間章「緋祝家の日常」
「此処ですね」
「ニュヲ~~♪」
東京都心にある新設された役所の中。
その日、其処で働く役人達は極めて純粋に緊張していた。
上からVIPの対応を言い渡されたからだ。
役人は役人。
彼らは自分の仕事に関して誰かを贔屓したりする事はあまり無い。
いや、本来は有ってはならないが正解だが、何処の世界も制度設計と現実は違うものである。
その訪問者は朝一番で役所の列に並んだ層の後ろに付けて人々が役所内部に入り始めると一緒にやってきた。
途中、数人の用事を足しに来た人々が二人を見て、今時の若者には常識が足りないのではないかという危惧を抱いたが、スルースキルを発揮。
その非常に魅力的な胸元の高校生くらいの少女から視線を引き剥がした。
「その~~出生届はこちらですか?」
「はい。こちらの窓口です」
独身39歳。
眼鏡痩せ型。
貯蓄1200万。
実家暮らし。
というスペックな男が窓口でその美しいでは済まない少女に刹那見惚れたが、一切の感情を廃して即座にプロフェッショナルの顔となる。
「この子の出生届を出したいんですけど、書類はこれでいいでしょうか?」
「はい。確認致しますのでしばらくそちらの席でお待ち下さい」
彼は胸元から顔を出して自分の方を首を傾げて見ている蒼い子猫を確認してから少しだけ震える手で書類を確認した。
「………(本当に来た。グラビア・アイドルも裸足で逃げ出すの文字に偽り無しだったな)」
彼は不備が無い事を確認するが、そのふざけているとしか思えない横文字の名前を承認する事とした。
「12番の方」
「はい」
「書類に不備はありません。お名前はこれでよろしいですか?」
「ええ、緋祝ニュヲで。私の籍は北米ですが、この子は出生地が日本なので」
「分かりました。これで受理します。元気なお子さんですね」
「はい。とっても良い子なんですよ。ね~~ニュヲ」
「ニュヲ~~♪」
「……(実年齢は見なかった事にしよう。父親は存在しない……存在しない、か……まぁ、不備ではない、か。このご時世じゃ……児童相談所は何も解決してくれないだろうしな)」
子猫がやはり胸元から顔だけ出して鳴く。
猫にしか見えない。
だが、明確な返答する意志も感じる。
これから生まれながらの変異覚醒者も相手にしていくという事を役所の多くが国側からマニュアルで渡されて情報として知っていたとはいえ。
明らかに猫にしか見えない存在。
その出生届を受理するなど、初めての出来事であった。
まぁ、役所の雲の上から『そういう相手が来るから何事もなく対応して欲しい』と言い含められていたのだが、彼らにしてみれば、これが善導騎士団のVIPかと驚く程に相手は若く美しかった。
こうして豊満過ぎる胸元に子猫を一匹入れた厚着のセーター姿な少女は意気揚々と役所を後にし、ホッと一息吐いた。
「良かったですね。ニュヲ。性別が無くてもちゃんと届け出が受理されて」
「ニュ~~~?」
「ダメじゃないですけど、役所の人が困るかもしれないじゃないですか」
「ニュヲヲ」
「ふふ、ニュヲは人間になったら、男の子でも女の子でもカワイイですよ」
「ニュニュ~~♪」
「あ、お姉様。どうだった?」
駆け寄って来たのはお面で顔を隠した角有りの絶世の美少女。
悠音であった。
「大丈夫でしたよ。役所の皆さんもちゃんと応対してくれました」
「良かったわね。お姉様」
「ええ、ニュヲも人見知りせずにちゃんと挨拶してましたよ」
「そうなんだ~~ニュヲは本当に賢い賢い」
悠音が子猫の頭を撫でる。
「ニュヲ~~」
和んだ様子の赤子。
と呼ぶにはもう既に自我を確立している緋祝ニュヲ。
正式に変異覚醒者として人間扱いで明日輝の子供と登録された子猫は気持ちよさそうにその手を受け入れた。
「それにしてもニュヲって名前で良かったの?」
「ええ、マヲーとクヲーが助けてくれたんですから、この子にもあの子達くらい賢くなって欲しくて。同じような名前の付け方にしてみました。この子も気に入ってくれてます」
「ニュヲニュヲ!!」
子猫ニュヲがウンウンと頷いた。
「お、もう戻って来たのかや?」
「あ、リスティ。何処に行ってたの?」
役所前の道で立ち話していた二人の傍に寄って来たのは厚めの褐色のジャケットにデニムのジーンズ。そして、パンクなトレーナー姿で如何にもバンドに被れてますと言いたげな丸眼鏡を掛けたリスティアだった。
