間章「お休みⅢ」


―――??日前、量産型痛滅者ロールアウト当日。


「騎士ベルディクト。此処にいたのか」


「あ、剛山さん。ディーンさんは一緒じゃないんですか?」


「あいつは納入したパーツの耐久限界を陰陽自研の方で試している最中だ」


「そうですか」


 富士樹海基地総合演習場。


 その横にある倉庫群の一つの中に今、完成したばかりの痛滅者がズラリと並んでいた。


 その半地下になっているハンガーを見下ろす位置にある管理事務所内部には陰陽自研の人員が数人詰めており、壁際のPCのボードを叩き続けている。


 痛滅者の機体チェック中なのだ。


「遂に完成したと聞いてな」


「ええ、皆さんに打って頂いた近接アタッチメント【化月かげつ】は全て組み込んであります」


「そう言えば、陰陽自研の方々に聞いたが、盾に全ての装備を一体化したとか」


「はい。今、データ取り用のがあるので別室でお見せしますね。こちらへ」


 少年に連れられて事務所の通路から少し地下に降った剛山が通された一室には痛滅者の翼にして盾でもあるソレが一つ鎮座していた。


「こいつに化月が内臓されてるのか……」

「はい。ついでに名前も決まりました」

「名前? 決まってなかったのか?」


「実は色々な名前で呼ばれてたので。今の武装の方式が決まった時に……総称は【総合混成魔導兵装キメラティック・アームド】。正式名称は多種類混成魔導兵装。マルチプル・ハイ・クラフト・ウェポン、あるいはカオティック・ユニットと呼ぶ人もいます」


「正式名称が幾つもあるのか?」


「いえ、実は陰陽自研内でも派閥というのがありまして。仲良くはしてるんですけど、譲れない部分は譲らない人達なので派閥内での呼び方だけは統合して貰いました」


「ああ、そういう……」


「結構、灰汁の強い人達ですから。どう呼ばれようとコレが凄い事には変わり在りませんし」


「で、実際どういう方式になったのか聞いても?」


「最終的にはアタッチメント方式の武装を一つの盾に格納。こちらで言うところの十徳ナイフとか。そういうものに近い構成となりました」


「何でも入った玩具箱というところかな?」


「ええ、その認識で間違いありません。グリップを其々の兵器が格納された盾に装着して使う方式もありましたが、そんな事しなくても最初から全部入ったものを一つずつ使い潰せばいいという結論になったので」


「まぁ、道理だな」


「名前の通り。武装に関する火器管制以外の全ての要素を詰め込みました。コレは単体で魔力電池であり、2000kgまでの重量を載せられる飛行ユニットであり、巨大な対軍防御用の魔力充盾、つまり巨大な盾であり、複数の万能性の高い重火器を詰め込んだ【万能小銃アドバンス・アサルト】と呼ばれる新種のフルビルド可能なアタッチメント方式の火力投射兵器であり、皆さんに打って貰った【化月】を内蔵した剣でもあります」


 少年がアームズに触れると魔力の転化光を纏って浮かび上がり、盾としての正面を剛山に向け、盾内部に幾何学模様が奔ると展開、複数の銃身を展開するマシンアームが露わになり、それが今度は再び元に戻ると盾の一部が分離して、薄紫色の片刃の太刀らしきものが銃身の群れの奥から迫出し、装甲から外れ、少年が持っていたグリップの先で透き通るような刀身を見せていた。


 今まで飛び出ていたグリップはトリガーこそ付いていたが、刀身の柄の部分となり、トリガーも僅かに傾斜して柄内部に押し込まれ、人差し指の位置を護りつつ、ボタンを押し込む場所に早変わりしている。


「このボタンは何に使うのかな?」


「魔力の供給及びリンクした他の重火器のトリガーを兼任します。その両者のスイッチングは脳裏でも出来ますが、魔力不使用時にはこちらを用います」


「成程。それにしても……ギミックが多いと強度が不安になるが……」


「はい。それは陰陽自研でも言われていましたが、高次の敵との攻防は基本的に質の問題です。例え、どれだけ固かろうが、攻撃の質が高ければ、防げないでしょう。この盾の役割は相手の本命の攻撃以外、防げる攻撃を全て防ぐ事なんです」


「つまり、敵から小規模な牽制攻撃の類を予防する、という事で合っているかね?」


「はい。それに自分達で壊せない盾は必要ありません。奪われたり、解析されたりすると面倒ですし、使い捨てる時に破壊出来ないと困った事になります」


「そういう技術は痛滅者よりも君達が使っている装甲に使う事になる、と」


「ええ、完璧なものが作れないのならば、不完全なものを安定して運用すればいいんです。敵が使えば、単なるガラクタ。我々が運用すれば、最強の盾にして矛。これが理想です」


「良く分かった。どうやら杞憂だったようだな」

「あはは……御懸念は分かりますから……」


「これを8対16翼。それが250機。自分でも思うが、かなり無茶をしたな」


「この短期間に4千本も打って頂いた事は感謝の念に堪えません。本当にありがとうございました」


「いや、新しい鍛造用の道具を次々に送ってくれているおかげで随分と生産性も向上した。ウチも陰陽自研や日本中の鍛冶師や冶金学者、若者達が参加し始めて賑やかになったからな。1人1日10本打てる環境だ。感謝するのはこちらの方だろう」


