第7話 くちなしの夜
そもそも半人半蛇の者が人間と関われば、ろくなことにならない。
私と、母と、妹が、その例だ。
寝台に伏し、声を押し殺して泣く雌蛇の背を見るうち、昔の傷が疼いて、熱を帯びる。
……ねえ、ティファレト。もう彼のことを考えるの、やめませんか?
初恋が実らないのは当たり前のことなんですよ……。
◇ ◇ ◇
「庭に出ませんか? 星が綺麗な夜です」
「今日は、そんな気に、なれない」
「ユーグが苺の入った寒天のお菓子を作ってくれましたよ」
「明日、食べるから、とっておいて」
「今夜は食欲が、ない?」
寝台に伏したティファレトの足元に腰掛け、レイシアは訊ねた。
「黄身しぐれの、卵まんじゅうもありますよ」
途端に、くるくると彼女の腹が鳴る。
「おなかは正直ですね」
レイシアは笑い、ひょいと彼女を俵かつぎにした。
「たくさん泣いたから、おなか減ったでしょう? 裏庭で、お夜食にしましょうか。――ユーグ、そこにいるね、手伝ってもらえるかい」
レイシアは、いつもひっそりどこかにいる従者に声をかけ、ティファレトを裏庭に運んだ。
「――はい、どうぞ。お茶は熱いから、ここで冷ましておきましょう」
裏庭に置いてあった倒木を椅子として、並んで座る。
「……ありがとう」
ティファレトは、黄色のまんじゅうを手にしている。
レイシアには、彼女の赤く腫れたまぶたや、頬を見るのが、つらい。
「落ち着いた?」
「うん。これ、黄色で、美味しいね」
「ティファレトのと同じ目の色ですね」
「じゃあ、こっちの苺の寒天は、銀髪さんの目だね」
傷口に直接ふれることなく、ただ食べ物や飲み物の話をする。
「――星! 本当に綺麗だねえ」
「星は、何でできていると思います?」
「うーん。きらきら光るもの……。硝子? 宝石かな?」
「あなたの考え方は、単純で素敵ですね。ユーグや学者の見解は、これです」
「へ。石っころ?」
「そう。大昔、空に大陸があって。でも、その大陸は砕け散ってしまったそうです。大きなかけらは、海に落ちて、今の島国になって。小さなかけらは、空中で永遠に燃えているという」
「へー」
相づちを打ちながら、ティファレトは倒木の上で、脚をぶらつかせた。
「……銀髪さんは、」
「はい」
「なぜ信じてくれるの? 私が、くちなわ族だってこと。最初に会ったときには、しっぽじゃなくて、二本脚だったのに」
「ここにね、鱗あとが残っている」
「え? ……あっ」
触れてみて、ようやく自覚したらしい。靴をきらった素足、そのくるぶしに、蛇皮を細かに切り出したような鱗が、ぽつぽつと生えている。
「いっっ、いたっ」
「蛇の尾だったときの名残でね。ここは感覚が鋭い。だから、こうやって鱗あとを強く刺激されると、痛みを覚えたり、あるいは痺れてしまう」
「痛い! 痛いってば! 足首、握らないでっ」
「ああ。すみません、ついうっかり」
レイシアは、彼女の足首から、手をはずした。
「くちなわ族が成体になり、人間と同じ姿かたちになっても、特徴はどこかに残るんですよ。下半身に鱗あとがあらわれる、とかね」
涙目で、こちらをにらむ目に、笑顔を返す。
「と、こんな理由です。あの日、あなたは裸足で逃げてきたから、ユーグも鱗あとを確認して、あなたの保護を決めてくれた。こんな特徴、知らなかったら、ただのあざかほくろにしか見えませんがね」
「どうして、銀髪さんたち、そんなに詳しいの? 私は、言われるまで全然きづかなかったよ」
「…ないしょ」
「なんで?」
「そうですねー。甥御どのより、私のことを好きになってくれたら、教えてあげます」
「そういう交換条件は、ずるいよ」
ふくれつらで、彼女は立ち上がり、出窓に置いてあった茶碗を手にして、ふうふうと息を吐きかけながら、飲み始めた。先よりも、距離をとって、座り直している。まだ警戒されているらしい。
「――まあ、半年強、我慢できたから、もう少しだって、我慢できますけどね」
「何が?」
「ひみつ」
「…銀髪さんは、たまにユーグよりも意地悪だと思う」
「そこまで、ひどいかな」
「でも――ありがとね。……おやすみなさいっ」
自分の菓子鉢や茶碗を持ち、厨房に直接続く裏口に、彼女は消えた。
「………………。どうして、あんなのが、いいのでしょうね」
レイシアもまた紅茶を飲み干し、茶器に残った出がらし茶葉をその場に捨てた。
「蛇と人間が交わると、ろくなことにならないのに」
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