「済まぬ済まぬ。ちょっと買い物に行ってたのじゃ。手間の掛からぬ赤子とはいえ、何か贈り物がしたくてな」
「贈り物? 良かったね。お姉様。ニュヲ」
「ニュニュ~~?」
「ああ、お前用じゃが、少し手間を掛けさせて貰う事にしてな。ちょっと待つのじゃ。その頃には出来上がっていよう」
「ふふ、この子と一緒に楽しみにしておきますね」
「うむ。今日は冷えるようじゃ。何処かの店舗で温かい飲み物でも飲みながら、この子用の必要なものでも考えようかのう」
「そうですね。ニュヲも何か必要なものがあったら、言って下さいね?」
「ニュゥヲ」
こうして四人が近くの大型商業施設に入ろうと歩き出して、もう少しで温かい店舗内というところまで来た時だった。
ビルの内側から野外にまで伸びる行列に出くわす。
「これは……」
「どうやら菓子店でチョコレートのケーキを売ってるようじゃな。久方ぶりに食べられる甘味とあって、人気が高いらしい」
店員の持った看板を見上げながらリスティが我らには関係無さそうという顔になるのも致し方ない。
そもそもチョコレート製の何かが食べたければ、善導騎士団を通して発注したカカオを明日輝に料理して貰えば、パティシエ並みのものが出て来るのだ。
四人がそこを素通りしようとした時だった。
ニュヲがチラリと行列の一角を見る。
すると、まるで何かが崩れるような音がして。
「あ」
「ぬ?」
「「!?」」
その列に並んでいた人ならざる者と目が合った。
頭部が無い鎧。
頚城には青白い顔のみが引っ付いている。
やっべ、という顔になったドイツ系の元イケメンが超高速で列から離脱。
そのまま逃げて行く。
「「「………(;´Д`)」」」
三人が思う。
敵ながらチョコレートケーキ食べたさに並ぶ。
何とも人間染みた様子。
カズマの元チームメイトという事もあって、微妙に親近感が出る行動だった。
というか、『味、分かるのかよ』というのが正直な感想でもあった。
「この洋菓子屋はマークしておこう。あの頚城達が食べに来る程の品なら、文句なく美味いのだろうしな」
「捕まえなくていいんです?」
明日輝が首を傾げる。
「此処でやれば、被害が出る。それでなくても市街地で高精度の頚城とやり合うとなれば、流れ弾で1区画壊滅とか普通に有り得る」
「まぁ、そうかもしれませんけど」
「それにしても何かカズマみたいだった。見つかった時の仕草が」
悠音がそう評する。
「そうかもしれませんね。確かにあの間の抜けた感じがちょっと似てるかもしれません。ええ……」
「散々な言われようじゃのう」
今、北米で任務中のカズマがくしゃみでもしていそうだなとリスティアは任務の経過報告を網膜投影された東京本部の総合情報管制で目を通しながら、北米は北米でまた大変な事になりそうだと足早に商業施設へと入っていくのだった。
「ニュヲ……」
そんな中、子猫は逃げていったヴァルター・ゲーリングの存在に目を合わせて魔力や諸々の情報を覚えながら全てを記憶した後、再び母親に甘える事にする。
その様子にリスティアは『やはり、普通の子猫では済ませられぬよなぁ……』という感想を抱く。
高位の頚城が作った幻影や隠蔽用の術式を看破して魔力も使わず見ただけで破砕……原理が分からぬ上にどう考えても極めてオカシな能力に違いなく。
きっと子猫自身に聞いても能力の詳細は首を傾げて可愛く誤魔化され、教えてくれないだろう。
「ニュヲゥ~~~♪」
初めての外食。
子猫の向かう店舗の先ではまた現場で働く人々に仕事場の上司に善導騎士団のVIPが来るから子猫は人間として扱って何事もなく進めて欲しいという類の連絡が入り、目印のように美しい姉妹達がやってくれば、人々は何も言わず。
プロフェッショナルとして対応し続ける。
そういった事前の訪問先への準備をやっているのが善導騎士団のメインサーバーにしてメインシステム、メインアバターである九十九である事は誰も知らない。
彼女達の日常を護る為、人間のフリをして活動するシステムは善導騎士団の偉い人という体で今日も彼女達の日常の障害を排除し続けるのであった。
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