「そちらの研究は進んでいますか?」


 少年の問いに男が頷いて懐から小さな短刀の入った木製の鞘を抜き出す。


「今日はコレを届けに来た」


 コトリと元に戻された盾が置かれたテーブルの端にソレが置かれる。


「拝見します」


「魔力を発さないようにしてまずは観てくれるか?」


「はい」


 魔力を抑えた少年が手に取った柄を握り込み。


 そっと鞘から引き抜く。


 ―――少年が瞠目する。


 輝く刃紋。


 躍動するかのように熱量が籠った色合い。


 深淵を思わせる深い透き通った黒の最中に薄い桜吹雪


 を思わせる華の如き星の運河。


 その薄さは凡そ3mm程しかないだろうか。


 しかし、その刃の内部には確かに多重に織り込まれた日本刀の制作技能だけが可能とする無数の層が内在していた。


「間違いなく。これは魔剣と呼んでいい代物です。僕もお爺ちゃんのコレクションに幾らかそういうものを見た事がありますが、それよりも上だと断言出来ます」


「嬉しい事を言ってくれるな。苦労した甲斐はあったようだ」


「これが皆さんの回答ですか?」


「そうだ。完全に使い潰す事を前提とし、敵の空間を制御したり、歪めたりする防御を突破し、敵の魔力を吸い上げて防御に隙を作り、敵装甲を物理的に一刀両断する。君の無理難題を全て形にしたものがソレだ」


「刃の主要な材質はディミスリル化したチタン合金ですよね?」


「ああ、そうだ。術式型の突破方法を我々は選ばなかった。ソレは魔力を通す事で自身の刀身を中心にして重力軽減の場を生み出す。重力の軽減が即ち、空間の歪みの是正能力だ」


「この薄さで出来ますか?」


「いや、薄いからいいんだ。陰陽自研での試算だが、逆に刀身が厚過ぎると敵の防御を抜ける際の魔力消費が多過ぎると」


「なるほど……」


 少年がゆっくりと片刃の短刀を盾に近付けていく。


「魔力の排出もまた薄いからこそ極短時間になる。魔力を込めて能力を使うのも逆に相手の魔力を吸って防御を透過するのも瞬間的なものになるだろう。防御方陣に関しては事前に言った通り、術者の技量か威力のある技で割る必要があるがね」


「いえ、此処まで仕上げて下さって。それ以上は高望みでしょう」


 少年が剛山に言いながら陰陽自の正式採用装備にして最も重要な武装である盾に刃をゆっくりと接触させ、押し込む。


 キィンと冷たいを音を立てて折れるかと思われた刃だったが、その重厚な盾を前にしてスッと豆腐にでも刺さるかのように手応えもなく奥に沈んでいく。


「刃は全て歴戦の砥ぎ師の先生方に苦労して頂いて砥ぎ上げたものを更に陰陽自研から持ち込まれた物体をガスとレーザーで磨き上げるレンズ研磨用の装置を使わせて貰った。それで仕上げた刃の先を魔導機械術式で単分子化するまで削る作業に4日。切る瞬間まで刃先を護るコーティングも合わせると中々にして時間が掛かる。生産性だけで言えば、設備の問題から時間が必ず1週間掛かって3本というところか」


「鞘はどうやって作ったんですか? これ程の切れ味なのにちゃんと納まってましたけど」


「ああ、そちらは日本刀の鞘を造っている職人に何でも切れる刃を収める鞘が欲しいと言ったら、作ってくれてね。白木で造った鞘だそうだ。水分を含んで横から圧着する。陰陽自研側が量産する場合用にジェル充填タイプの鞘を開発してくれている途中だと」


「ああ、そう言えば、何か報告書にありました。この刃の鞘だったんですね……」


「ちなみに最も適した形が日本刀だった為にそうしたが諸刃も可能だ」


「どういう作り方をしたんですか?」


「刀を打つというよりは飴細工に近いかもしれん」


「飴細工?」


「魔力を急速に吸収して流し込む魔力伝導率の極めて高いディミスリル合金がまず必要とされた。同時に重力軽減合金も従来のものでは不可能だった為、新規のものを使わせて貰った」


「新規? あ、そう言えば……」


「そうだ。ディミスリル・クリスタル化する技術で強化された合金の試料があったんだが、更にそれに一手間掛けさせて貰った。具体的には重力軽減合金製の槌で重力下の新素材を薄く引き延ばしてウェハー状にしながら加熱して叩き延ばし、更に折り曲げながら3000回程同じ行程を繰り返した……」


「3000回もですか?」


「従来の日本刀の折り曲げて叩く作業は不純物の除去などが目的だが、ディミスリルの積層化作業は刀身の魔力伝導率の高さに直結する。魔力の流入路を分子レベルから造る作業だからだ。これを繰り返してコレ以上は出来ないだろうというのが3000回という数字だ。これが解るまで数日掛かった」


「だから、魔力の流入と吸収がスムーズなんですね」


「ああ、そうだ。だが、実際の戦闘ではこいつは脆過ぎるだろうことも分かった。構造が破断する限界の衝撃はそれなりに高いが、超高速機動中の攻撃が吹き荒れる中で使おうとするとすぐに破壊されてしまうだろう」


「解決策は?」


「これを中心にして更に刃を重ね形成する。これは通常の打ち方では不可能だ。陰陽自研側に皮膜化して衝撃で内部が割れないような武器にする事や自身で内部のコレを瞬間的に取り出して使える機能を依頼中だ」


「分かりました。でも、本当に凄いですよ。この切れ味は」


「自分で造った盾をバラバラにするのはどうかと思うが……」

 思わず剛山が盾をサクサクパーツに切って、更に内部の機構にも同じように切り裂けるか試している少年に苦笑する。


「そうなんですが、これが敵の手に渡った時の事も考えるのが僕の仕事ですから……」


「そうか。確かに君の立場ならば、そうだろうな」


「刃の使い手は攻撃を弾いたり、相殺するのにも刃を使いますから、破片で自身がケガをする可能性などもあります。こういう事を考えると使うのは詰めの段階。もしくは敵が最後の最後の最後に絶対の自信を持って防御して時間稼ぎしたり、逃げ遂せようとする時ですかね」


