第12話:一つ積んでは邪神様の為

 石を積む。雄太とフェルフェトゥで決めた、地面に描いた設計図の通りに。

 石を積む。ぺたりと接合材を塗って、少しずつ壁を高くしていく。

 石を積む。脚立なんかないから、段々で石を積んで壁を少しずつ仕上げていく。

 

 背中には、フェルフェトゥに貰ったベルトで背負った筋トレマニアのシャベル。

 疲れで失敗する事の無いように、雄太が自分から望んだ。


 石を積む。まだまだ遠い完成だけれども、並んでいる石を見ると嬉しくなる。

 石を積む。額の汗を拭って、真上に登り始めた太陽を見上げる。


「おつかれさま。そろそろ休憩にしましょ」

「え? まだまだいけるぞ?」


 疲れも空腹も感じていない。だから問題はない。

 元気をアピールする雄太に、フェルフェトゥは舌打ちで応える。


「グダグダ言ってると引きずり下ろすわよ」

「……らじゃー」


 本気で目が怖かったので、雄太はさっさと積みかけの壁から降りる。

 どういう配合で出来ているのか、フェルフェトゥの用意した接合材は素晴らしく早く固まる。

 おかげで、作業も迅速に進むのだ。


「もう昼なのか」

「そうよ。しっかりお昼も食べなさい」


 言われてみると、昨日も一昨日も昼食……いや、夕食も抜いている気がする。

 そんな事が気にならない程に疲れて倒れていたせいか、全く気付かなかった。


「で、今日の昼って……」

「野菜とハムのサンドよ」


 そう、それはサンドイッチだ。

 白いパンにレタスのような葉野菜とトマト、そして薄切りにしたハムが挟んである。

 半分に切るといったような事はしていない豪快な作りだが、自然と目の前にすると感じていないはずの腹の減りを感じてくるような気がする。


「じゃあ、いただきます」


 手を合わせて、ハム野菜サンドを取り齧りつく。

 マスタードもマヨネーズも挟まっていないようなシンプルなサンドイッチだが、食べてみると「必要ない」という感想になる。

 なにしろ、ハムの味が濃い。油断すれば口の中全体を占拠しそうなその味を葉野菜の瑞々しさが消し、トマトの酸味がアクセントをつける。

 それは朝のパンケーキとキウイの関係にも似ているが、それとは違うのはハムとパンという水気の足りないものを完成形に押し上げているのが葉野菜とトマトであるという点だ。

 もし、この2つを抜けば濃い味のサンドイッチとして楽しむことも出来るだろう。

 その場合はチーズでも挟んでやればいい。

 だが、これは違う。食べた後の口の中の爽やかさを約束するハム野菜サンドは、その軽さという点で優れて……。


「ちょっと、また何処かにトんでるでしょ。遠くを見る目になってるわよ」


 フェルフェトゥにつっこまれ、雄太はサッと目を逸らす。

 このくらいは許してほしいのだが、邪神様は許してくれないようだ。


「美味しいと思ってくれてるのは分かるけど、自分の世界に入り込まないでほしいわ」

「あー……それは素直に悪い。でも、本当に美味い」

「ありがと」


 もぐもぐとハム野菜サンドを食べながら、雄太はふと疑問が沸き上がる。


「そういえば……こういう料理の材料って、何処で用意してるんだ?」

「町よ」

「ごふっ」


 思わず喉に詰まってしまい、慌てて雄太は水を飲んで押し流す。


「あらあら、大丈夫?」

「いや、町って! そういうのに頼らないとか言ってなかったっけ!?」

「貴方がね? ていうか、まさかとは思うけど。この荒野で手に入る食材でご飯作ってほしかったの?」


 ワイルドね、と言うフェルフェトゥに雄太は首をブンブンと横に振る。


「いやいやいや、そうは言わないけどさ。でも独立する村を造るっていうなら、そういうので自給能力がないといけないんじゃないのか?」

「そりゃそうよ。でもそれは、今ではないわ」


 何事にも優先順位というものがある。

 もし雄太一人で全部やろうとするならば食料の確保は最優先だろうが、此処にはフェルフェトゥがいる。


「水があって、家がある。これが貴方が最低限用意すべき環境よ、ユータ。麦だの芋だの肉だのと欲張るのは、それからでいいの。それまでは、私がしっかり養ってあげるわ。文字通りにね」

「うーん……」

「焦らずとも、このヴァルヘイムには人間の食べられる食材もたくさんあるわ。でも、危険な生き物もそれなりに居る。私が言いたいことが分かるかしら?」


 危険な生き物。猛獣とか……異世界らしくモンスターなどのことだろう。

 それに対抗する為に必要なものというと、やはり。


「……強靭な身体、か」

「あとは安全な拠点ね。私の庇護下にいる限り安心ではあるけれど、それで納得できないのが人間心理というものでしょう?」


 確かに、家というものはそれだけで安心感がある。

 いや、家だけじゃない。柵だって必要だろう。

 獣避けでもあるし、縄張りを主張する境界線でもある。


「……柵が欲しいな。でも木が無い……」

「木が欲しければちょっと足を延ばせばあるけど、石壁でもいいんじゃないの?」

「まあ、そりゃ……そうだけど。拡張性に欠けるだろ」


 雄太がそう言うと、フェルフェトゥは嬉しそうに「あら」と言う。


「村が大きくなった時の事を考えてくれてるのね? 嬉しいわ」

「いや、あー……まあ、そうなんだけどさ」


 ハムサンドを呑み込んで「ごちそうさま」と言うと、雄太はそそくさと逃げるように石積みを再開し始めた。

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