緊急再開 旅の思い出

 オレは帰ってきた。懐かしい我が家に。本当に久しぶりだ。家に入った。リビングに入った。そこには澪がいた。

「あ、おかえりっ、灯也っ!!」

 オレに安息の地は無いのか?

「もぉ、昨日からどこに行ってたの? 心配したよぉ?」

「どうせ自分探しの旅に出てたんだろう。下らん男だ」

 親父が言った。実の息子に浴びせる言葉じゃねえッ……!!

「そのツラを見ればわかる。お前は自分を探しに旅に出てなにも見つけられずに帰ってきたんだ。とんだ恥さらしのクズだ。お前は黒崎家の恥だ」

 え、親父、そこまで言う? そこまで言っちゃう? だがッ!! 言い訳は不可能ッッ!!! たしかにオレの旅はさんふらわあ号に乗って大阪まで行ってタコ焼きを喰って、新喜劇を見て、帰ってきたんだよ!! これがオレの自分探しの旅のすべてだ。もうどうしようもねー!!

「お義父様ッ!」

 ……おい澪、そいつはお前の親父じゃねえ……ッッ!!!

「いくらお義父様でも、ボクの大好きで大切な人を悪く言ったらダメなんですよっ!! キリッ!!」

 キリッ!! じゃねーよ!!

「ふえ~」

 親父はとろけた。

「澪ちゃんがカワイイなり~」

「パパ! 灯也がいないと澪ちゃんがウチに嫁に来てくれないわ!! 今はだましだましいくしかないわ!!」

 おふくろっ!! ぶっちゃけすぎだろおおおおっ……!!!!???

「ハッ!! そ、そうだった!!」

 オレはいらない子。オレは死んだんだ。


 オレはオレの部屋に帰ってきた。部屋の片隅で体育座りをするためだ。久々の我が家。ここが我が家だ。あんな下のリビングなんかクソだ。胸焼けがして、死のにおいがしやがる。

 だが……ちきしょうが!! 階段を上ってくる音がしやがる。この足音、オレが聞き間違えるはずはねえ……ッッ!!!

「灯也? 入ってもいい?」

 オレの返事を聞く前にドアが開いた。

「なにしに来やがった?」

「おかえりって言うためだよ。灯也、おかえり」

「オレがリビングに入ったときも言ったじゃねえか?」

「ふふ、改めてだよ。だって、灯也にお帰りって言いたかったんだもん」

 わけわかんねえッ!! 女ってのはどうしていつも、こんな訳の分からないことばかり言うんだ? それとも澪が特別なのか?

 澪がオレの隣に座った。もちろん体育座りだ。

「ねえ、灯也。どこ行ってたの? 思い出話、聞かせてよ」

「それを言うならお土産話だろ? いいだろう。語ってやる」


 オレはまず大分港からさんふらわあ号に乗った。でかい船だ。最近、貨物の積み込み作業をする車両の整理をしていた交通警備員がバックしてきたトラックに轢かれて死んだというニュースを見た。そいつはきっと海の精霊になってオレの旅路を守ってくれたんだ。オレは天気のいい海路を楽しんだ。本当にいい天気だった。ずっとデッキにいた。そして大阪に着いた。

 大阪でやるべきことは、たこ焼きを食べることと新喜劇を見ること、この二つしかない。あんまりヤバいことに首を突っ込むと、大阪では大阪弁で「ほなな」と言われる。銃口をこっちに向けながら、だ。大阪では珍しい光景じゃない。修羅の国と言われる福岡県民も大阪には近寄らない。自分たちを獲物認定してくるイカれたパンピーがいるのは大阪だけ。それを知っているからだ。

 オレはたこ焼きを食べた。おいしかった。

 オレは新喜劇を見た。普段はテレビでしか見ないお笑い芸人を生で見れたというのは僥倖だ。大分県民はいつも有名人に飢えている。仮に有名人が来ても、チケット一枚一万円を出さないと見せてもらえない。テレビによく出ている人は大分に営業に来るといい。実入りがいいはずだ。とにかくオレはベタなギャグを楽しんだ。

 帰りの船でも、ずっと空を見上げていた。空は不思議だ。いつでもつながっている。大阪と大分と。この大都会とド田舎と。オレは旅をしてよかったと思った。人間とは何か。人生とは何か。オレには分からないまんまだ。もしオレが量子コンピューターを作れるほど頭がよかったなら、この世界を世界レベルで変えることもできたはずだが、でも、オレにはそんなことはできない。オレは小さい男だ。この世界の片隅で生きていく。一見、無意味だ。一見、無意味に思える。でもオレはそこに意味を見出すしかないんだ。意味を作り出すしかないんだ。

 オレはふと思った。それを見つけられなかったヤツらは自殺した。自分に生きる意味なんて無いと感じてしまった。生きていても何も変わらない、自分も、周りも。そう考えちまった。それは悲しいことだ。でも、ヤツらが直面したものを知らないオレに、軽はずみなことなんか言えるはずもない。

 こんなことを考えた。そうしてオレは自分探しの旅を終えた。


「こんなことを考えるから、オレは陰キャなんだな」

 オレは改めてそう思った。

「澪」

 オレは澪を見る。オレは女の顔を直視できない男だ。でも澪は別だ。オレは澪の幸せを願いすぎてる。

「オレの人生から旅立て。この世界の明るい場所に行くんだ。お前にはその資格がある。本来、この世界は美しいんだ。オレにかまけて、どうでもいいものに関わる必要なんてない」

「どうでもいいものなんて、ないよ」

「あ?」

「灯也はボクにとって、とっても大切な人。だから灯也にとって大切なものは、ボクにとっても大切なものなんだよ」

 なんとか……なんとかならないのか? なんとかしないといけないんだ、本当に。もしなんとかできなかったら……そのときオレは、オレはいったいどうなってしまうんだ……。

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