「必死致命の刃、か」


「はい。それいいですね。じゃあ、そう名付けましょう」


「いや、いいんだが、いいのかね? そんな安易で?」


「そういうのでいいんですよ。それにコレを使うのは確実に僕を含めて数人です。敵の命脈を断つ為の最後の一太刀……ありがたく使わせて貰います」


「ああ、確認が取れたから、今日から準備させてもらう。サイズと数は?」


「保管分も含めて出来る限り数はお願いします。最初のサイズは4つで野太刀、太刀、小太刀の大きさのものを2本ずつ、脇差を4本お願いします」


「心得た。陰陽自研に直接送るという事でいいかな?」


「はい」


「それにしても日本刀は彼らや彼女達が扱えるのかね?」


「それに付いては安治総隊長からレクチャーしてくれる人材がいるとかで。戦術的にはほぼ一瞬で使い終わる代物ですから、この国の技能であるイアイという剣術を習う事になりました」


「イアイ、居合か……確かにそれならば……アレは女子供でも使えるものだから、向いているだろうな。それで一つ相談があるんだが、いいだろうか?」


「何でしょうか?」


「日本刀に付いては前々にレクチャーしたが、日本政府から依頼を受けて優秀だったとされる古刀と呼ばれる古の刀を調べる事になったんだ。それの解析結果が思いの外、面白い事になっていて」


「面白い事?」


「どうやら粗悪な素材でも強度が高い理由が多種類の金属元素の混合による合金が知らぬ間に使われていたり、隕鉄……数万年単位で冷却されたような隕石が使われていたりと材質的に稀少なものが入っていたようだ」


「そうなんですか?」


「ああ、これを突き詰めていくと超純金属元素のディミスリル化後の資材を全て無重力合金化して術式で絶対零度まで一度冷やせば、かなりの硬度になるはずと若いのが言っていて……タングステンを主軸として鉄、チタンなどで今試している最中でね」


「強度を上げる? 刀のですか?」


「一応は試されている。が、強度を上げ過ぎると撓りが失われてしまうから難しいところだ。柔らかい事も良い刃物の要素の一つ。それでこういうものを考えてみたんだが、どうだろうか?」


「………固溶現象……固体結晶中に他の元素が入り込む状況でもこの金属なら腐食したり、水素脆化しない、と」


「そうだ。通常のディミスリル・クリスタルもかなりそういった耐性が高いのだが、我々が試作したものは完全にこの現象を遮断する。陰陽自ではスーツの皮膜塗料、何らかの侵食能力に対する切り札にする共同研究をしているが、我々はこれを用いてこういったものが出来ないかと考えている」


