間章「お休みⅣ」
―――??年前大陸中央諸国ガリオス首都近郊。
「アルス坊ちゃま。朝でございます」
「ん~~ぁ~~もうそんな時間か。キャサリン」
「はい。お目覚めになられましたら、そちらにお湯をお持ちしておりますので顔を。朝食はお坊ちゃまが支度を整えられた頃には出来上がります」
「いつも悪い。どうしても朝はね」
「承知しております。では、これで」
小さなアパート。
中央諸国では単身者用でこそないが、1人で済むのに丁度よいような2LDK。
近頃、空のもう一つの月との交易で地方も中央も沸き立っている現在。
見ず知らずの中央諸国出の男女が小さな部屋を借りる程度の事。
そう話題になる事もない話だろう。
「明るいな」
空は日差しも柔らかく。
月が今日も蒼く出ていた。
公園が近くにある事も手伝って、小鳥の囀りが響いている。
洗面器に用意されたお湯とタオルで顔を洗い。
寝巻を着替えて貴族風というには少し簡素なシャツとズボンに白く厚い金属片入りの外套を羽織った青年はメイドからの忠告に従って、今日も僅か眠い目元を揉み解して食卓へと向かう。
通路は軋むが、腐ってはいないし、黴てもいない。
木目からの古い樹の匂いは嫌いではないし、彼アルスと呼ばれた青年は小さく頷いて一息吐くと覚悟を決めたようで食卓へ続く扉を開けた。
「お待ちしておりました」
今日もキャサリン。
地方諸国から出て来た彼に付き従う雑用メイドは完璧だ。
黒髪を編み上げて束ね背後に伸ばし。
キッチリと搾り上げたオールバックには解れもない。
衣服も夏だと言うのに全身を覆う黒と白を基調にしたドレスタイプ。
足元まであるスカートはタイツさえ見せずにフワリとしており、白く柔らかそうだった。
「……食事にしよう」
「はい」
青年は静々と引かれた椅子に座って朝食を開始する。
「………お注ぎします」
メイドは主の前で朝食を取らない。
静かに黙して必要な事を事前に準備し、必要なだけ主に提供するだけだ。
食事中の沈黙もただ主が朝の喧騒を好まないと知っているだけに過ぎず。
その20代前半にしては成熟したような雰囲気から想像される知的な会話くらいは提供してくれる事だろう。
彼女の頭に亜人特有の耳とか、腰の辺りから髪や耳と同じ黒い尻尾が出ていたとしても。
「本日はどのように?」
「大学に行ってくるよ。面白い友人がいてね。彼の研究室に」
「そうでございますか。昼食と夕飯はどう致しますか?」
「明日まで帰らない。自由にしていてくれ」
「はい。では、明日の朝食の献立で何かご希望はあるでしょうか?」
「……君のパイが食べたい」
「分かりました。今日中に仕込んでおきます」
「御馳走様。行ってくる」
「玄関までお持ちします」
既に彼女の背後には出立の為に必要な荷物一式。
トランクが一つ置かれている。
玄関先でソレを受け取った青年は黒髪の亜人。
獣人のメイドに頷いて、外に向かう。
食事に感想を言う程、何か今日が違っていた事は無い。
だが、何か満足以上の出来事も無い。
故に労う必要も無く彼は通じ合うメイドに自分なりの満足を雰囲気で伝えて、屋敷にいた頃から変わらぬままに外へと出掛けた。
アパートメントの出口まで背後に付いて来て、彼の姿が無くなるまで頭を下げて無言で見送る彼女の事をそこの住人達はこう呼ぶ。
良く出来た女。
パーフェクト・ウーマン。
あるいは前時代的にも程があるけれど、羨ましいくらいに幸せそうな女中、と。
「……また、目立ってたな。ボクら」
青年は繁々と周辺からの視線を感じながらも大学へと向かう。
今日は重要な事がある為、早めに向かったのだが、街頭のスタンドで売っている新聞をコイン一枚で買えば、載っているのはやはり南部帝国の話ばかりだ。
帝政国家イグニシア・クルシス。
世界最大の穀倉地帯を抱え、世界最大の大都市圏を有し、世界最大の版図を持ち、世界最大の影響力だけは持たない大陸南部の雄。
そこが何の因果か。
今、新たな時代を迎えて末姫と呼ばれた少女が皇帝となった。
彼が生まれるよりも前に終わった魔王との最後の戦争以後、七教会が全てを統治すると言われた大陸中央諸国最良の時代。
その少女の戴冠は大きなうねりとなって波乱の前にも波風を起している。
まぁ、その煽りで色々な国で色々な出来事が起こった結果。
彼は再び先祖のいた祖国に舞い戻る嵌めになったのだが。
「アルス君。また新聞なんて読んでるの?」
「騎士団長。また貴女ですか?」
「フフ、そうよ。悪いかしら?」
アルス。
青年が君付けされた事にげんなりしつつも大学の見えて来た講堂前にいる女を見やった。
赤い髪の美しい女性だ。
少女というより、初々しいというより、華々しいと言うべき女だった。
若くして大魔術師の称号を持ち。
一族の結社の背負って立ち。
同時にまたガリオスで廃滅寸前であった騎士団を買った女。
彼女の事を彼は騎士団長と呼ぶ。
社交界の華として大いに彼女は男性からの引く手数多だが、その内実は男に興味の無い仕事ぶりの目覚ましいキャリア・ウーマンに近く。
許嫁がいるのにまともにデートすらせず。
好きな仕事や興味のある事に感けては良心に呆れられ、今や好きにしろと放任主義にまで追いやった彼女である。
「それにしても今日からだって言うのにどうして貴方は彼女を連れて来ないのかしら?」
「何か連れて来る理由がるとでも?」
「貴方が騎士団を受け継ぐ事になったら、宿舎の方に入るでしょう」
「そのつもりはないですよ。ボクは超越者だが、貴方程の才気に溢れているわけじゃない」
