vsカマキリ

 俺は昭子におぶられている。

 昭子の走る速度はそこそこだ。このそこそこは前に俺がおぶられて走った時よりも遅い、というだけでそれでも15キロは出ている気がする。まぁ気がするだけで実際の速度は知らないが。

 遅くなっている理由としてはやはり荷台だ。流石に山道を走るのはダメでと考え、森の中で突っ走っているが、森の中も十分悪路だ。

 タイヤも殆ど木で出来ているため、あまり強く引っ張ることが出来ない。そう考えると今現在の速度がベストなのだ。

 そんな中、俺は暇であった。

 暇つぶしとして、昭子の口からあの日記の内容が語られている。だが、正直言ってつまらないのだ。

『やっぱさー。陳子ちんこの大きさと男の度胸って比例するんだなーって私は思うね。だって竜相手にあそこまで馬鹿な感じでツッコめる男はアイツ以外知らないわ! だけど強さは陳子ちんこの大きさ関係ないね。あいつ一瞬で燃えちゃったし。やっぱ強さはガタイの大きさ! つまり両方兼ねそろえた――』

「昭子、次の日にしてくれ」

『ややや、翔ちゃんにはまだ早い話でしたか』

「つまんねーって話だよ」

 何が悲しく良く分からない男の酷評を聞かねばならんのだ? 純粋に辛いわ!

 しかもこういう話が日記の殆どを占める。まったくもって楽しくない。暇だ。

 けど昭子が提供できる話は残念ながらこれしかない。そうなんだよ、コイツの記憶装置には《桃太郎》すら頭の中に入っていないんだ。こういう娯楽用のデータは何一つないんだ辛い。



 ◇◆◇◆◇



 この世界は割とファンタジー。襲ってくる動物はどれも個性的な生物ばかりであった。

 ――巨大なカマキリだ。

 そいつは急に木の上から降り立ち、俺たちに襲い掛かる。

 カマキリの鎌が俺達へ向かう。その前にカマキリの顔面に石ころが非常な速度で直撃する。昭子の投擲だ。それによってカマキリは怯む。

 怯んでいるうちに昭子は後ろに下がり、俺を荷台に乗せる。だって俺役に立たないからね。こういう時は邪魔にならないように荷台に退避されるのだ。

 カマキリは正常に戻り、そして昭子と対峙する。

 昭子の石ころ投擲が三度行われる。投げる前提動作は無く、手首のスナップだけで行われる投擲だ。俺には何処にどう飛んでいくのか想定できない。

 そんな凄まじい速度で向かう石をカマキリは回避する。残念な事に当たるという場面は無い。二度目は無いらしい。

 カマキリは自身の鎌を地面に刺して、そのまま走る。それによって砂煙を発生させる。

 昭子を取り囲むようにカマキリは動く。砂煙で場は包まれる。木の葉が空を埋め尽くしているので此処は暗い。ゆえに俺は場がどうなっているのか分からなかった。暗さと砂煙が合わさるとマジで場が分からない。

 そんな中、打撃音が何度か響く。

 何度も何度も何度も、ガシガシと響く重音。辛うじて見える人像からは二体の生物⋯⋯いや片方はアンドロイドだが、そいつらが戦闘中であることしか分からない。

 どちらが優勢なのかすら分からない中、昭子の声が響く。

『――色彩学習完了。名称 《砂目》――反映』

 打撃の音が変わる。先ほどの打撃音は重音であったが、今の音は――粘着音。粘っこい液体がしみ込んでいる固体を殴っているかのような粘着音だ。

 がちゅがちゅという粘着音が響くたび、先ほどは聞こえなかった音が同時に鳴る。「ぎゅえっ!」っという感じの音だ。

 そしてその音は、砂煙が晴れることによって判明する。

 カマキリが「きゅげ⋯⋯」と声を漏らしながら、全身から緑の血を流して倒れていた。

 どうやら声はコイツ自身。打撃音もカマキリの肉体を狙う戦法に変えたことによって起こった音なのだろう。

 昭子が此方へ向かってくる。

『打撃だと息の根が止めづらいので、鉈包丁で首を落とそうとおもいますー』

 そう言って荷台から鉈包丁を取り出し、カマキリの首を取った。

 ――そして首から鋼色の糸が飛び出す。

「ハリガネムシっ?!」

 まさかの生物が登場し、驚きのあまり大声が出る。

 ハリガネムシは歪なカクカクした動きをしながら昭子へ向かった。

 鉈包丁の金属光沢が乱反射。ハリガネムシの破片が舞う。

 だが、バラバラになってもハリガネムシは昭子へ向かう。驚きの生存能力を発揮している。

 鉈包丁が振り回され、空気が大きく動く。

 何度も何度も切られるハリガネムシ。だが動く。二センチほどの大きさでも元気に昭子へ向かう。

 とてつもなくウザく、めんどくさい相手だ。

 もとの世界のハリガネムシはどうかは知らないが、ここまでバラバラにしても動くならば――全細胞を動作停止に追い込めば良い。

「《なんか火が出てくれお願いだ頼む、故郷に病気の妹がそこそこの威力で飛んでいる火を見たいって言っているんだ! 本当に頼む!!》」

 無駄に長いクソ詠唱コマンドを言い終わると、俺の右腕から火矢ファイアーアローが生成されてハリガネムシへ飛んでいく⋯⋯事は無くちょっと離れた岩に当たった。エイム力なさ過ぎて泣きそう。

 だが、俺の意図に気が付いた昭子は、詠唱コマンドを始める。

『『『『『『『『『《なんか火が出てくれお願いだ頼む、故郷に病気の妹がそこそこの威力で飛んでいる火を見たいって言っているんだ! 本当に頼む!!》』』』』』』』』』

 なんか声が何重にも聞こえるんだけど、昭子いったい何をしたんだよ?!

 俺が驚いている間に昭子の右腕から火矢ファイアーアローが――それも9つも生成され、昭子の周りにばら撒かれる。

 その火矢ファイアーアローの一撃一撃がハリガネムシへ突き刺さって燃え上がる。火矢ファイアーアローの火はすぐに消え去るが、ハリガネムシを焼くには十分らしくて動かなくなった。

 俺たちの完全勝利だ。

 昭子も傷ついていないし。⋯⋯ていうか服に乱れさえないんだけど? 君あのカマキリと殴り合っていたよね?

 そんな事を考えていると昭子がカマキリを解体しながら、こう呟く。

『今日のご飯に出来そうですねー』

 止めてくれ。

 けど実際にご飯となった。カマキリ肝の煮込みスープだ。

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