 少年が剛山が懐から出した紙を読み込んでフムフムと目を細める。


「面白いですね。確かにこれなら黙示録の四騎士相手にも有効かもしれません」


「これを前提として持って来た刃との複合品を試作している。ただ、道程は恐らく現状では月に一本が限界だ。だが、実現すれば……」


「分かりました。試作品を出来次第納入して下さい。今、丁度黙示録の四騎士以外にも戦わなきゃならない勢力が増えたので」


「聞き及んでいる。必ず仕上げてみせる。それでだが」

「分かってます。ディミスリル・クリスタルですね?」

「ああ、お願い出来るか?」

「はい。任せて下さい」


 彼らはバラバラになった盾を横にして頷き合う。


 こうして着々と進んでいく装備の開発は神すら殺す兵器へと近付いていく。


 だが、その能力の全てが事実として相手に向けられるという事には今のところなっていなかった。


 理由は単純無比だ。


 相手の能力が高過ぎて満足に戦えなかったから、だ。


 現在、神の封印の際に使えた武装は極僅か。


 それも超侵食環境下で稼働可能な代物のみであった。


 あの異相の奥底から出て来た海神の一部のみですら手に余った。


 彼らの武装の大半は侵食環境では満足に使えるものではなかった。


 それは無限者の武装の多くが使用不能だった事からも明らかだ。


 悠音、明日輝、ヒューリア、片世。


 この四人の専用武装において最後まで使われたのは片世の武装のみ。


 ヒューリアにしても専用能力こそ最大限に発揮されたが、それ以外の武装は大小使用不能であったし、緋祝姉妹は個人能力の極大化のみが使用可能であった。


 痛滅者は侵食低減環境下で前衛を務める事が出来たものの。


 近接戦闘以外は武装も殆ど使用出来ず。


 使用した刃物も使い捨てて何とか短時間の勝利を拾ったのみ。


「………剛山」

「ああ、分かっている。ようやくだ」


 戦闘データを繰り返し解析し、自分達の新装備の検証を終えた魔剣工房の二振りの剣。


 剛山とディーンは陰陽自研と共に共同開発した技術の確立が思っていたよりも早く仕上がった事に頷き合い。


 今はお休み中な少年の驚く顔を想像しながらガシッと握手した。

 彼らの前には一振りの刀。


 そして、琥珀色に輝く液体の入った円筒形のガラスにも見えるケースが一本。


 それは今のところ単なる輝く何かに過ぎなかったが、二人の男には今後来る未来の決戦において戦況を左右する力の一つであるとの確信があった。


 少年が如何に休もうと。

 その準備は多くの人々の手と共に進み続ける。


 明日、少年から入る驚きの声の一報を待ちながら、男達は弟子達と共に増え続ける痛滅者の刃を打つべく。


 炉のある部屋へと再び熱気に塗れながら入っていくのだった。


 *


 萌黄色の花やかな柄が蛍光灯の下で舞う。

 三姉妹の本日の戦利品。


 肩ひもな上に肩剥き出しのワンピースドレスタイプの大中小。


 全員がソレを着込んで一回り。


 少しスカートの裾を掴んでお辞儀すれば、街行く人々が姿を見てさえいれば、ハッとして目を奪われていただろう。


 パチパチと少年が似合うと無言で微笑み頷く。


「カズマ。ヒューリさん達ってカワイイよね」

「ま、だな。お前はカッコいいは目指さないのか?」


「ボク、結構ズボラだよ。私服、ジーンズにジャケットとTシャツとかだし」


「ははは、オレに至ってはジャージとかスラックスにワイシャツ、ジャージくらいだな。後はTシャツに短パンとか。正しく気を使わないスタイル」


「結構、ボクらって似た者同士なのかもね」

「ああ、そういやベルの私服って……」


「ベルさんの私服? ええ、買ってあります。さぁ、こっちですよ」


「え?」


 思わず固まった少年が逃げ出す前に三姉妹のブロックが発動。


 少年は逃げ場を失い。


 あーれーと試着部屋へとズルズル引きずられていった。


 ちなみに紳士服売り場との境界から背後に安治などは退避している為、若者達の事には我関せずを貫いている。


 着込んだのは何も少女達だけではない。

 秘書役二人。

 明神とミシェルも対照的だ。


 知的なタイトなスカートにピッチリとした青系のスーツを着込む明神は正しく私服でもカッチリしている。


 が、スカート丈が短い上にストッキングが微妙に艶めかしい。


 ミシェルは水色のロングなフレアスカートに同色で同じ生地のゆったりと胸元が開いた衣装。


「あ。大陸中央式なんですね?」


 顔を試着部屋から出した少年が懐かしい気持ちにちょっとなったのも束の間、すぐにまた少女達の手でズルズルと地獄の釜の中に引きずり込まれる。


「それはあちらの世界の?」

「騎士団の女性騎士の方に伺って」

「そうですか」

「はい……」


 女達の張り付けた笑みにカズマとルカは『女性って怖い……』という男性本能的な事実を感じ取り、ちょっと引け気味になるのだった。


 そんな少年少女達の休日の最中。


 男が服を独り身で買うなんぞ寂し過ぎるという建前の下。


 クローディオ・アンザラエルはブティックの前で時間を潰していた。


 彼にしてみれば、世の中の女性と名の付く人々の買い物に付き合うのは好きな女相手だけでいいと思っていたりする。


 仕事や必須な代物を買いに来たわけでもないのでのんびりと無い片腕を組むような仕草で壁に背中を預けて空でも見上げている姿は哀愁Maxだろう。


 本日は魔術を用いて義肢を顕現していたりもしない。


 ラフな後方満喫用スタイルである。

 ロングコートにガンベルトとワイシャツとジーンズ。


 まったく、ハードボイルドに見えるが当人にしてみれば、最低限の身だしなみと戦力というだけのものに過ぎない。


「ふぅ……」


 本日1人だったならば、ナンパの一つでもしたのかもしれないが、生憎と今日は少年少女に仕事仲間が一緒だ。


 ついでに認識阻害系の術式も掛っているので彼が誰かに声を掛ける事は無かった。


 だが、ふと気付けば……クローディオは自分以外の街の住人が消えている事を知覚していた。


『おや? この術式を見破る男がいるなんてねぇ。鋭いじゃないか』


「残党か?」


 女だろうか。

 何処か老成した雰囲気。

 全身赤尽くめ。


 平べったい傘のような帽子にまるで獣の腕をデフォルメしたかのようなゆったりとしたスーツらしき腕。


 衣服と一体になっている靴やら装具やらは水分を弾くのか。


 僅かに濡れ輝き。

 テラテラとしていた。

 ブーツ、籠手、帷子、装甲、銃、剣、弓。


 あらゆる装具や武具が一体となった衣服は戦闘用はまず間違いないが、魔術師染みて意匠も彫って有り、クローディオも知らぬ炎の神にでも訴え掛けるのだろう火と黒い鉄片の象形が帽子やら肩やらに金の縁取りで浮き上がっている。


「あの極潰し共を片付けてくれて実はお礼がしたくて君達の街にやってきたばかりなんだよ」


 女が顔を上げる。

 蒼褪めて白い肌。

 血は出ていないが、赤い唇。


 だが、何よりも瞳がクローディオには特徴的に思えた。


 白い大理石のような瞳孔。


 白目の部分に描き込まれた六芒星は女が術師としてかなり肉体を改造している事を教えていた。


「オイオイ。あいつらお前らの仲間じゃねぇのかよ」


「仲間? おかしな事を言うなぁ……アレは紅蓮の騎士。ああ、もう名前は教えていいんだっけ? エウリカの気まぐれさ。彼女、何かを育てるのが趣味だからさぁ」


 ユルユルと女が装甲に顎を隠したままクローディオの前まで歩いてくる。


曉光ぎょうこう騎士団の副団長が君達の1人でもいいから落とし前に頚城として連れて来いってうるさいんだよ」


 その足取りは何処か頼りなさげにも見えるが、一種の歩法である事が分かる。


 ゾッとする程に足取りには明確な意思が通っている。


「ああ、君。アレかぁ……見た事あるよ。砂漠の英雄殿」


「軍事畑の人間か?」


「フフ、運命とやらは信じない方だが、今日は信じて見てもいいかもしれないねぇ。まさか、砂漠の爆呪が敵だなんて」


「会った事あったっけ? 少なくともお前みてぇなヤベェのを忘れるわけないんだがな……」


「昔、革命闘士の連中に力を貸していた事があって。ほら、何て言ったっけ? 君の上司。あの中央諸国じゃギリギリなの」


「……アヴィシニク・クオル」


「ああ、そうだよ。悪魔のアヴィ。彼と戦った事があって。いやぁ、彼程に歪んだ正義ってのも珍しかったもんだから、ついつい話が弾んでそこで君の名が出たんだよ。周囲の取り巻きは皆殺しにしたんだけどさぁ。彼強過ぎて倒せなかったんだよねぇ」