「嘘ばっかり。何かを育てるのが趣味な私にも分かる程、君は……いえ、貴方は才能の塊。それが例え七教会の超人達には劣るとしてもね」
「ようやく来たか」
美男美女。
外側から見れば、お似合いに見えるだろう二人に話しかける者有り。
中年40代くらいだろうか。
痩せぎすの身体でスーツを纏い。
腰に東部式の刀を一本佩いている。
携帯許可書が同時にぶら下がった様子を見れば、相手が中央諸国では珍しい個人の戦者の類だと分かるだろう。
シャツを紺のズボンに両肩のバンドで止めた男が大学前の二人の前まで歩いてくると両者を交互に見た。
「あちらからお前達を連れて来るようにと仰せ付かっている。行くぞ」
「あら? もう来たの? おじさん」
「フン……好きに呼べ」
女の声に男が嫌気が差した様子でそう呟く。
「ま、いいわ。さ、行きましょう。団長会議の始まりよ」
「残った騎士団の廃滅が掛った場を愉し気に……」
「成果があればいいのよ。それにおじさんだって団長じゃない。喜んだら? 成果もそれなりに上がってるんですもの。でも、次の葬送騎士団はどうかしらね……団長に名乗りを上げるヤツがいるかどうか……」
「見込みのある男はいる。弱いがな」
「それ、いいの?」
男が肩を竦める。
「それが時代ならば、仕方あるまい」
「そう……あ?! 何をスタスタ歩いていってるの? ちょっとー!?」
「ボクには関係ない。今のところは……」
アルスが他の騎士団長達の様子を横目に足音も立てずに大学構内へと入っていく。
その先の看板にはこう文字が記されていた。
【ガリオス騎士団統廃合会議】
こうして、その日……騎士団の幾つかが廃滅し、幾つかが生き残る事になった。
焦点となった騎士団は5つ。
国家勢力を主敵として排除する事に長けた葬送騎士団。
新団長が選出され、廃滅を免れる。
破壊力のみを求めて地形を変える事に長けた灼朽騎士団。
久方ぶりの女性騎士の騎士団長を擁して立て直されつつあると見なされ現状維持が妥当と判断される。
剣技において並ぶ者無いと称されて久しい儀刃騎士団。
再建は遅れているが、騎士団として最も統制が取れた上で統廃合先としての役目は果たしていた為、廃滅は保留。
先程の三つの騎士団よりも古く興国騎士団の流れを組む白聖騎士団。
「アルスメリウス・ラト・エルヴァーナ・クルジスを団長に選出したい。興国期、嘗てのアルヴァスタを護りし、守護神と称えられた彼の偉大なる騎士の家系。南部イグニシア・クルシスの現皇帝の遠縁であるばかりか、超越者でもある。国外からの帰国は正しく天啓であろう。議席保有者諸君。議決は迅速に」
青年はげんなりした内心をそのままに静かな瞳で自分が騎士団の団長に選ばれるのを冷めた目で見ていた。
彼がこの国に来た理由。
それは嘗て彼の祖先が率いていた最古の騎士団への招集。
議決が為されれば、彼は今や七教会に盾突いて財政的に傾いた家を再興する事が出来る……そう、それだけの為の旅路。
「これを以て案を決する」
青年は自身の人生の転換点だというのに澄ました顔でいた。
ただ、彼の視線は自分とは別の人物に向いている。
その男は若くも才気に溢れ、超越者でも無ければ、魔術師でも剣術家でもないのにシレッと廃滅が決定したはずの騎士団を貰い受けたいと会議に乗り込んで来た。
その男は言った。
彼の議決が終わる前に。
―――『この世には成して見せ、語って導く者が必要なのですよ。皆さん』
世の中、何が起こるか分からない。
その男が後に波乱を巻き起こす事を彼は知る由も無かったが、それでも一つだけは理解したのだ。
この男が今後の騎士達の運命を導く道標なのだろう、と。
『………………………夢か』
白き全身鎧を身に纏い。
花畑のある草原の上で寝転んでいた男が目を開ける。
それは過去。
彼にとっては随分と昔にも感じる瞬く間の記憶。
『さて、ボクらの1人が落ちた今、運命はどう転ぶ? 最後の大隊は……ボクらは……君がいない明け方は味気ないよ。キャサリン……』
白滅の騎士。
男は愛馬が横に佇む最中、遠く見える花園の先。
砂丘と化した世界の中心に立つ赤黒いモノリスを見やる。
ソレはゆっくりと。
だが、確実に天に向け、砂時計のように遅々としながら上昇していた。
何年も何年も掛けて砂山を崩しながら、全ての終わりへと。
*
とある少女が魔族の血を継ぐ少女達の乙女力はあっても女子力は皆無そうな話を終え、共に昼食へ向かった頃。
1人護衛であるはずの少女が抜けている事を意識した者はいたものの、それを言葉にする事は無かった。
フェイルハルティーナ。
緑燼の騎士を倒した少女は今や有名人だが、別にそれを休日中に実感する事は隠蔽系の術式が外出で用いられる関係上、今後も無いだろう。
だが、そんな彼女が大切な主の護衛をしていない。
理由は単純。
何をしているかと言えば、少年のお休みに合わせて少年自身から休日を言い渡された為、律儀に少年の護衛を休んでいたのだ。
一緒に行くという選択肢は勿論あった。
だが、諸々の状況で傍を離れる事があるとはいえ、殆どの時間を護衛に割いているハルティーナである。
こういう時こそ、傍を離れて趣味やら興味のある事に没頭してみるのも良いのではないかと少年は乗り物好きというか。
結構、機械好きな自分の護衛へ自分が出来る限りの贈り物をする事にした。
そう、黙示録の四騎士の撃滅という大業を為した少女へのプレゼント。
それは……少女の目の前にある。
「♪」
ハルティーナが僅かに嬉しそうにしながら、ソレに手を触れてカチャカチャとキーボードを器用にタイプしつつ、画面を見ながらコンソールで設定していた。
