第14話 14

モーリスさんが顔を真っ赤にしてモモを怒鳴りつけた。


「ドロレス殿を囮にだと!バカなことを言うな!ドロレス殿を殺す気か!」


剣を持つ手が震えている。私も案外モーリスさんに好かれてるなあ、とちょっと嬉しくなった。


モモは間髪をおかず宣言した。


「ドロレスは死なないよ。不老不死だもん。」


モーリスさんは、あまりにも意外な言葉を聞いて、理解に苦しんでいるようだ。


「ふろうふし?なんだそれは?」


モモが説明を始める。


「ドロレスは私が初めて会った時から今まで、全く変わってない。ずーっとおんなじ。不老なんだよ。それに死なない。コカトリスに踏まれた時もちゃんと生き返ったし。踏まれたところの傷も、時間が経つと、ガサガサ、ゴソゴソっとしながら復活するんだよね。」


ゴキブリ見たいな言い方はやめてほしいのだが。つぶさに観察されていたとは知らなかった。


確かに昔、私がコカトリスに殺された後、ようやく復活して起き上がったら、隣にまだ幼かったモモが寝転んでいて、肝をつぶしたことがある。どうやら、モモは私と共に逝くつもりだったらしい。冗談じゃない。私はちゃんと蘇るから、死なないから、ちゃんと安全なところで待っているように何度も言い聞かせたのだが、起きたらモモはいつも隣にいる。


「不老?」


モーリスさんはまだ飲み込めないようだ。


「そうそう。年を取らないんだよ。」


モモが重ねて説明する。


モーリスさんは私の方を見て短く尋ねた。


「なぜ?」


まあ、そうなるよね。返事は簡単だ。


「精霊王の呪いです。私は誤って、精霊王の娘さんを殺してしまったんです。その罪で、不老不死という罰を受けております。」


正確にいうと、殺して食べてしまったのだけれど。


+ + +


300年も昔のことだろうか。当時私たちは、名主様から土地を任され、小作人として穀物を育て、生計を立てていた。本当にどこにでもいる、子沢山の農家だったのだ。だが、その年、収穫を前にして、雨が降り続き、半分近くの穀物が根腐れした。雨の中、必死に収穫したものはほとんど名主様に納めなくてはならず、我が家の食卓には、お情けで配給された芋や、私が採ってきた山菜が並ぶだけだった。日に3回の食事は1回となり、量も減っていた。


だから、ジェイコブが、満面の笑みを浮かべて、


「大量だぞ!」


と、バケツ一杯の魚を獲ってきた時、子供達と私は、歓声を上げて喜んだのだ。


長男のジャックは、バケツの中で泳ぐ鱒や鯉をじっと見つめて


「すごい!お父さん!お父さんたら釣りの名人だったんだ!」


と、ジェイコブを崇めた。まだ2歳にもならないマリーは、魚に触ろうと一生懸命手を伸ばしていた。


家族の賞賛を受けて、ジェイコブは照れていた。


「いやあ、俺の腕じゃないよ。この鯉なんて、バケツの中に飛び込んできたみたいに簡単に釣れたよ。」


「一人一匹ずつあるね!今夜は芋と焼き魚だ!」


嬉しさのあまり、私は、ジェイコブに魚をどこで釣ったか聞くことなど思いつかなかった。


ジェイコブは、食べるものを求めて聖なる森へ入っていたのだった。聖なる森は、辺りの農村では、人が近づいてはいけない禁忌の地と呼ばれていた。でも不作が続いたりすると、止むに止まれず、自然の恵を求めて密かに足を踏み入れる人もちらほらいた。ジェイコブはその一人だったのだ。


包丁で頭を叩いて魚を締めると、捌いてそれぞれ内臓を出す。塩を振ってこんがり焼けると、ジェイコブが臭いに釣られて台所にやってきた。


「ああ、いい香り。」


ジェイコブには一番大きな鱒を。川魚の中でもちょっと泥臭く、子供達も食べにくい鯉は、私のものだ。


焼き加減を見るために、鯉の背中の部分をちょっと突いて、味見をした。


私は未だにその選択を神に感謝している。もしこの鯉が子供達の誰かに行っていたら・・・


「うん、食べごろよ。」


ジェイコブの方を振り返った私の目に映ったのは、キラキラと光を放つ白銀の衣を纏う、白い髭の妖精王だった。


私が口にした鯉は、妖精王の娘。娘を食した罪で、私は現世を永遠に彷徨えとのお達しだった。


何も考えられない、何も言えない。何が起きているのか全く理解できていなかった私の耳に、ジェイコブの悲鳴のような声だけが入ってきた。


「俺の罪です!俺が魚を釣って、お嬢様を殺してしまいました!何卒、何卒私に罰をお与えください!お願い申し上げます!」


ジェイコブは突っ伏して、床に額を擦り付け、必死に懇願していたが、すでに妖精王の姿はなかった。


+ + +


モーリスさんが話しかけてきたので、意識が戻った。


「不老不死って、それは罰なのか?」


そして、ハッとして私を凝視する。


「ドロレス殿が不老不死になったのは、一体いくつの時だったんだ?」


・・・乙女心を随分グッサりいってくれるね。

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