「ッ、あいつの直掩部隊が全滅した時の相手か!?」


「ふふ、当時のガリオスにも暗闘はあったのさ。彼は片方で私はもう片方。君は彼の方だったってだけだ」


「今更、そんな話なんぞ聞きたくなかった」


「私は超越者して長い方なんだ。おばあちゃんさ。だから、色々と知ってたりもするわけだ」


「これから殺し合うオレに何か有用なプレゼントでもしてくれるってのか?」


「丸腰の君相手じゃね。あの怖い武器も持ってないんじゃ、勝率は高が知れてるよ?」


「チッ、これだから超越者ってヤツは……戦者として二流ばっかなんだよ。とっととぶっ殺せばいいだろうに……」


「ふふ、真面目な君みたいな奴もいるにはいるさ。ま、私は普通の二流だけど。今の君よりは強い、ね?」


 ヒュッと女の顔面に捩じ釘が一本撃ち込まれる。


「おー痛い痛い。コレが君の十八番か。まぁ、何もない戦場向けってところだね」


 女の手が伸びた。


 ガッと掴まれた左足が引き上げられ、まるで棍棒のようにクローディオの肉体が地面に叩き付けられる。


「ッ、クソ」


 今まで何とか時間稼ぎしていたクローディオが血を僅かに唇の端に滲ませながら、クレーターになった地面の底から脚一本で引き上げられて相手の目の前まで持って来られた。


「へぇ……案外頑丈なんだ」

「鍛えてるからな」


「面白い防御術だ。君、全身の筋肉で気圧を変化させてるね? 魔力も殆ど使わず衝撃を高気圧のクッションで相殺。他にも表皮で減圧して相手の攻撃の質を変えたりもしてるのかな? 筋肉で押し出した空気を表皮で断熱圧縮するレベルで加圧や深海から浅瀬に戻るくらいまで減圧……普通の筋肉が大きい的なんかとは比べ物にならない技術だよ」


「お褒めに預かり光栄だ。放せクソ野郎」


「私、女郎だけどね」


 2度。

 今度は目にも止まらぬ速さ。


 脚がもげる勢いでクローディオが地面に叩き付けられた。


「ッ」


「麻痺させて弱らせるなんて甘く見てると思われるかもしれないけど。案外、こっちの方がエグイかもしれないよ?」


「捕獲、だと……頚城にするのは死体でいいだろ―――」


 グシャリとクローディオの脚が握り締められ、半分程までに握り潰される。


「こっちも戦力不足でね。君みたいなのを真っ先に潰して頚城として取り込む事にしたんだ。死体にする前に色々と加工した方が性能も良いのさ。君達のせいだよ。激弱で可哀そうなあの団長を殺してくれて、団員達もお冠だ」