画面の中には大量の部品のデータ。
そして、その分子密度から摩耗度合から結合状況やらが数百万点単位からブロック状に仕分けられ、精密に汲み上げられた全体像が3D方式でリアルに映し出され、彼女の指が躍る毎にどのような状態で保存されるかが決まっていく。
その機械の動き方がCGで再現され、同時に彼女の脳裏には操作時の手応えが次々に実感を以て再現される。
これを繰り返しながらの調整は人間ならば、数十年掛かるかもしれないが、九十九のサポート有りならば、熱意と努力で数日で納まるだろう。
自身の為にフルカスタマイズされ、微調整を完璧に施されたマシン。
ソレを更に慣らし運転ならぬ慣らし調整を脳裏で行っているのだ。
常人ならば、両手を動かしながら、脳裏に送られてくる大量の実機稼働時の体感データを元に調整するなんて神掛った事は出来まい。
だが、此処にはそれなりに才気に溢れてこそいるが、大陸中央諸国でも凡庸と表されるくらいの少女がいる。
神掛かった事の一つは二つ程度は出来る人材でもある。
「バーニアOK。ハンドリング位置OK。水平機構通常稼働時オールカット。緊急時セミオート機能OK―――」
状況によっての細かい設定。
また、戦闘状況でも幾つかのパターンにおいての自分にとっての最適な稼働を目指して調整を行い続ける少女は気付かない。
自分の背後。
実際には後方95m下くらいの背後に人込みが出来ていたりする事に。
『え? これ……デポとかビルじゃないの?』
『HAHAHA、何だコレ……タイヤ?』
『ブースター……推進機関……コレ、船じゃないの?』
『つーか、戦艦ですらないのか? 地上走破用のタイヤっぽいのが付いてるのに翼っぽのも付いてる。つーか、艦船にしては何処にも人入るハッチ無くね?』
ざわつく周囲からハルティーナがいる構造物を見ると以下の通りとなる。
何か翼付きの戦艦かビークルみたいなタイヤ付きの代物が太っといパイルを左右から突き出して地面に縫い留め駐機されている。
ちなみに現在地はベルズ・スター要塞線最前域。
要は近頃ZEFという生きた森によってゾンビが超絶減った南部のバウンティーハンターや守備隊の検問用の基地のギリギリ外であった。
そんなとこに上から突然、騎士ハルティーナが休日を満喫しに来るから、あまり邪魔しないようにという命令が来た。
で、やって来たのが送られてきたビルみたいな大きさの何かだったのだ。
転移でドカンと上から降って来たソレはシエラのような平べったさはなく。
全体像は黒翔に近しい。
それが100m以内の大質量転移実験を兼ねてるとか誰も気付くまい。
明らかに大きさがおかしく。
大規模なクルーザーを4つ重ねたような大きさと高さがあった。
その頂点の座席で愉し気に何か弄り始めるハルティーナを双眼鏡で見たバウンティーハンターの人々は『あ、これ1人用なのね』と何となく悟った気分になった。
まぁ、彼らにも伝わるくらいには地下ドックで巨大な船が造られている云々の話は漏れ聞こえていたし、それに比べれば“小さい”で済むだろうソレは……大きさはともかく個人用1人乗りの何かであった。
黙示録の四騎士を撃破した少女である。
英雄と呼ぶには小さいが、相応しい乗り物くらい持っている事だろう。
ソレが明らかに戦闘用というか。
極めてメタリックで重厚で漆黒で物騒な気がした彼らだったが、今更ベルズ・スターを使っている手前。
そういう“大きなの”には慣れていた。
―――【基本設定終了。オートパイロット機能をカット。システムコール正常。おめでとうございます。騎士ハルティーナ。これより事前計画に従い、南米往復の旅に出ますか?】
「ベル様がせっかく造ってくれた機体です。初の遠乗り……強行偵察がてらセブン・オーダーズのルート確保と行きましょう」
周囲のサイレンが鳴り始める。
―――【機体より半径300m圏内の方は退避して下さい。これより発進シーケンスを開始します。非常に危険なので300m圏内から退避して下さ―――】
『ちょ、た、退避ぃいいいいいいいいいい!!?』
『え、発進!? マジかよ!? アレが動くの!?』
『退避って!? 危険なのアレやっぱり!?』
ワタワタと人々が遠巻きに退避していくのを見たと同時に碧い少女は胸元からベルに貰った円筒形のマスターキーをバイクの運転席にも似たコクピット内の手前。
中央の円筒形のグレーなメタルカラーのキースタンドに突き刺した。
すると、鍵が内部にめり込んで呑み込まれ、穴がカシャリと横合いからスライドした格納用の壁に閉ざされロックされる。
今まで設定していたコンソールが半分に割れ、左右に移動し、下からせり上がって来た幾つかの機体モニター用のグラフが上下するパネルが複数立ち上がった。
そして、彼女がバイクのハンドル部分を握った瞬間。
ソレを後ろに引くとグリップとなり、自由な動きを可能にするらしい蛇腹状の稼働アームが背後から両脇を通って結合され、追随して自在稼働可能になる。
親指部分に赤いボタンがせり上がって現れ、前傾姿勢となっていた脚部が固定化され、グリップそのものが割れて、キーのように握り込む部分を感圧式で捉えて機能を調整発動させるスイッチと化し……40個近い機能操作が掌二つで可能となった。
最後に股から上半身に掛けてフワリと重力が僅かに軽減される。
「【大翅翼】発進!!!」
ガッと彼女がグリップのボタンを押し込んだ瞬間。
彼女の周囲の風防が色を青からゆっくりと鮮やかに変えながら、観測機器のフルレンジでの映像情報を呼び出して見せる。
―――【どうぞ。良い旅を】
九十九の声は天女の誘いか。
