第12話 殺戮者

 まどかを取り囲んでいたクラスメイト達が、悲鳴を上げる間もなく横に吹き飛ばされていく。そこから少し遅れて、派手な衝突音が別荘中に木霊した。

 今の衝突音で意識を無くしたのかそれとも死んだのか、力無くぐったりとした足を引き摺りまどかがリビングキッチンの奥へと入っていく。どんな状況になっているのか見届けようと、私も恐る恐るその後に続いた。


 ――ドカッ、バキッ、グチャ。


 響き渡る、断続的な衝突音。そしてリビングキッチンの中を、入口からそっと覗き込むと。


 ――そこは、まさしく地獄だった。


 床や壁一面にぶち撒けられた、赤の色彩。


 手足をあらぬ方向に曲げ、横たわるクラスメイト達。


 その中央で、既に骨が砕け切った血袋と化したクラスメイトを片手で振り回すまどか。


 気の弱い人なら見ただけで気絶してしまいそうな光景が、そこにあった。


「……許して、助けて……」

「!!」


 聞こえてきた、弱々しい声に振り返る。視界に入ったのは、折れた腕を懸命に持ち上げまどかに許しを乞う緑川の姿だった。

 自慢の頭脳も、まどかの圧倒的な暴力の前ではまるで役に立たなかったらしい。内臓も傷付いたのか、時折咳き込んでは血を吐いている。

 まどかに視線を戻す。まどかは手に持っていたぐちゃぐちゃの肉塊を無造作に放り投げ、緑川の方を振り返った。


 そこに浮かんでいたのは、いつもの屈託のない笑顔が嘘のような、無感情で冷たい表情だった。


「ゴホッ……た、助け……」


 緑川の、レンズが割れてフレームだけになった眼鏡の奥の目は恐怖に歪められていた。それをまどかは、ただ黙ってじっと見下ろす。


「……助けて欲しいの?」


 まどかが口を開く。抑揚の、感情のない声で。

 何度も頷き返す緑川に、まどかはゆっくりと近付いた。そして目の前にしゃがみこみ、その頭に小柄な掌を伸ばす。

 まるで、小さな子でもあやそうとするかのような仕草。けれど――その手は緑川の頭を、力強く鷲掴みにした。


「!!」


 緑川が必死に首を動かし、まどかの掌から逃れようとする。けれど首の力だけ、それも全身が傷付き弱り切った状態では、まどかの力に叶う筈もなかった。

 まどかが徐々に、掌に加える力を強めていく。ミシミシと頭蓋骨が軋む音が、こっちにまで聞こえてきそうな気がした。


「あ……が……」


 緑川の口から、潰れた蛙のような苦悶の声が上がる。それを聞いても、まどかの表情は少しも揺らぐ事はなかった。

 二人から目が離せない。最初は今頃になって恐怖が沸いてきたのかと思ったけど、そうじゃない。

 ああそうだ、ここまで来たら認めるしかない。私は――。


 ――緑川の頭がどんな風に握り潰されるか、ワクワクして目が離せないのだ。


 自分で解る。これは異常だ。幾ら何でも、復讐出来て嬉しいからなんて次元を越えている。

 私は楽しんでいる。まどかの起こす殺戮劇を、心待ちにしている。

 自分にそんな異常性があった事がショックで、ショックで。でも心のどこかで、今までの事がストンと腑に落ちた自分がいる。


 私は――迫害されても、おかしくない人間だったのだと。


「が……ぎ……!」


 そんな事を考えている間にも、まどかの掌は深く緑川の頭に食い込んでいく。しゃがんでいた体が立ち上がり、片手だけで緑川を高々と持ち上げた。

 そして。


 ――ぐしゃり。


 音を立てて、緑川の頭は弾け飛んだ。支えを失った体が崩れ落ち、飛び出した目玉や脳漿が血の海の中にぺしゃっと落ちる。


 ――綺麗だな。


 頭に浮かんだそんな思いを、もう否定する気力もなかった。私は異常。ともすれば、まどかやクラスメイト達以上の。


「……陽子ちゃん?」


 ふと聞こえてきた声に、我に返る。気が付くと、きょとんとした目のまどかがこちらに顔を向けていた。


「来てたんだ。待っててね、今からまだ息がある子皆殺しちゃうから」


 そう言ったまどかの顔はもう、いつものような屈託のない笑顔で。それに何故だかホッとした、私がいた。


「……やられたとこ、もう大丈夫なの?」

「うん、私、頑丈なのが取り柄だから」


 まどかがガッツポーズをし、元気な事をアピールする。その様子を見る限り、本当にダメージはもう残っていないようだった。

 ――私は。まともぶって。まどかを異常者だと、心の中で侮蔑して。

 結局一番まともじゃないのは私だった。人が残酷に殺される様に、悦びを覚える異常者。


「……陽子ちゃん、泣いてるの?」


 いつの間にか、目から涙が溢れていた。自分への嫌悪で。まどかへの申し訳なさで。

 いっそ私が死ぬべきだったのかもしれない。こんな異常な自分に気付く前に。


「どうしたの? どっか痛いの?」

「……ぅ……」

「泣かないで、陽子ちゃん。陽子ちゃんが泣いたら、私も悲しいよ」


 無言で泣きじゃくる私に、まどかが手を伸ばす。その手は私の体を、優しく包み込んだ。


「大丈夫だよ、陽子ちゃん。私がついてるからね」

「……まどか……」

「だからもう泣かないで。笑って、ね?」


 まどかの声が、体温が、全身に染み渡る。こんな地獄の光景の中にいるのに。

 でも、嬉しかった。まどかの優しい言葉に、少しだけ言葉が救われた気がした。

 私を抱くまどかの背に手を回して。暫くの間、私は泣き続けた。

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