第140話「神敵」
災害救助2日目。
全世界が知るところとなったアイルランド北部とイギリス中部の現状は驚愕と同時に人類が震えて眠るに十分な事実を突き付ける事となった。
イギリスの海底テーブルは全て破断していたが、辛うじて衛星通信は可能であった事から、日本とオーストラリア、ASEANは善導騎士団が通告した情報。
超質量の数百km単位の物体による純粋物理攻撃による北アイルランド消滅という報に震撼。
ただちに国連安全保障理事会の会議がネットワーク上で開かれ、何処の政府も善導騎士団と陰陽自にその類の敵を撃滅するスペシャリストとして協力を打診。
公的には遅まきながらも彼らが唯一ソレに対抗可能かもしれない戦力として期待される事となった。
海洋戦力の滅び掛けた世界においてアメリカ海軍と海自、ロイヤルネイビーが今は三枚看板だ。
その一つは先日の北海道の一件で未だに身動きが取れる状態ではなく。
アイルランド近辺のイギリス海軍の艦船は凡そ25000隻以上が行方不明。
要は巻き込まれて海の藻屑と消えた。
未だ、海流も安定しておらず。
北部の爆弾低気圧が航空機の運航を妨げており、その間を行き来出来る陰陽自衛隊と善導騎士団に全ては託された。
ゾンビの存在は確認されていなかったが、騎士団側から巨大物体の一部が更なる災厄を引き起こす可能性を示されたイギリス政府は対処を已む無く一任。
イギリス本土とアイルランドの間で情報通信が逸早く少年達が持ち込んだ大容量の量子通信機器によって復旧した事で話はとんとん拍子に進んだ。
4日後にはアイルランド内部の全生存者のシェルター収容が完了する旨が報告され、騎士団側は北部の封鎖と同時に調査の為の大規模な軍事行動の許可を打診。
こうして未曽有の死傷者を出した事件は未だ正確な犠牲者の数も分からぬ内から前倒し前倒しで諸々が進められる事となった。
避難者達は避難生活なのにまともな生活がある程度可能な状況を得られた事で混乱しているものの暴動や略奪のような犯罪とは無縁で大人しくしており、銃やナイフなどの武装解除にも渋々ながらも殆どの民間人が従った。
彼らには事実のみが告げられたのだ。
それはそうだろう。
銃弾やナイフではゾンビ一匹殺せないし、今の状況を生み出した何かに対抗も出来ない。
人を傷つけ脅す事以外に使えない武器を持って隔離されるのと普通に避難生活を送るのはどちらが良いだろうか?
こうして軍と警察の残存者達にシェルターのある現地の防衛と治安維持を任せた彼らは中部の状況が現地軍などに引き継げる状況になったと判断した後。
避難者のシェルター収容を九十九などに自動化して任せ。
無人となった北部手前の地域に少年を中心にした一隊は集結する事となっていた。
「ベルさん。ただいまです!!」
「姉さん。大丈夫でしたか?」
「お姉ちゃん。リスティに迷惑掛けなかった?」
「だ、大丈夫でしたし、迷惑も掛けませんでしたよ!!」
妹達の軽口に笑いながら未だ風の強く。
青空と曇り空の境から黒武の後方ハッチへとリスティアとヒューリが着陸し、格納される。
「うむ。心配せずとも良いぞ。溢れ過ぎる魔力を消費する丁度良い運動になった。というか、自前の魔力だけで痛滅者側の魔力電池が減るどころか過剰供給にパチパチ言っておるくらいじゃ」
リスティアがヒョイと手足を機体から引っこ抜いて、背部から抜け出し、床に着地する。
ヒューリは未だに身体を蔽う金の輪や羊の毛染みた髪などが慣れぬせいか。
モタモタしながらも妹達に手伝われつつ何とか抜け出し、CPブロックのソファーで座禅している少年の下に速足で駆けよった。
「ベルさん。騎士ヒューリア。ただいま戻りました」
「ご苦労様でした。二人とも救助が順調に終わって良かったですね」
「はい。最後には現地の人達も助けてくれて……沢山救う事が出来ました……」
その言葉には実感があった。
それは多くを救ったと同時に多くを救えなかったという自戒の言葉でもあるのかもしれない。