あるいは荒野へ向かう聖人への堕落の誘いか。
巨大なバイク状の黒い何かが魔力の転化と共にその表面装甲を碧く碧くエメラルドのように輝かせて魔力の僅かな転化光を零しながら車輪を回転させ始める。
初速はゆっくりとしたものだったが、ソレは周囲に未だ人がいるからだ。
基地から100m離れるまでは時速30kmだったソレは200m離れると時速90kmに加速。
300m離れたら180km、1kmを離れる頃には550kmという“通常巡行速度”に達した。
ソレが音速を越えて地表の荒野を爆走した時。
人々は震撼するだろう。
100m近い物体が時速500kmで加速して機動するのだ。
ちょっとした要塞か巨大建築が動いているのと何ら変わらない。
全てを踏み砕くタイヤと加速による衝撃波がベルズ・スターから遠く遠くの地域から遠雷のように響き始めた。
『……バイク?』
『空も飛べそう』
『戦艦だろ。やっぱ』
『気にするな!! オレ達の仕事が減るに違いないと喜べ。考え出したら変になるぞ。理解したら実際狂人になってそうなシステムとか使ってるのは間違いないだろうけど、直接関係ないさ』
『……帰って缶詰でも喰うか(=_=)』
『ああ、そうしよう。この間手に入れた日本の12年もののウィスキーがある』
『あ、そういや日本から福利厚生品としてワギューの生ジャーキーが届いてるらしぞ。早く行かないと無くなっちまうぜ!!』
『おお、それは一大事。さ、帰るぞお前ら~~』
『ういーす(;´Д`)』×一杯のバウンティーハンター達。
彼らが理解を諦めた後。
ソレがゾンビの密集地域の市街地を避けて南米へと向かう。
ルートにはゾンビの肉片のみで出来た砂漠もあった。
超規模密集形態を取ったゾンビ達の集団突撃が巨大ドローンによる結界戦術で集団自殺となった赤き砂漠。
その先にあるメキシコから下へと続く陸路の多くでは未だ戦闘終了後も集まって来ていたゾンビがウロウロしている。
背後のブースターから青白い魔力転化の光を吐き出しながら慣性を無視して走り続ける翼を畳んだソレによって、屍達は次々優しく踏み潰されていく。
進路上の敵の映像は九十九のネットワークの解析に回され、遺品は全て潰したゾンビとは違ってタイヤの方が吸着する形で吸収して、背後のバックパック内に転移で転送して回収。
遺体は常の通りに大地へ返すが、その存在の残滓は持ち帰られる事になる。
「南米最北端まで海岸線沿いを一直線です!!」
実はほんのちょっとだけ浮いているソレは左右の折り畳んだ翼に秘密を持つ。
重力消却炉に用いられる技術を用いて効果領域内の物体に働く重力をかなり自由に軽減する事が出来るのだ。
言わば、機体全体が巨大な重力消却炉に近しい。
無限者の技術を取り込んでシスコの地下で造られている騎士団の旗艦も規模は違えど、今ハルティーナが操るソレとシステム的には同一の代物。
少年は艦の製造の合間に出た端材をリサイクルして少女に個人用の素敵な乗り物を用意したのである。
生憎と駐機場所が日本国内だと基地内だけでロクに乗り回せもしない置物なのだが、此処は全てが滅んだ荒野の世界。
今後発掘が予定されている人類の遺した都市や街区以外ならば、稀少な動植物が無いと確認出来てさえいれば、幾ら速度を出しても構わない。
そのテストランついでに南米のセブンオーダーズの調査探索ルート上の掃除をして貰うというのは機体の性能を使ってみたいとウズウズしている少女にとっては丁度良い話でもあっただろう。
風防を開けば、世界は風に包まれて、常人ならば呼吸すら儘ならないだろう速度の中……ハルティーナは世界の広さと走る楽しさに微笑む。
「ありがとうございます。ベル様」
動く要塞と後に称される水陸空宇兼用の大出力駆動装甲二輪艦。
【大翅翼】
少女に与えられた翼はその日、軽く3000万規模の残留MZGに対して極めて一方的な暴力となって襲い掛かった。
シエラⅡに内包されていた全兵装。
【無限者】に用いられた動力機関と自己再生金属積層装甲。
【痛滅者】に用いられた超大容量魔力電池。
【黒翔】に用いられたDCB機能。
【黒武】に用いられたCP機能。
【大屍滅】に用いられた形状記憶金属化ディミスリル技術。
そして、基地からの100m以下の大質量転移可能化。
大きさ以外でならば、恐らく威力も速度も機動性も全てが既存の善導騎士団と陰陽自衛隊が扱って来た物の中で最高クラスのソレは理不尽の塊であった。
自動追尾するD刻印砲弾による散弾を自身の装甲の合間から30km四方に無限にも思えて何時間でも何十時間でも左右合わせて30門で降り注がせ続け。
自身から見えるあらゆる映像や取得情報を黒翔並みの精度で九十九に送り続け。
黒武よりも素早く敵の解析を内部のCP機能の処理能力だけで完了させ。
重要な動植物に一発も散弾を当てぬ程の火器管制能力を見せ付け。
通常のゾンビに混じっている同型ゾンビ達をまるで蟻を潰す自動車のように轢き潰して再生能力すらも上回る速度で殺し続け。
15m級や30m級のコア・ライトによって産み出された光る巨人が車両前方に2対8門搭載された200mm連装マシンキャノンによって粉々に大穴を開けられながら地面の染みにされていった。
「無限に増えるのならば、無限に亡ぼせばいい。それだけなのですね。ベル様」
ナニカを悟った少女は無限湧きするシャウトの群れを見据える。
ディミスリル・ネットワークを巨大ローラー染みたタイヤのビーコン機能で高速で地下に組織化整備しつつ、その後方に続く道から転移で基地より無限に砲弾を補給、無限の刻印砲弾で地域毎に殲滅して減らしながら、戦域情報を集積していく様子は怪物というよりは神々しくすら映る。
