第29話:アラサーの帰還3

「ん……まあ、俺としてはそうして貰えると有難いんだけど」


 雄太が申し訳なさそうにそう言うと、陶器の兜の奥からは呆気にとられたような空気が伝わってくる。

 そして聞こえてくるのは、小さな含み笑い。


「く……くくくっ……なんだそりゃ。傲慢なんだか腰が低いんだか分かりゃしねえ」

「いやまあ、ほら。仲良くすると死ぬ病気とかだったら仲良くしろとは言えないしなあ」

「そんな病気なんざねーよ。バァカ」


 呆れたような言葉の後……邪神少女は、しばらく黙り込む。

 無言の空間に雄太がやがて耐えかねた頃、邪神少女はようやくその口を開く。


「おい、ユータ」

「え、なんだ?」

「アタシを捕まえてるコレ、壊せ。そしたら言う事聞いてやる」


 言われて、雄太はフェルフェトゥへと振り向く。

 やってもいいのか、と。そんな意味を込めた視線にフェルフェトゥは頷き……それを確認した後、雄太は筋トレマニアのスコップを構えて邪神少女の近くに立つ。


「分かった。上手くできるか分からないから、最初にごめんっ言っとくぞ」

「いいからやれ」

「ああ」


 邪神少女を捕えているのは、邪神少女自身の炎で焼かれた煉瓦ということで間違いなさそうだ。

 となると、石でも斬れる筋トレマニアのシャベルでどうにか出来るはずだ……とも思う。

 雄太は煉瓦を掘るつもりで構え、思い切りシャベルを振り下ろす。


「よい……しょお!」


 ガキンッと。音を立てて弾かれたシャベルとその感触に雄太は驚き、しかし衝突の瞬間に何か火花が散った事をその目は捉える。


「今、のは……」

「ユータの魔力にレンガの魔力が反発してますね。これ、幾つかの邪神の魔力が混ざって祝福の形になってます。もっと魔力を込めないと難しいですよ」

「魔力って……」


 そんなものを雄太は使った覚えはない。魔力などと言われても困るという顔をしていると、セージュはやれやれといった感じに肩をすくめる。


「ユータは仕方ないですね。そうですね、とりあえずその神器に意識を向けてみてください」

「意識って……えーと、こうか?」


 シャベルをじっと睨むように見つめる雄太だが、そこにセージュからのダメ出しが入る。


「違います。もっと神器が雄太の腕の一部みたいな気持ちになってください」

「腕の一部って……」


 そういえば武器の取り扱いはそういう感覚らしいなあ……などと思いながら雄太はシャベルを構え直す。

 腕の一部などと言われても、雄太は武道の達人でも何でもないのでよく分からない。

 分からないが……山で石を掘っていた時の感覚でシャベルを構えてみると、不思議としっくりくるような感覚がある。


「あ、それです!」

「へ?」


 雄太が思わずといった様子でシャベルを突き出すと、バターにナイフを刺した時のようにサクリと煉瓦にシャベルが刺さる。


「お……おお?」

「今、いい感じに魔力が通ってますよ! その調子です!」

「あ、ああ」


 その場でシャベルをグルリと回すと、刺した場所を中心に大きく煉瓦の地面にヒビが入る。


「お、よしよし……イイ感じだぜ、ユータ。その調子でやってくれ」


 再び上機嫌になってきた邪神少女の周囲で、雄太は同じように煉瓦にシャベルを突き刺してヒビを広げていく。

 やがて乾き過ぎた地面のように大きくひび割れてきた煉瓦の中で……邪神少女は大きく身を震わせる。


「おお……っらあああああ!」


 バキンッと。破壊音を立てながら邪神少女は煉瓦を壊し中から脱出する。

 煉瓦に埋まって見えなかった首から下はおよそ15~17歳くらいの少女といった風で、上半身は黒いシャツの上に半袖ジャケット、下半身は半ズボンのようなものとブーツといった組み合わせだ。

 フェルフェトゥやこの場に姿が見えないベルフラットと比べると、大分活動的な装いだ。


 頭にはまだ陶器の兜を被ったままだったが、それを思い切り投げ捨てると邪神少女はスッキリしたような笑顔で笑う。


「よーし! 出た出た、出たぞぉ! あー、きつかった。二度と御免だぜ!」


 首や肩を回してゴキゴキと一通り鳴らした後、邪神少女は雄太へと底抜けに明るい笑顔を向ける。


「よくやったな、ユータ! 褒めてやるぜ!」

「あ、ああ」


 バシバシと雄太を叩いていた邪神少女はしかし、そこで何かに気付いたかのように笑うのを止める。


「と、そうだ。まだ名乗ってなかったな。アタシはバーンシェル。忘れ難き炎のバーンシェルだ」

「忘れ難き……炎?」


 思ったよりも攻撃的に思えない名前だな……と雄太が考えていると、フェルフェトゥから雄太の心の中を読んだかのようなツッコミが入る。


「言っとくけど。そいつの権能は攻撃寄りよ? たぶん、私達の誰よりもね」

「ぬかすんじゃねえよ、フェルフェトゥ。流石のアタシだってお前ほどえげつなくはねえぞ?」

「あら、言うじゃない」

「事実だろ?」


 笑顔で睨み合うフェルフェトゥとバーンシェルの間に入ると、雄太は「まあまあ」と仲裁する。


「バーンシェルの権能の事はとりあえず置いといてさ。早速畑作ろう。ジャガイモも苗木もダメになっちまうよ」

「苗木、ねえ……」


 フェルフェトゥとバーンシェルの視線の先には、雄太の言う「苗木」がある。


「よりにもよって世界樹の苗木かよ。とんでもねえもん持ってくるなお前」

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