第47話:石切山(仮名)

「……フン。気の回しすぎだったか?」

「何がだ?」


 山に着いてから周囲を見回していたバーンシェルは、雄太に「なんでもねえよ」と答えると裏拳で雄太の胸をドンと叩く。


「何もねえとは思うけど、気をつけろよ」

「気をつけろって……まあ、崩落とかしないようにはするけどさ」

「いや……それもそうなんだがよ」


 言葉を濁すバーンシェルに、雄太は疑問符を浮かべる。


「なんだよ、ハッキリしないな」

「……なんでもねえよ。知らない奴とかについて行ったりするんじゃねえぞ」

「俺は子供かよ……」


 雄太の呆れたような反応にバーンシェルは「ケッ」と吐き捨てるように言うと、そのままズカズカと山中へと入っていき……そこで振り返る。


「何かあったら大声で呼べ。もし気が付いたら助けてやる」

「ん? ああ」


 いつになく心配性なバーンシェルにそう答えると、雄太は首を傾げる。

 

「……もしかして、何かあるのか?」

「ねえよ。余計な気を回すんじゃねえ」


 そう言い残して山の中に消えていくバーンシェルを見送ると、雄太は頬を軽く掻く。


「何かあるって言ってるようなもんだけどな……」


 言いながら雄太はいつもの石切り場へと歩いていく。

 何度か石を切り出したその場所は、雄太の1つの仕事場であり……何となく誇らしい気分にもなる場所でもある。

 まあ、あまり石を切り出すのは山の形を変えてしまうとかでいけないとも聞くが、1つの村の分であれば大丈夫だろうとも思っている。将来的に石を輸出しようとしているわけでもない。


「さ、て……と」


 石切り場に到着したその時。強い風がざあっと吹いて、雄太は思わず目を瞑る。

 そして再び目を開けると、視線の先……まだ切り分けていない石の塊の上に、誰かが座っているのを見つけた。


 それは、20代前半頃の男に見えた。

 艶やかな緑の髪は短く切り揃えられ、目深に被ったつば付きの三角帽から覗く目は、やはり鮮やかな緑色。

 全体的に細身の体を覆うのは、艶やかな装飾の施された服と……大きく派手なマント。

 雄太のマントのような旅用ではなく、飾りに使うようなものに見えた。

 いや、それを言うならマントだけではなく服装全体がそうだろうか。

 手に持つ小さな楽器はなんと言っただろうか……そう、リュートだったと雄太は思い出す。

 その男はリュートの弦を弄っていたが……やがて、雄太に初めて気付いたかのように顔を上げる。


「やあ、こんにちは。此処は君の仕事場かい?」

「え? ま、まあそうだけど。アンタは誰だ?」


 旅の吟遊詩人、といった風な格好の男に雄太は僅かな興味を覚えてそう問いかける。

 知らない人にはついて行くな……と言っていたバーンシェルの警告は、何故か頭の中から消えている。

 不思議と目の前の男が安全であると確信してしまうような、そんな空気があったのも原因かもしれない。


「俺かい? 俺はアルシェント。日々歌って暮らしているよ。君は?」


 やはり吟遊詩人だろうか。そんな事を考えながらも、雄太はアルシェントに答える。


「俺はユータ・ツキバヤシ。この近くに住んでる」

「ユータか。この辺りじゃあまり聞かない名前だ」

「ん、まあ……色々あるんだよ」


 召喚云々はあまり話さない方がいいだろうと雄太は誤魔化すが、アルシェントは気にした様子もない。

 手元のリュートの弦を弄る手を止めず、「そうか」とだけ返してくる。


「まあ、生きていれば色々あるだろうね。例えば遥か離れたノージェント王国では、勇者とかいうのが召喚されたという話もある」

「勇者……」

「興味があるかい?」


 顔が思い出せない同郷の若者達の顔を……やはり思い出せなかったが、雄太は首を横に振る。


「いや。俺には関係のない話さ」

「そうかい? いや、そうだろうね。しかしまあ、聞くところによると……同時にもう1人召喚されていたという話もある。今何処にいるかは王都の誰も知らないそうだがね」


 間違いなく雄太の話だが、雄太は「へえ……」と呟くだけで済ませる。


「アルシェントは王都から来たのか? 随分詳しそうだけど」

「俺は何処にでも行くよ。気の向くままってやつだ」

「で、気が向いてこんな死の大地に来たってわけか?」

「その通り。しかし死の大地ってのは面白い表現だな。貰っても?」

「いや、いいけどさ……」


 なんとなく掴めない男だが、話している事は雑談の域を出ない。

 とりあえず放っておいて石材を切り出そうと筋トレマニアのシャベルを構えた雄太は、すぐ背後から聞こえてきたアルシェントの言葉に身を強張らせる。


「筋トレマニアのシャベル。暗い海のフェルフェトゥが持っている神器だ。彼女がそれを人間に授けた事は、俺の知る限り無い」


 慌てて振り返るも、リュートの弦を弄るアルシェントは先程の場所から一歩も動いていない。

 いない、が……その瞬間、雄太の中にはバーンシェルの警告を含む様々なものが溢れ出てくる。

 今まで何故思い出さなかったのか、何故こんな知らない男を警戒しなかったのか。

 冷や汗すら流し、雄太はシャベルを構えアルシェントと距離をとる。


「……おや」


 そんな雄太の様子の変化にアルシェントは意外そうな顔をすると、やがて笑顔で頷く。


「なるほど、それだけ加護をくっつけていれば破るかもしれないな。俺もちょっと調子に乗りすぎたし……何より、バーンシェルの加護。そいつがよくない。俺とはイマイチ相性が悪い」

「アンタ……誰だ。邪神か? それとも、まさか悪神とかってやつじゃ」


 そんな雄太の問いかけに、アルシェントは爽やかに笑う。


「ははは、俺は紛れもなく邪神だよ。改めて自己紹介しようか……俺は姿無き風のアルシェント。ユータ……今日は君を貰い受けに来た」

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