巨大な轍を刻みながら音速を突破すれば、もはや敵は地表に無く。
暴虐の風となって機影は人が消えて今初めてだろう程の轟音を大気を轟かせながら突き進む。
ソニックブームで周囲は粉々。
まるで世界を亡ぼす機械の如く。
否、そう出来てもしまえる救世の力となって終末の先へと突き進んでいった。
彼女の通った後にはゾンビ達は一匹も残りはしない。
ただ、やがて再びシャウトによって蔓延る事になるゾンビ達が遠方から緩やかに引き付けられ、移動して来るだろう。
が……それも南米大陸を埋め尽くす程の数がメキシコ辺りから海岸線沿いに誘因されたせいで全体的には偏った地域が出る。
これは満遍なくシャウトで南米を占拠しておき。
どのような攻勢に対しても無敵。
無限の兵力を生産し続け、大陸という縦深を用いて時間さえあれば、あらゆる戦力を尽きぬ戦力による波状攻撃で撃滅する、という戦略の破綻を意味した。
四騎士が南米に存在しない今。
誘因された同型ゾンビ達が戦略行動を行う事は無い。
戦術的な改善はどうやら為されているようではあったが、それにしても少女の誘因による海岸線沿いへのゾンビ殺到は今後の南米制圧への布石として日本側にも大きな情報として伝えられた。
その情報の映像を見た彼らは思った事だろう。
どうしてバイク一つで南米の戦略が変わるのだろうかと。
画像や映像の表示比率が後で間違っているのではないかと確認する自衛隊や政治家の関係者達が出る事になるが、それはまた別の話。
騎士ベルディクト休日を満喫する。
という報の裏ではまた一部の人々がさすベルさすベル呟くか。
あるいは【魔導騎士】の名をぽつぽつと呟きながら、神の御業か、悪魔の所業か分かりもしない自分達と少年の思考の“規模の差”をまざまざと認識する事になったのだった。
*
「はッ!? ベルさんが可愛過ぎて一瞬、意識が飛んでました」
「「(´-ω-`)……(遂に見るだけで意識が飛ぶようになった姉の頭を心配する姉妹的な顔)」」
「ス、スカートはダメです?!! それは男の人として何か越えちゃいけない一線だってやっぱり思―――」
「ベルさん。この世界では男の人でもスカートを履くんですよ(≧▽≦)」
「あぅ~~た~す~け~てぇ~~」
休日だというのに一向に休まらない少年の精神が因果地平の彼方に旅立ちそうになっている頃、遠く日本では政治ワールドな世界が動こうとしていた。
官邸のスタッフ、補佐官が見守る中。
総理の手がサラサラとある書類にサインをする。
紙で二枚。
同じものが相手との間に交わされていた。
「これで全ての手続きは終了となります。お疲れ様でした。総理」
「いや、副団長代行に労って貰える程には働いてません」
総理と対面していたのはフィクシーであった。
北米で少年の休日に付き合っているのだが、片手間に少年が三姉妹に拉致されて諸々時間があると判断した彼女は官邸で重要な書類だが、後回しにされていた諸々の条約の調印を式典でもなく行っていたのだ。
本来ならば、式典を開くべきという意見もあるような書類達であるが、善導騎士団の殆どが忙し過ぎる上に実際に現場で動かさなければならない案件が多過ぎていつでもどうぞと保留にしてあった代物だ。
例えば、ベルズ・ブリッジの完全な日本国への譲渡と施政権の引き渡しとか。
四国と九州と本土を繋ぐ第二第三第四と続くブリッジの製造遅延に関する各種の停滞した計画への人員の再投入とか。
優秀な人材は何処も最重要な計画に叩き込まれてデスマーチ中である為、最善を尽くそうと思うなら、どうしても止めなければならない計画が色々あったのだ。
「御冗談を。官邸の医師からドクターストップが掛かりそうだとの話は聞いています。先日の合同葬への決意表明以後、色々とまたあって延期……一月後に合わせて再調整されただけでも手腕は評価されるべきだと思いますよ」
「ありがとう。騎士フィクシー……」
周囲には補佐官と数人の事務方が詰めており、二人のサインした書類を受け取ると廊下へと下がっていく。
「さて、此処からが本題になりますが、今のところ【マギアグラム】は国民に受け入れられているでしょうか? 一応、確認したいと思い……」
フィクシーが訊ねたのは今現在、少年が描いた構想を現実化したゲーム。
その名前だ。
付属品に付いては憲法停止下とはいえ。
かなり無茶振りした為、フィクシーは情報ではなく実態としての国民からのゲームに対する感触を現場からの声で理解する総理に訊ねる事としていた。
「肯定的な層が4割、よく分からないというのが3割、危ないと思っているのが2割、特に感想もなく道具として有用と思っているのが1割というところでしょうか」
「こちらの情報とも合致します。ですが、武器というものと縁遠い国民性なのはこちらも理解はしているつもりです。本音のところで長続きする。あるいは受け入れられると思われますか?」
「……7割くらいは続けるでしょう」
「残りの3割は無理ですか?」
「まぁ、鍛えるというところまでは行わないかと」
「そうですか……」
フィクシーがこの現状でも3割があのゲームをやろうとしないという事実を前に僅か思案顔となる。
「ですが、これでも高い方かと。我が国は随分と戦争から遠ざかっていましたし、軍を自衛隊としてからの期間が長かった。未だに平和主義という名で無防備になれと言う輩も極少数ですが、おりまして……」
「凶器だと思われていると?」
