 しかし、エントリーを決めた今、そんなことをいつまでも考えてはいられない。クイズに向けて精を出さねば。


 日比野の作製した早押しボタンは大いに活躍し、メンバーの正答率だけでなく、正答に辿り着くスピードが格段に早くなる。それは風岡とて例外ではない。

 過去問はほぼ完全にマスターした。もちろん丸暗記ではなく、それに関連する事項と紐付けて学習する。それは、何と言っても、今や知識のデータバンクと化した優梨や日比野によって共有された。実に分かりやすい解説で恐れ入るくらいである。また、文系的な知識や美術に関することなどは、影浦が教えることもあった。

 教えることは、他人に理解させることにも寄与するが、それ以上に自分の知識の定着に大きく貢献する。

 そして、仲間同士で知識を研鑽し合うことは、チームの結束力を高めることにも繋がる。彼らは敵でもライバルでもなく、仲間として同じ目標に向かう確かなベクトルが働いている。


 クイズ対策としては、チームとしてできる限りのことをやった。特に風岡の伸び率は目を見張るものがあった。一学期の期末考査では得意の日本史では影浦に次ぐ二位、総合でも十二位で、教諭らを驚かした。



 良い流れを保ちながら地区予選大会当日を迎える──。

 一同は地下鉄ふしえきのホームで待ち合わせた。陽花はかみ小田井おたいえき付近に住んでいて、会場との位置関係から立ち寄る必要がないのに、わざわざ来てくれていた。

「いよいよ今日だね! このチームなら絶対勝てるんだから、全国大会行くよ!」

 優梨は意気込みを語る。しかし、風岡はその確固たる自信がないのか、思いのほか静かだ。日比野はもともと冷静で感情をあらわにしないし、影浦自身もそうだ。

「こら、男性陣三人! 何しめっぽくなってんのよ!」陽花が喝を入れる。「あんたたちに足りないのは自信と積極性だよ! ちょっと暴走するくらいの勢いじゃないと、勝てるものも勝てないよ!」

 別にしめっぽくなっているつもりはなかったが、そう誤解されてしまった。ただ、雰囲気に呑まれてはいけないのは確かだろう。ここには、今までに感じたことのないような熱気が渦巻いている。


 ここ、愛知県予選大会の会場となったしょうないりょく公園こうえんの広場には、五千人は超えようかという参加高校生の面々。地下鉄鶴舞線つるまいせんの車内には、結束を固めた各々お揃いのユニフォームの参加者と思しき学生たちでひしめいており、薄々と予感はしていたが、特設会場に到着すると、一部でギネス記録級の参加者を誇る大会ともささやかれる一大イベントの規模に圧倒される。炎天に加えて参加者たちの熱気で、スタート前から汗がしたたり落ちた。

 地方テレビ局アナウンサーと名古屋出身の人気芸人が現場の司会で場を仕切りつつ、全国一斉に各会場を中継に繋いで、闘いの火ぶたは瞬く間に切って落とされた。


 しかしながら、誤答し、我々はあっなくしゅうえんを迎えた──。


 まさにあっという間の出来事であった。夢を見る暇さえなかった。


 あまの参加者を一気にふるいにかけると言わんばかりのマル×バツクイズ。三問目の、司会を務めている人気芸人の血液型を解答させるという、どう考えても学校で習う知識で答えられないような運任せの問題で間違えてしまい、簡単にこのチームは敗退した。スマートフォンのアプリケーションによる現代的形式の○×問題。チームリーダーである大城のスマートフォンのディスプレイには無情にも『残念!』の文字が表示されていた。

 途方に暮れている風岡たちを尻目に、予選はどんどん進んでいった。問題が進むたびに各エリアで一喜一憂の声が上がる。しかしながら、もうすでに敗れてしまったチームにとっては、蚊帳かやの外である。


 無情な結果に、五人はしばらく沈黙した。

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