「無理しなくていいんですよ? 本当は色々あったヒューリさんを連れて来るのは今回どうしようか迷ってたんです……」
「ベルさん……」
少しだけ嬉しそうに少女は唇の端を緩める。
「本当に辛くなったら行って下さい。言えなかったら僕らがヒューリさんを強制的に休ませたりしなくちゃいけなくなりますから。ね?」
「……はい!!」
ニッコリ笑顔な少女と少年のやり取りにニヤニヤする姉妹と親戚であったが、すぐに少年が真面目な顔になってディスプレイの付いた端末を渡してくるのに従って気を引き締めた。
「まずは座って下さい。これからブリーフィングを始めます。もうフィー隊長と副団長とは詰めてあるので色々報告させてくれれば」
そうしてベルの下。
少女達は八木達が今もイギリス側との緊密な連携CPで行う傍ら、現状での北部の状況を知る事になっていた。
「今回の敵ですが、潜水艦の地下基地の事、覚えてますか? ヒューリさん」
「はい。あの時は色々と大変でした……」
「その時に閉じ込められていた敵が消えていた事がありましたよね?」
「え? あ、ああ、そう言えば、何故かいなくなってて困惑しましたよね」
「はい。あの時のデータと今回海になった場所に残ってる肉塊には類似する共通点があるんです。勿論、かなり違う部分もあるんですが……もしかしたら、あの時の個体の更に上位の存在なんかじゃないかと九十九や僕は判断したんです」
「戦わなかった相手の上位互換版て事ですか?」
「はい。あの時はハルティーナさんとヒューリさん。三人で何とかしようとしましたけど、今回はバックアップもありますし、状態としては万全ではありませんが、準備万端と言えるくらいではあります」
「ええと……そう言えば、ハルティーナさんは?」
「あ、そっちはですね」
少年がしばらくハルティーナに救助よりも先に任せていた案件の情報を端末に開示する。
「イギリスの魔術師の人達との交渉、ですか?」
「ええ、救助そのものは埋まってる人を助けるのが先決でしたが、ハルティーナさんの装備はそういうのに向きませんし、ロンドンの方にすぐ出向いてて貰ったんです」
「確かに最初からいなかった気が……」
「彼らは黙示録の四騎士を退ける事が可能なくらいには優秀との話は日本のMU団体の方達にも聞いてたんですが、その戦いで殆どの戦闘可能な人員を消耗してしまったらしくて。今は非戦闘員がほぼ全てを占めているとか」
「それであの大きなのと戦う前に戦力化を?」
「いえ、戦えない人達にそこまでは……ただ、イギリス本国が被害を受けた以上はもう彼らも黙っていられないでしょう。それでお仕事を依頼しました」
「お仕事?」
「【
「ああ、つまり、日本でやろうとしている事を同時進行で?」
「はい。今のままじゃ、もしもう一度同じ攻撃が行われたら、この国は全滅必至でしょう。かと言って戦力になる痛滅者に乗れる人員を1から育成しようとしたら数か月以上掛かります。なら、彼らに防御面に極振りして出来る支援をして貰えればと思ったんです」
「やってくれるでしょうか?」
「やらざるを得ないと承知している人々も一定以上いるそうです。感触としては数万人いる内の数千人が協力したいと名乗り出てくれているとか」
「じゃあ、安心ですね」
「今、ハルティーナさんが講習や転換後の大系を使う時の契約事項を説明しているはずです。日本では比較的簡単に受け入れて貰えましたが、基本的に人間に向けられない類のものですし、その制約はこちらからの許可がない限りは外れない永続的なものですから」
「じゃあ、これから数週間くらいは此処でシェルターやあっちの都市の要塞化なんかを?」
「はい。特に今現在すぐ相手を叩かなきゃならないわけじゃありません。反撃を警戒するに越した事はないんです。此処に来る時に攻撃を受けたみたいに何があるか分かりません」
「日本の諺には石橋を叩いて渡るというものがあるそうですよ」