 潰された脚の筋肉が脚から飛び出し、血肉が噴出した周囲が染まる。


「葬送騎士団かッ、自慢の脚を潰されちゃ、少しムキになるぜ?」


 脂汗を浮かばせた男は獰猛に口角を吊り上げる。


「じゃあ、残りも潰しておこうかな」


「勘弁して貰おう」


 ヒュッと何かが女の掴んでいた右腕を通り過ぎ、両断し、同時に再生した瞬間に爆発した。


 その衝撃に血飛沫が周囲に血風として立ち込める。


 女の肘から肩に掛けて吹き飛んだ部位の断面からボタボタと血液と筋肉の残骸が落ちた。


「相当な魔剣を投擲の小技扱いかぁ。これでも再生は痛いんだよ」


「お互い様だ」


 解放されて片足で器用に立ったクローディオが腰の後ろからようやく引き抜き終わった小さなカッター程度の薄い刃を4枚、器用に魔術で造っている腕の指に挟んでいる。


 その様子を見てクツクツと笑いながら、女が破裂した断面をボコボコと煮立たせるように泡立てながら筋肉や骨までも再生させていく。


 だが、それと同様にクローディオも折れ曲がって酷い有様だった脚が内部に筋肉を引き込み、骨を繋ぎ、肌を再生させて、内部からの圧力でボコリと膨れて元に戻る。


「治癒術式を魔術具化するなんて、危険な事をするとはこっちも思わなかったよ。実際……まぁ、ウチの一部の連中はこれで遊んでるみたいだけど」


 クローディオが胸元のペンダント型の小さなMHペンダントを意識する。


 実際、超越者相手に片足の再生時間を貰っただけありがたかったが、相手が自分よりも現在上なのは紛う事無き事実だ。


「ウチの兵站係は優秀でな。敢て誰もやらなかった事をやる」


「それにその刃……魔剣クラスの切れ味を使い潰しの効くカミソリみたいに大量に保持させるとか。建物内で落としたら何が両断されるか分かったもんじゃないだろうに」


「ウチの兵站係がいつも言ってる事だ。量産して汎用性があって使い潰しの効くのが一番てな」


 クローディオが唯一現在女に対抗出来るカッターの刃を意識する。


 必死致命の刃。

 それを単なる投擲用にした代物だ。


 使い捨ての緊急時の攻撃方法として所望したのはこういう時の為。


 彼にとってどんな刃も本職の狙撃手としては投げる程度の代物にしか過ぎない。

 なら、嵩張らないお高い攻撃方法として非常時の手段にしたのは合理的であった。


「騎士団が現代式の兵隊みたいな事を言い出すわけか。はは、大陸中央諸国じゃよくある光景らしいけど、上手くいったってところは殆ど聞いた事無いね」


 女が再生した腕を振るとすぐに衣服が復元するように肩の根本から伸びて同じものとなる。


「だろうよ。んな事が可能な連中は殆ど騎師志望で七教会だ。わざわざ遺物染みた騎士団で改革なんぞしてる理由は無いからな。そもそもそんなのは現代式の常備軍の仕事だ」


「元軍人の君が言うと納得だ」


 嬉しそうに女が踏み込んだ。

 左ストレート。


 相手のどてっ腹に穴を開ける一撃はカミソリで受ければ相手の腕を両断しても穴が二つになるだけという実際困った代物だ。


 回避、魔術で形成している腕で器用に捌いて威力は動体に伝わる前に外部へと排出―――吹き飛ぶような威力が腕の真横に衝撃波として吹き抜けた。


 その威力の一部の運動エネルギーで横へと回避。


 すぐ傍の壁に脚を付いて、女の裏拳が自分を打ち砕くよりも早くクローディオの脚が上空へと駆け上がる。


 魔力で数十kgの物体を高速で飛ばす程度の芸当は術師であれば、誰でも出来る事だ。


「ほら、避けてみなよ」


 女の両腕が消えた。


 上空へと空気の塊が押し出され、並みの方陣なら砕く威力で連打される。


 避けられないのならば、と。


 クローディオが脚で同じように空気を押し出して迎撃ついでに下へ飛ばした反動で高く舞い上がっていく。


 靴の真下に迎撃し切れない空気砲がガンガン当たって顔が顰められた。


「靴も特別製。羨ましい話だ」

「生憎とウチの兵站係の準備は入念でな」


 クローディオの革靴は陰陽自研製の超純度のディミスリル製。


 内部は人体力学やらの科学と靴職人の腕が融合した世界で一つだけの一点もの。


 もしも、相手の攻撃を靴底で受けるような事があれば、次元や空間や概念を扱う系統の敵でなければ、戦闘中では両断不能に近いと太鼓判を押された代物だ。


 ゴムにさえディミスリルが混ぜ込まれており、走るだけならば軽快。


 攻撃を受けても余程の衝撃でなければ、受け止めるか蹴り飛ばせる。


 が、その一品からの衝撃が脚に来る程度には相手も手練れであった。


「ようやくか」


 今まで隙が無く取り出せなかった空間制御による武装一式の召喚が実行される。

 距離を詰めるには30mの地表と空では達人同士でも少し遠い。


 0.01秒程度の事だとしても、予備動作込みで少年が全員に渡している空間制御用のビーコンは即座にクローディオの手の中にアサルトライフルを呼び込む。


 トリガーを引いた刹那。

 初めて、真下の女の姿がブレた。


「ソレ早過ぎない?」


 その左腕が弾痕だらけで抉れていた。


 だが、撃ちっ放しにして30発近くが1秒せずに空になったというのに当たっているのは5発程度だ。


「オイオイ。コレ避けるのかよ……」


 フラットの小銃弾の弾速は現在秒速4km。

 即死させないよう抑えているとはいえ。


 それでも重症を負わせて確保可能かと踏んでいたクローディオの当ては外れた事になる。


 この至近距離と言える状況下で弾丸の旋回半径を軽く上回る機動でMVT機能を搭載した至近距離で威力を炸裂させる25発前後を避けたとなれば、敵は相当に熟練した超越者のツワモノという事であった。


「超越者が出て来た意味がコレだよ。少なくともフル装備じゃなければ、君達を暗殺する事は可能だよね?」


「だろうな。そして、再生もする、と」


「ああ……そして、再生はさせない仕掛けは仕込み済みなわけだ」


「そういうこった」


 女が未だに血を流しているスーツの下の弾痕に目を細める。


「毒じゃないのに止められたのは久しぶりだよ」


「対超越者用だ。ウチの支援システムは優秀でな。今、対抗空間制御戦が終了した。終わりだ……超越者」


―――【システムの通常通信領域下に復帰を確認。D装備転送準備完了】


「此処までか。ま、今回は大人しく帰る事にするよ。装備を整えた君には今の姿じゃ勝ち目も薄いだろうしね」


「無いと言わない強がりは受け取っておく」


「兵器と技術の質の差がモノを言う、か……ツマラナイな……醍醐味の消えた戦闘や戦争に何の意味があるんだか」


「意味はあるさ。戦闘狂……オレ達は善導騎士団。戦闘は手段であって目的じゃない」


「何時の時代も僕ら超越者に退屈は天敵なんだけどね……」


「なら、退屈に死んでいけ。引導を渡すのが機械の仕事になっても、オレは一向に構わん」


「夢も希望も無い話だ。まったく……獣に肩入れするのが彼の騎士団とは……最後に来たのが君達であるという意味……努々、忘れないようにするよ」


 女の姿が地表で消えた。

 そして、周囲の景色が瞬時に元に戻る。


『大丈夫ですか? クローディオさん』


 少年の声が男の耳に届いた。


「ん? ああ、お前は適当に休日を楽しんでるといい。こっちは片付いた。それにしても……普通に出られない結界を越えて通信届けるやら装備届けるやら、ウチのシステムやばくないか? 隔絶の強度だけでも随分だったと思うが……」


『え? ああ、でも、周辺のデポがかなり消耗したみたいです。空間制御による支配圏の陣取り合戦ですから、勝てるとは思ってたんですけど……案外、時間が掛かりました。あちらの術者の方はかなりの階梯ですね』


「……聞いておくが、どれくらい魔力消耗した?」


『シエラⅡの総魔力量2隻分くらいですかね』


「そのごり押しは聞かなかった事にしておく。とにかく、こっちは大丈夫だ。今から病院であのイケ好かねぇエヴァン先生とやらに掛かってくる。お前はヒューリ達とよろしくやっとけ」


『済みません。脚を……』


「別にいい。調子が悪けりゃ義肢にする。それとこの魔剣。随分と使い勝手がいいな。超越者の防御を全部抜いたぞ。見えなかったが、恐らく数十枚は張ってたはずの方陣防御を一撃……これ後2ダースくらい欲しいんだが」


『あ、それはしばらく無理だと思います。実はその数だけでも結構無茶して貰ってて……』


「ぁ~~そうなのか? ま、これだけの代物だ。だろうとは思うが……」


『それにあんまり相手に使って対抗策を練られても困ります。ただ、本気ではないとはいえ、クローディオさんの腕なら相手の防御を抜ける事は証明されました。正式な代物が10日後までにセブンオーダーズ全員分届く事になってるので楽しみにしてて下さい』


