第52話:完成する男女別温泉

 例によって限界を超えて倒れた雄太と石材をフェルフェトゥが運び、次の日に目覚めた雄太の手によって温泉の仕切りと脱衣所は完成した。

 余った石材で温泉自体を囲む背の低い壁も出来たが、これによって来るかも分からない外部の客対策も安心だ。


「……はあ、なんとか出来たな」

「おつかれさま、ユータ」

「おう」


 あの後ガンダインは村のあちこちをウロウロしていたようだが、今はどうやら神樹エルウッドの下で寝ているらしい。

 あのまま居つきそうだな……などと雄太は予感しているが、そうなるとどういう扱いをすべきか。


「……なあ、フェルフェトゥ」

「なにかしら」

「ガンダインのことだけど。どうするんだ?」

「意味が分からないわ」

「いや、あのまま村に受け入れるのかって話なんだけど」


 村で暮らすなら、家は必要だろう。とはいえ雄太が作るとバーンシェルの時のように神殿になってしまう。

 それは少しばかり、フェルフェトゥに不義理であると雄太は知っている。


「ユータはどうしたいの?」

「どうって……うーん。悪い人じゃなさそうだけどな」


 けれど、ホイホイ受け入れていいかとなれば話は別だろう。


「なんつーかさ。元々この村って、フェルフェトゥを信仰する村……って話だったろ?」

「ええ、そうね」

「なのに気が付いたら集まってるのは邪神ばっかりだ。これってフェルフェトゥ的にはアリなのかなって」


 そう、元々そういう約束だった。

 雄太はフェルフェトゥを信仰する村を造り、フェルフェトゥは雄太を養う。

 そういう約束で雄太はフェルフェトゥに拾われたのだ。


「そうねえ……」


 シャベルを地面に突き刺し一息をついている雄太を見上げるように見つめると、フェルフェトゥは首を傾げるようなポーズをとる。


「ユータはどうしたいのかしら?」

「え、俺か?」

「そうよ。確かにガンダインを迎え入れることは、最初の約束とは遠ざかる行為ではあるわ。でも、今更と言えば今更よ?」


 言われて、雄太は思わず視線を逸らして……しかし、その逸らした視線の先にフェルフェトゥはトテトテと歩いて回り込む。


「単純に「利」で言うなら、ガンダインを迎え入れるのはユータにとって有益よ。それは間違いないわ」

「単純に、ってことは……」


 それ以外の何か不利益があるということ。そう言いかけて、雄太は気付く。

 単純な「利」以外での不利益。そんなもの、考えるまでもない。

 雄太とフェルフェトゥの約束。つまりはそれだ。それを守れない事による、雄太の良心の呵責。

 それは明らかな不利益で。そして、もう1つ。


「またお前を不機嫌にしちゃうな」


 バーンシェルの鍛冶場の時にも、フェルフェトゥは雄太に僅かな不満を示してみせた。

 ベルフラットの時だってそうだ。ならきっと、今回だって。


「……やっぱり、断った方がいいな」

「私が不機嫌になるから?」

「いや……それもそうだけど」


 フェルフェトゥが不機嫌になるから。それは確かに大きな理由だ。

 けれど、それだけじゃない。


「不機嫌なフェルフェトゥを見たくないから……かな」


 なんとなく、そんなフェルフェトゥを見るのは嫌なのだ。

 いつでも不敵に笑っていて、何処か上機嫌。そんなフェルフェトゥを見ている方が、雄太は嬉しい。


「別に俺は、お前を困らせたいわけじゃないし。俺の利益がどうとかってより、そっちの方が大切かな」

「ふうん?」


 フェルフェトゥはそう言うと、楽しそうな……雄太のいうところの「不敵な笑み」を浮かべてみせる。


「なら決まりね」

「ああ、ガンダインには悪いけど」

「受け入れましょ。神殿はユータが作ればいいわ。ついでに、そろそろベルフラットの神殿も作って追い出したいところだけど……ユータが引きずり込まれる危険性を考えると尚早かしら」

「え、いや。あれ?」


 予想外の展開に雄太が目を白黒させていると、フェルフェトゥはそんな雄太を見てクスクスと笑う。


「どうしたのかしら、ユータ?」

「え。あれ? いやいや。今断るって流れだったろ?」

「それはユータの結論でしょう? 私は受け入れる事を決めたわ?」

「ええ……? いや、フェルフェトゥ的にそれはいいのか? だって約束とか」

「そんなもの。古臭い盟約を守り続けるとか、今時流行らないわよ」


 アッサリと言われてしまい、雄太はくらっと倒れそうになる。

 それなら、今までの雄太の葛藤や罪悪感はなんだったのか。

 結局、フェルフェトゥにからかわれているだけだったのだろうか?

 思わず座り込んでしまう雄太の頭にフェルフェトゥがポンポン、と手を置く。


「でも、嬉しいわ。ユータは私に誠実であろうとしてくれている。私を大切に思っていて、私を一番に考えていてくれているのだから」

「あ、いや。まあ……」


 そう言われてしまうと何だか照れてしまうのだが、否定する材料も理由も無くて雄太はそんな風に誤魔化す。


「だからこそ、私もユータの事を考えるのよ」

「え?」

「想いには、それにつり合う想いを。行動には、それにつり合う行動を。それが正しい関係というものよ。そうでしょう?」


 確かに、そうかもしれない。けれど。


「別に、それを期待してるわけじゃ」

「ええ、そうね? 期待する事を打算、そうしない事を本心と呼ぶわ。でも私は、打算も素敵なものだと思っているわよ?」


 フェルフェトゥの指が、雄太の唇を撫でる。


「だって、何が返ってくるんだろうと考える時間は素敵なものだわ。たとえ不純と言われようと、私はその時間は恋にも似た甘酸っぱいものだと思うわ」

「こ、恋って」

「だってそうでしょう? 恋は相手から同じ想いが返ってくることを期待する打算だわ。でも、それは果たして不純かしら? 恋が純粋であると信じるなら、他の打算を不純と断ずる理由だってないはずよ」


 それは、確かにそうかもしれない。そうかもしれない、が。


「……そりゃ、そうだけど。話がズレてないか?」

「ズレてるんじゃないわ。ズラしたのよ」


 悪戯っぽく笑うフェルフェトゥから視線を逸らして、雄太は立ち上がる。


「……風呂入ってくる」

「そ。ゆっくり浸かってくるといいわ」


 口先でフェルフェトゥに勝てる日は遠い。

 そんな事を考えながらも……こんなやりとりも悪くはない、と。

 雄太は無意識のうちに、そんなことを考えていた。

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