「ええ、そういう事です。ロスやシスコでもそうでした。今の現状でゾンビが出ていないという事も気になります。あの肉塊の主が頚城と関係ないのかどうかも。解析にも現物を持って来ない限りは時間が掛かるでしょう。此処は我慢て事です」
「じゃあ、観測用の拠点は此処に?」
「地盤がまだ海水に侵食されてないギリギリの境界が此処ですから」
少年が端末に詳細な地図を出す。
それは信じられない程に巨大な爪痕であった。
仮にも世界が砕けたと言ってよいだろう暴威。
元々のアイルランド北部の地図と比べても北部の殆どが消えており、海水と岩盤の砕けた泥が地下数kmに渡って絡み合い、猫の爪で引っ掻いたような具合に陸地が細長く横に残っていた。
それも点々と途切れて、いつ崩れるのだろうという申し訳程度にしか過ぎない。
そんな場所の上に載っている肉塊が生み出す巨大な雲と青空の境目。
岩盤が崖のように削られた跡にほど近い地域は今も土砂と瓦礫と塩水が樹木の一つも生えていない荒野を生み出している。
「地図の上に更に肉塊の位置を表示します」
すると今度はその地形の上に赤黒い斑模様が幾つか浮かび上がる。
「結構、多いんですね……」
「はい。大きなものは目に見える数か所ですが、小さな破片は海中に残っていたりして……まぁ、それでも数十mから数百m規模のものが二十数個近いんですが……」
「それであの肉塊は危険なものなんですか?」
「はい。データにあるような重力や放射線を発しているだけじゃなくてコレを……」
少年が昨日の夜にドローンを幾つか使って実験した様子が映し出される。
数十m付近まで近付いた瞬間、船型のドローンが肉塊から飛び出した細い触手にくし刺しにされたり、真下から迫る触手に引きずり込まれながら砕かれた。
それを撮影していたドローンが海中で触手がドローンを捕食するように内部へと取り込む様子を観測していた。
「あ、危ないですね。思ってた以上に……」
「明かりには敏感に反応して自身から400m圏内に光源があると触手で襲ってきます。更に熱源や臭いなんかも感知している様子でちょっとお魚さんに犠牲になって貰ったら……」
少年が導線で周辺海域から魚を数百匹程肉塊付近の土砂混じりの海に入れ込むと。
すぐに周囲が魚の血で染まった。
「魔力反応は推定でシエラ・ファウスト号4隻分。ですが、貯蔵魔力は推計でその数倍から数百倍は見積もって良いと九十九が予測しました」
「―――本体なら?」
「数万倍から数十万倍……もしかしたら数千万倍から億に届くかも? くらいの予測になりました」
「でたらめですね。それって殆ど……」
「主神クラスです。何らかの邪神や海神のようなものかもしれません」
「勝てますか?」
「魔力比べなら時間さえ掛ければ……制御リソースだけで今ある九十九や百式が数千台必要になりますが……」
「……つまり、これからベルさんはよく分からないけど蛸の邪神っぽいものと戦う為にこの国を要塞にして、ここにある戦力を整えて戦いに挑む、と」
「はい。日本側からの増援は然るべき時期に受け入れる事になるでしょうが、あちらも大変な事は何も変わってません……そもそも赤鳴村の高位魔族が使ったような使い魔……まぁ、神格クラスのソレと同等かそれ以上の敵との戦いです。無事で済ますなら後は努力と準備しかありません」
「……ふふ、騎士って大変な職業だったんですね……御姫様をやってる時には気が付きませんでした……」
もはや呆れるよりも笑みが出る。
そういう状況であった。
でも、その状況を前に少女の瞳には諦めの一つも無く。
「あはは、そうかもしれません。でも、此処で僕ら日本に帰れもしませんし」
二人が心底に苦笑する様子に妹達は「ああ、何か良いなぁ」とちょっと羨ましそうな顔になる。
リスティアも困った笑みで付き合ってやるかと息を吐いた。
「僕は皆さんを死なせる気なんてありません。ですから、真面目に努力して、真面目に準備して、真面目に多くの人々が戦えて護れるようにしましょう。矛先は僕ら。後ろでは大勢の人達がバックアップしてくれてます。例え、神様だろうと勝ちましょう。生きて家に帰るんです」