「ええ、まぁ、システムが自動で組んだ代物とはいえ。それでも武器には違いなく……公的な暴力を警察や自衛隊に委ねて来た国民からすれば、戸惑うのも無理はないのです。これが亡命政権やアメリカでは9割という数字になっている事も考えれば、未だ日本人は平和ボケしていると揶揄されても仕方ないのかもしれません」
「変異覚醒者に対しての防衛手段として、もう少し数字が高くなるかと思ったのですが……」
「それも現在、陰陽自衛隊と善導騎士団の政策が上手く回っているおかげで一時期のような極度の治安悪化は改善されました」
「我々の働きが我々の意図を挫く。皮肉な話ですね……」
「国民全体で変異覚醒者化するリスクとソレを国側で管理する事は冷静に受け止められていますし、騎士団や自衛隊に入らない者の能力の封印や姿を戻す施術も効果が高く。現状は評価されています」
「案外、危険とは思われていない、と?」
「危険だとは思われていますが、誰もが掛る可能性のある“病”として認識されていると考えます。そして、病である以上は容易に差別や危険視出来るものでもない。正しい対処法や正しい管理の仕方が騎士団側から提示されて、受け入れられていると見るべきです」
「変異覚醒者は暴走以外での犯罪率が劇的に下がった事はこちらとしても確認していますが、危険視する層の過激派に付いてはどうでしょうか?」
「それは少しずつ多くなっているようには思いますが、多くはゾンビと同じように被害を受けた人間がソレに対処しなかった国への問題提起に留まっています。変異覚醒者という層自体への攻撃はやはり極少数の人権団体や政治団体、宗教団体が行っているに過ぎません。それもそちらの副団長閣下の来訪で次々に組織自体が解散しているとの事で……」
耳にはどうやら入っているらしいとフィクシーが苦笑いする。
「はい。ええ……ご迷惑をお掛けしているようで」
「いえいえ、グレーなのは彼らも一緒ですから。褒められたものではないと言うのならば、それこそ我々も同じでしょう。憲法を停止しているとはいえ、現状は不法行為が大量です」
「それはすみませんとしか、こちらは言えませんが……」
「現在、世界政府構想に基いて各国の法規の一律運用の為に法規の廃止や調整、運用に付いての付帯決議等も色々と国会でやっていますが、毎日可決しても後数か月は違法状態でしょう。世界政府構想が結実した後も問題は山積。ただ、これ以上の政治畑での手間は掛けさせないつもりではおります」
「助かります。実際、我々は政治家や政治での暗闘には不慣れですので」
「副団長閣下はそうはお見えになりませんが……こう聞くのも何なのですが、そちらの大陸の政治活動に携わっていたりとかはありませんか? ウチの部下が鮮やか過ぎる手並みに半笑いでして。人間を諦めさせる手練手管を是非学びたいと補佐官も褒めていましたよ」
「副団長は……まぁ、魔術師ですので」
「魔術師、ですか」
「理論的で感情に流されない術師ならば、ああいう事が出来る者はそれなりにあちらの大陸でも数はいます」
「大陸……情報は幾らかお聞きしていますが、我々の世界で言うファンタジーというジャンルの物語の世界にも思えます。そちらには彼のような方が沢山?」
「正確な数は分かりません。あちらの大陸では東西南北中央で多くの国が乱立していますし、国毎の情報が無い場所も多い。ただ、我々のいた中央諸国が最も文明化された事は疑いないというだけで、同時に魔術師も昔は最大数を有していたと言われています。数多くの人ではない種族もいる為、魔術師だけが特別というわけでもありません」
「確かに人間ではない存在とも共存していると聞きましたが、それ程に開かれた社会であるならば、一度は見てみたいものだ」
その言葉にフィクシーが頬を掻く。
それは少しテストの点数を見られた子供に似ていたかもしれない。
何処か隠しておきたいような、申し訳ないような、そんな曖昧さが総理に何かあるのだろうかと首を傾げさせる。
「中央諸国の歴史はこちらと同様血塗られた歴史です。差別は無くなりましたが、差別されていた理由は今も決して忌避されているわけでもありません」
「それはどういう?」
「例えば、そうですね。亜人という一括りにした人間に形態の似ている種族がいますが、彼らとの間には数千年規模での戦闘がありました。ですが、今は普通の人間と同じように接している。でも、普通の友人ではあっても、人間とは逆に認められていない、という点で差別が起こりようもない。こう言うとややこしいかもしれませんが、それが事実です」
「……友人ではあっても人間ではない、ですか?」
「ええ、中央諸国の人の多くは最初から人間とは違う生物として亜人を同胞のように迎え入れる事を教育されます。歴史的な経緯も含めて。ですが、それはあくまで友人ではあっても同じ人間としてではありません。形態や資質やその種族の特質などを完全に解析し、それを合理的に人社会内で受け入れ得る方法や手段を取った。それだけなのです」
「……難しい話ですな」
「彼らに人権は認められていますが、人間と同じ権利は認められていない。誤解が無いように言えば、正確には人間とは別の人間並みの権利が認められている、というのが正しいのです」
「人間並み、ですか……」
「はい。これは異種と呼ばれる人間とは完全に別の存在も同じです」
「……法制度設計で色々と参考になっているとお聞きましたが、法規が完全新規で増えている要因が確か……」