「了解……」


 クローディオがイソイソと人込みの戻り始めた世界に歩き出す。


 日は高く冬の空は澄み渡るも、肌寒さよりも都市の熱気が感じられる。


 戦う者達の暗闘はそうしてひっそりと始まっていく。


 追跡と解析を行うユニットが少年達の後方から気付かれぬように展開し、都市全域で警戒態勢に移行した各種の部署とシステムがフルレンジで女超越者を追っていく。


 やがて、成果は少年に報告されるだろう。


 暗殺を試みるようになった敵の姿はゆっくりとだが、明らかに成り始めていた。


 *


 魔族が隠密潜入し、凶悪な変異覚醒者をランチとしてにしたり、黙示録の四騎士の背後組織が動き出した頃。


 大西洋に一隻。


 米軍の艦船と思われるタンカーらしきものが浮かんでいた。


 周囲は何処まで見ても海。


 ついでにイギリスでの大海戦の終了後、大量の雨水が川から海へと流れ出した影響で腐乱死体やら腐乱海産物やらが漂っている。


 本日は曇り。


 だが、タンカーの目指した地平の先に島が見え始めていた。


 廃墟と一目で分かる程に黒く汚れた街のような建造物群が沿岸部では目立ち、未だ晴天が続いているはずの大西洋の中にあって周囲一面が雲に覆われている。


 そろそろ夕方か。


 雲間に覗く紅蓮の輝きだけが彼らに夜の到来を告げていた。


 揺られているのはこの数週間、失態に次ぐ失態をとにかく返上しようとしてきた大西洋各地域の基地を整備点検、ゾンビの排除まで行って来た部隊の一つだ。


 彼らがタンカーで港に入るとタンカー直下のブロックが開口。


 真下に小型の潜水艇が下ろされ、地下の水路内に侵入。


 数十m進んだどころで水路が閉鎖され、潜水艇の周囲も同様に隔壁が降りる。

 海水を抜かれてから更に地下へと降りていく。


 ようやく抜け出した場所は広大な空洞。


 海底火山の隆起で出来た島の直下に出来た巨大な大地の最中には今も数隻の原子力潜水艦が整備中の様子で眠っており、小型艇から出た男達は全身を白い防護服で蔽った部隊に検疫を受けた後、通路を共に歩いて装具を外す小部屋へと通される。


「ぁ~~終わった」


 消毒用のミストを被りながら男達がその通路の先で紫外線照射やらガンマ線やらで殺菌後、室内へと入室する。


「ご苦労だった。大佐」


「部隊に損耗はありません。全員の帰還をご報告致します。准将」


 四十代の黒人系アメリカ人。


 頬に大きな噛み傷らしきものを持つ精悍な米軍の佐官級。


 そんな男が一糸乱れぬ敬礼で男に向かい合う。


 ハンプティ・ダンプティ。


 卵の将軍。


 生身で出会う事は稀な公式には今も日本にいるはずの男がその場にはいた。

 CICらしき場所だった。


 通信設備と大型スクリーン。


 更にレーダーその他の観測機器と情報機器のデータが流れるコンソールがあちこちに置かれ、今も忙しくオペレーター達が各部隊をバックアップしている。


「長期任務ご苦労。だが、哀しいかな。今の我が軍は実務優先に成らざるを得ない現状だ。労ってやりたいところだが、報告を」


「了解です!!」


 男がメモリらしきものを近くのオペレーターに渡すとすぐにモニターに各地の基地のデータが表示された。


「復旧は可能そうだったかね?」


「技術的には可能と判断します。技術士官からの太鼓判です」


「技術的には、か」


「はい。資材の搬入が可能ならば、と」


「……あのカルト連中が造った生物のデータは?」


「丸々残っておりました。回収しており、データは共に」


「そうか。被害状況は?」


「基本的には自壊用の設備が全て破壊されておりました。また、備蓄分の食糧と食料確保用の個人携帯用の漁具、海洋遭難時のサバイバルキット一式が全てが持ち出されたようです」


「機材が残っているならばいい。今、情報を収集させているが、どうやらカルト連中の産物はガラート・モレンツ……あの男の下で北米のカリブ海を望む湾岸遅滞に国を建てたとの事だ」


「国、ですか?」

「ドローンの映像を」


 メインスクリーンに現在も拡大を続ける人口200万人程となったアルカディアンズ・テイカーの本拠地になっている港町とその周囲の状況が映し出される。


「これはッ!? これが全て?」


「背中に触手を持っているが、新人類の類だと報告を受けた。奴め……とうとう国まで作り始めた。今後、対応を協議せねばならんが、現状で出来る事は無い。基地の復旧を急がせる。生憎とイギリスの一戦で周辺海域から海獣類と神の欠片とやらに属する怪物は殆ど消え失せたと報告が入った」


「では、基地を復活させるのですか?」


「ああ、大西洋を再び人類の手に。ユーラシア遠征までに数は少なくとも稼働を開始する」


「了解致しました」


「それに先立って君達の部隊にはやって貰いたい事がある」


「はッ、何でしょうか?」


 准将が指を弾くとメインスクリーンの映像が切り替わる。


「コレは……ニューヨーク、ですか?」

「数日前の映像だ。ここをよく見てくれ」


 映像の一部が拡大される。


「国連本部のようですが、人影?」

「……詳細な解析を施したモノがコレだ」

「ゾンビ……ですが、頭を下げている?」

「視点を変えろ」


 その声に停止した映像が横にズラされる。


 すると、そこに映し出されたのは片方は薄汚れた襤褸にショットガンを片手にした精悍な顔つきの若者と背後に数人の武装したゲリラ風の男達。


 もう片方は鼻の高い何処かキツネを思わせる白衣の男だった。


「ニューヨークは未だ持ち堪えているという事ですが、待って下さい。ゾンビがどうして生きている様子のままに頭を垂れて……」


「白衣の男はロナルド・ナスタル。嘗てBFCの市長の片腕と言われていた男だ。そして、あの一件で共に存在の消滅が確認された」


「ッ、つまり蘇ったBFCがニューヨーク側と交渉していると?」


「ああ、そうだ。そして、片方のリーダー格の男の名前はジョセフ・シモンズ。旧ニューヨーク市長の息子だ。まぁ……親の威光があるとはいえ、今のリーダーとしてそれなりによくやっているようだ」


「准将。コレはどういう状況なのですか? ニューヨークに関しては我が軍でも友軍となる部隊が存在し、今も平穏を保っているという事以外は機密が多かったように思いますが……」