「ええ、同じにしてはいけない。それが何れ社会不和を呼ぶと既に大陸では多くの国家で判明しています。例えば、議会制民主主義下の制度設計にしても特定の種族の出生率が著しく高い場合はその種族の議席数が制限されるようになりました。多数派が正義であると後で問題が多発したからです。人間が主体の国家で彼らを受け入れる場合の最良の見解は数による恩恵は意思決定制度においては得られないという事実を彼らが受け入れる事でした」
「平等ではないように見えるが、それで上手くいったのですか?」
「大陸中央諸国の平等は過剰な部分を是正し、足りない部分を補う事で合理的に為される平等。全てが同じという意味ではありませんので。これは多種族が混合しても変わらぬ原則です」
「なる程……」
「亜人の中には人型の魔族とも呼べぬ大陸と隣り合う世界から来たモノも昔は数多くいたといいます。ですが、それらの種族の殆どは平等に成り得ない故に淘汰されました」
「淘汰?」
僅かに総理の眉が上がる。
「例えば、こちらの言葉にすれば、ゴブリンと言うらしい種族がいたのですが、その種族は大陸では有史以来5000年の内の250年間しか存在しません」
「何故ですか?」
「彼らは大陸の主である人間との共存を望まず。同時に幾らでも劣悪な環境でも増える上に人間相手に戦争まで仕掛けて来る程の数に膨れ上がった。のは、まだ問題にはなりませんでした。最も問題なのは彼らが人間との間に子供を作れる上で女性を誘拐するなどの蛮行が生存本能的に優先度の高い事項として存在したからです……その上で彼らには人間レベルの価値があった」
「価値?」
「奴隷にも向かない種族でしたが、人間の代用品として魔術師に乱獲されたのです」
「―――代用品、ですか?」
「はい。強姦された人間との間に生まれた子供があっと言う間に増えた後。戦乱期になると国家間では大規模な生贄を用いる儀式術が乱発されるようになりました。ですが、それには人間がいる。奴隷は高く付きますが……」
「ゴブリンはただで手に入った?」
「ただという程ではありません。知能は高いし、それなりに数が群れれば脅威ですが、駆け出しの魔術師が1人で数十匹捕獲出来る程度。力が非力であった事もあり、国家事業として奴隷商人や魔術師が攻撃用魔術の生贄として大量に乱獲。一時は人間の国を奪う者もいたようですが、すぐに絶滅しました。彼らは人間を憎み陥れる事はあっても人間には生贄以外の方法で殆ど資さなかった」
少女は肩を竦める。
「そして、それ以上に人から恨みを買ってもいた。感情と利益。どちらも満足させる得物になった以上、人間が彼らを滅ぼさない理由は無かったのです。実際、当時浚われた女達の夫や息子や男親や恋人達が従軍し、生贄用以外は全て根絶やしにした事を褒め称える祝祭が未だに残っていますし、民謡などにもあります」
「………」
「彼らは平等になる為に自分達の過剰な部分を種族的に排斥出来なかった。この部分で言えば、誘拐癖や強姦癖、憎悪や陰謀の類の種族的な資質を抑えられなかった。それは共存の意思無しという種族的な主張に置換されたのです」
「善良な者はいなかったと?」
「いましたが、今は生き残っていません。理由は純粋です。善良な彼らが自分達の血筋を残す事を忌避したので」
「善良であるが故に自らの血筋を絶やしたと?」
「はい。それが当時彼らが幸せに生きて死ぬ絶対条件だったので。そもそも自分の種族の特質を改良出来る環境も技術も無く、自分の子供が人間相手に悪さを働いて生贄にされる事に耐えられなかった」
「子孫にそんな責め苦は追わせたくないと?」
「はい。それならば、血筋は残らずとも別の形で人の社会に貢献して生きようという者はいました。彼らの功績は一部の亜人との共存における初期の知識や常識の形成に一役買ったと言われています」
「……凄まじい歴史があるのですね。大陸にも……」
「こちらで言う黒人奴隷のような歴史よりも悲惨かもしれませんよ? 何せ人型で人間の血が混じっても、人間との間に決定的な相慣れない部分を持つ種族を大陸中央で本当に一切見た事がありません」
「絶滅していると?」
「絶滅させたが、正しいでしょう。今、大陸に残っている多くの種族は数が少なくて人と関わらず生きている種族か。数がいても人間社会に馴染んでいる種族か。脅威ではあっても滅ぼす程でもない人社会に対して利益を齎す種族しかいません」
「つまり、人類と共存可能な者だけですか?」
「はい。大陸では人間より能力と力のある種族は幾らでもいますが、彼らは人間に認められ、人間と共存する道を辿った者達なのです。消極的か積極的かの違いはありますが……」
「魔族は?」
「魔族に関しては純粋に狩り出されるような低位の者は狩り出されましたし、差別もされましたが、それ以外の者は人間に馴染んで人に紛れて暮らしていました。あのクアドリスの一派もその口でしょう」
「馴染んで暮らしていた、か……」
ならば、何故今になって国家の再興なんて言い出したのか。
そうは思ってもソレを解決する術は今のところ日本という国家に無い。
後で詳細を知らせて貰うことは必要だろうが、戦闘に関して民間の被害が出ないように口が出せる以外は善導騎士団任せになるだろう事は男にも分かっていた。
「血族はそれなりに大陸でもいるでしょうが、そう自分のルーツを知っている者は少ないかもしれない。人間に化けられる魔族の殆どは人間よりも長寿ですし、嘗ての魔王の配下のような人々が再び表舞台に出る事も歴史上は多く無かった」
「それが登壇したのはこの世界だからだと?」
「はい。あちらには七教会がこの数十年で出来ました。彼らは実際に各種族の頂点存在を平らげる実力があり、高位魔族を凌ぐ力である科学力と魔導を有し、あらゆる国家を凌ぐ経済力と軍事力を持ち、大陸中央諸国の実質的な支配者でもあった」
「そう聞くと本当に凄い組織だったとしか言えませんな」
「ええ、その上で人々に七聖女というシンボルを信奉され、最終兵器染みた七聖女の力によって全ての理不尽を理不尽で薙ぎ倒し得た。高位魔族程度、十把一絡げでしかありません」
「凄まじい、と言うべきですか……」
「そのおかげで例え惑星を破壊出来る実力者がいたとて、ソレらの存在すらも押し黙らざるを得なかった。七教会は神も魔も戦えば殺せたのです」
フィクシーが僅かに瞳を伏せる。
その亜人達や異種達の歴史は今や魔術師に降り掛かったに等しい。
だが、家は廃滅しても魔術師で無くなっても殺されるというのは余程の悪行を働いていなければない事だ。
種族ではなく“生業として”絶滅させられるのは恐らく有史以来初めての事に違いなかった。
「我々としては大陸の歴史や魔法使いには驚かされるばかりだ。MU人材と気取った名前を付けてみてもネットでは多くが魔術師、魔法使いと呼んでいます。貴方達の事をもっと理解せねばなりませんが……我々にはその実態がどういうものなのかを正確に実感として把握する術はまだ無いのかもしれません」
「時間が全てを解決します。魔術師が公的に認められて100年も経てば、分かる日が来るかと。諸般の問題の多くは既に大陸では克服されているものばかりですので。二の轍を踏まないよう我々もサポートと事前準備にはご協力します」
「有り難い。今後もどうぞよろしくお願いしたい。我々の関係が何れ世界の礎として語り継がれる日々が来る事を願って……いや、共にソレを作り出しましょう。我々の手で」
「はい」
握手をし終わった少女は頭を下げて部屋から退出していく。
残された男。
希望の星になった総理。
孫を失ってまだ傷など癒えてもいない男は胸元に掛けた最新式の小さなMHペンダントをスーツの上から握り締める。
「まだまだ……この正念場を乗り切らねば……」
世界が動き出す前の一休み。
その最中にも働く人々は数多く。
その歩みは止まる事は無かったのだった。
*
「……ベル。お前、近頃着せ替え人形だよな……」
「う、ぅぅ……スカートはダメって言ったのにぃ……」
少年は少女であった。
もっと端的に言えば、ウィッグとか付けられたり、下着から上着から何もかも乙女乙女しい桜色であった。
後、エヴァン先生のおかげで身体をヤバイ何かに埋め込んでてもスタイルとか体形は逆にちょっとほっそりしたくらいで殆ど変わっていない。
肌もフニフニだし、ちょっと刃物で切られたら、骨や筋肉の上で止まる程度の硬度とか強度があるだけだ。
実は近頃、筋肉量が物理的に減り過ぎて五体を動魔術で動かしているのは周囲の少女達には内緒だ。
魔力が無ければ非力この上ないと思われるだろうが、動魔術の他にも胸の中に無限機関を突っ込んで危ない武装そのものに運動エネルギーを供給出来るようになったので問題にはなっていない。
まぁ、取り敢えず美少女ぶりは前より上がったかもしれない。
文字通りの意味で改造されまくりの少年が筋肉そのものが減ってナヨッとした感じになったせいでジュルリと涎を垂らしそうな三姉妹+お手洗いから戻って来たフィクシーは目を爛々と煌めかせた。
ギュッと少年を後ろからやら横からやら抱き締めては幸せだなぁとベルさん成分を補給する様子は正しくハーレム。
「ルカ。お前、アレされたら耐えられるか?」
「ぅ……さすがに僕でもちょっと……」
カズマが隣のルカに訊ねるが、まぁだろうという回答が返ってくる。
「ささ、一緒にこれからお買い物です。ベルさん用の通常コスメを……」
「勘弁して下さい。何でもしますから(/ω\)」
「「「ん? 今何でもするって……」」」
三姉妹達が無慈悲に今度はコスメの売ってる場所へとズルズル少年を引きずっていく。
それをちょっと幸せそうに見ているフィクシーがゴソゴソとウィッグどころではない変装道具というか。
特殊メイクでも始めるのだろうかという魔術師用の儀礼用化粧品の入った大きなバッグを自動でやってきた黒翔に積んで少女達を追い掛けていく。
どうやら本日のナチュラルな女性にしか見えなくなるメイクはフィクシー・サンクレット副団長代行の手によるものらしい。
魔術師がよく女性や男性を越えて異性用の儀式術とかを行う際に必要な技術らしかった。
「それにしてもクローディオさん相手に暗殺者とか」
「ま、不幸な暗殺者だわな」
陰陽自衛隊組には外の出来事は伝えられている。
安治はその件で今日は急用が出来たと帰っていった。
クローディオはナンパにでも出たのだろうと誤魔化された。
ハルティーナが仕事なんだか、趣味なんだか分からない超大型マシンで南米に初の遠乗りというのは誰もが聞いていたが、実際にはそっちも生で見て見たかったと陰陽自組は後で九十九に映像でも貰う事にする。
「最後の大隊。僕らも気を付けないとね」
「ま、さすがにもう襲撃は無ぇだろうとは思うが……」
シュルティがテテテッと二人の背後から走り抜けて少女達を追っていく。
今まで外で全員分の香辛料マシマシのクレープを買っていたのだ。
本来ならば、陰陽自組で行こうかと言ったのだが、こういう事をしてみたかったというシュルティの頼みで任せられていた。
そして、近頃は少女達の趣味が移ったらしく。
少年のファッションショー(強制)をちょっと恥ずかし気ながらも目を離さずにチラ見する少女なのであった。
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