「君にも情報のアクセス権を与えよう。大佐……実はニューヨークはあの戦争以来、実はゾンビに襲われてはいないのだ」


「ゾンビに襲われていない?」


「いや、正確には襲われようがない、というのが正しいのだがな」


「一体、どういう事でしょうか?」


「あの絶望的な消耗戦の折り、実はニューヨークでの最後の抵抗時から……我々米軍は奇妙な状況に陥っているのだよ」


「奇妙な状況?」


「ニューヨークは言うまでもなく。我が国のワシントンやロサンゼルス、サンフランシスコ、等ととも並ぶ巨大な経済の中心地だった。だが、あの戦争末期……ゾンビ達に全てが飲まれるはずだった都市に奇妙な事が起こり始めた。ソレがコレだ」


 メインスクリーンの映像が切り替わる。


 ソレはゾンビが市街地で人間相手に戦う図、ではなく。


 ゾンビが人間の盾になってゾンビに襲われながらも武器を取って戦う姿だった。


「―――ゾンビが人間を護った?」


「いいや、彼らは人間だよ。意識もあれば、感情もある。頚城としての精度が高いのだ」


「どういう事ですか!?」


「彼らの嘗ての名前はBFC新装備教導隊。当時、BFCから各地の治安維持に出向していた最新鋭技術評価試験部隊の成れの果てだ」


「成れの果て……」


「彼らはBFCが消滅後、最後の最後まで残りながらもニューヨーク防衛線で命を落とした、はずだった。だが、生き返ったのだ。ゾンビ……あちらの世界で言う頚城という存在として。元々頚城だったが、その力が表面化したと言うのが正しいか」


「頚城……」


「BFCは彼らに施していたのだよ。ゾンビとなる生物への魂と脳内情報の保存介入コードを……そして、彼らは終にニューヨークを護り切った。その能力故に」


「能力?」


「一定領域内のゾンビを従える強力な支配圏を持っているのだ」


「ッ、つまりゾンビを操れるのですか?」


「ああ、だが、数人しかいない彼らの支配領域は全員を合わせてもニューヨークをギリギリ納められる程度……それも更に上位の頚城。つまり、黙示録の四騎士の直接管理下のゾンビや影響範囲内のゾンビには能力の効きが悪くなる。結果として彼らは都市防衛に専念し、今もニューヨークは野放図に放たれているゾンビ達からは平穏無事でいられるのだ」


「そんな事が……その能力を解析出来なかったのですか?」


「彼らはあの戦争で本土失陥を許容し、あらゆる戦力を引き上げた米軍を見限った。だが、支援物資は欲しかった。だから、取引をしてね」


「取引とは?」


「今後来るべき本土奪還及び人類生存圏の再奪取時までニューヨークの保持には力を貸すと」


「それは……」


「我々としては乗らざるを得なかったのだ。ニューヨークさえ保持出来ていれば、イギリス経由での奪還作戦は未来への布石として十分なものだと考えてな」


「そんな事が……」


「また、彼らの能力は海獣類には無力だった。通常戦力として超人くらいの力はあるとはいえ、それでも軍に彼らは敵わない。ニューヨークは護り切ったが、守備隊への武器と弾薬、車両や船舶への燃料、部品供与は必須」


「つまり、米軍との取引を行わざるを得なかった、と」


「ああ、そうだ。彼らは自分達の身柄以外の事で我々に貢献しようという事になった。我々としても独自にゾンビを操る研究は続けていた。だから、その協定は今も続いている」


「それで我々の次の任務はどのような?」

「先程の映像に戻せ」


 准将の言葉で再びBFCとニューヨーク側のリーダーの会合場面が映し出される。


「彼ら現ニューヨーク守備隊ポラリスを統括する全市長は2年以上前に病床で没した。だが、その指揮権を引き継いだ息子のジョセフ・シモンズはどうやらBFCを離脱した裏切り者をニューヨークに匿う気らしい」


「裏切り者? そうなのですか?」


「まだ、確定ではないがね。ロナルド・ナスタル。彼を大規模な追撃部隊。BFCの同型ゾンビ達が襲っているところを我が軍の情報網が確認している。ユーラシア中央付近の街での事だ」


「そんなところで……」


「それと同時に彼は黙示録の四騎士にも追われていた。紅蓮の騎士だ」


「つまり、両者から彼は追われていると?」


「ああ、生き延びたのは運が良かったとしか言えないな。わざわざ重要人物をBFCが敵である四騎士の近くに出すとは考えられない。もし、そういう状況があるとすれば……」


「逃げ出したこのナスタルという男が偶然。もしくは故意に四騎士の力を利用して逃げ切ろうと出て行った、と?」


「可能性としてはソレが高い」


「それがニューヨークまで移動したというのは俄かには信じ難い話ですが……」


「彼が米軍や人類とも違う第三勢力の一つとしてニューヨークを隠れ蓑に選んだというのは納得出来る理由だ。あそこは半ば治外法権だからな。だが、我々としては彼を是非とも確保したい」


「理由を伺っても?」


「……頚城と呼ばれる黙示録の四騎士達の鎧からゾンビを造る。いや、人間を生き返らせる手法を編み出した技術開発責任者はこの男だ」


「ッ」


「この男の頭の中には黙示録の四騎士を沈黙させ得る情報が詰まっている可能性が極めて高い。先程、運が良かったと言ったが……もしかしたら、と思うのが人情だろう?」


「つまり、この男は四騎士を倒す鍵に成り得る、と?」


「ああ、そうだ。君達にはこの男の確保をお願いしたい。正式な命令書は後になるが、やってくれるな?」


「ハッ!! お任せ下さい!! 准将!!」


「そう言ってくれると思っていた。期待している。彼は出来る限り、生きて捕獲して欲しいところだが、もし不可能ならば、死体でも構わん。ただ、その時でも頭部だけは死守して欲しい。無論、データが確保出来るのならば、それが一番だがな」


 そう、マーク・コーウェン准将は不敵に笑った。


 狂人共の裏切りや攻撃や陰謀の痛手から何としてでも立ち上がり、再び祖国を再興するべく。


 スキャンダルに塗れて尚、眠れる獅子はその爪を研ぎ続ける。


 大西洋の絶海の孤島。


 廃墟の下で次なる戦いの呼び水が沸き上がり始めていた。

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