全員が頷く。
動き出したイギリス要塞化計画。
新たなる敵。
世界を終焉させる何かを前にしても、彼らの歩みは止まらない。
それは風車に立ち向かう男よりも気高いか。
あるいは神の怒りに触れる愚行か。
何れにしても……彼らが人類最大の危難を前にしての矛の切っ先であった。
*
騎士団と陰陽自が本格的に目標を定めて動き出した頃。
ロンドン市街は阿鼻叫喚の地獄絵図……にはなっていなかった。
暴動の火種は事前に鎮圧されていたし、略奪は=で軍からの発砲による死だ。
政府も食料供給を一時的に備蓄を開放する事で安定させると声明を発表してもいたので今のところ喰えずに暴れる者はいなかった。
落下物の被害で数百人が死傷していたが、それとて中部の比ではなかった為、殆ど現状維持の為に静かに葬儀をしてくれ、くらいの話だけが為されていた。
イギリス政府は正午には善導騎士団と陰陽自との正式な事態集束に向けた協力を発表するだろうとネットニュースの一部にはもう政府筋からのリークがあり、それを裏付ける証言も取れていた為、多くの人々は見守る事になった。
まぁ、それでもゾンビへの恐怖から人出は10分の1以下と疎らだ。
物流系の企業が何とかイギリス各地に降った土砂で道路が寸断されてすら、あらゆるルートで物資を届けていた事で各地は物不足に悩む事も無かったが、それは一時的な事であり、ダブリンやアイルランド北部全域、中部の東海岸沿いの消滅という事実を前にして人々が恐慌状態である事は変わらなかった。
ただ、通信インフラが少年達が持ち込んだ機器ですぐに復旧した事から、多くの人々が今も自分の隣人や家族の安否を確認しようと職場や関係先に連絡を殺到させていた。
これが対処に追われる企業を停滞させる程に困らせてはいたかもしれない。
イギリス政府は公式声明で明け方には北部の消滅に伴う在住者の死亡を発表。
不要不急の連絡は控え。
政府と両組織による生存者名簿の発表を待って調べるようにと呼び掛けた。
こうしてカフェやパブが開店休業状態になる中。
少し油で窓枠がギト付いたフィッシュ&チップスを売る店舗の小さなせせこましいテーブルにハルティーナは座っていた。
「……」
「……」
ちょっと、油の染みが至るところにある落書きを乱雑に消した跡の壁を横に目の前には少女が一人座っている。
どうしてこんな事になったのだろうと彼女は考えたが、考えるのは自分の仕事ではないと割り切りが良いせいで回想も止めた。
要は一番偉い人と交渉したら、それなりに好感触で明日までに人を集める約束まで貰った。
が、その後にちょっと会って欲しい人がいると言われて会っているのだ。
ちなみに何でこんな場所にいるのかと言えば、魔術師達の業界も大混乱中で人出が足りないので朝食と昼食を出そうとすると時間が掛かってしまうので外で食べて来た方が良いと言われたからだ。
こうして彼女は見知らぬ灰金の髪の少女と二人。
外側からは史跡にしか見えない中世の尖塔の扉から出て、予め呼ばれていたタクシーに乗り、適当に今食事が出来る店という注文をして、ロンドンの隅っこにある油でギト付いた店の端で山盛りのファストフードを前にして見つめ合っているのであった。
「あ、美味しいですね。香辛料が掛かっててカリカリで……」
取り敢えず一口。
指ではなく。
フォークで突き刺したポテトとタラを頬張ったハルティーナの直な感想であった。
いつも緋祝邸で明日輝などが作ってくれる料理はとても美味しいのだが、栄養面も見た目も味も考えられている故に量とかジャンクフード的なノリには程遠いのだ。
雑な料理が恋しいという程に好きなわけでもないのだが、ハルティーナは基本的に大陸の実家暮らしの頃も運動系な部活に入っていた為、部活帰りなどにはよくファストフードを食べていた。
部活の仲間達の食事は格別であった事は間違いない。
「……善導騎士団の方、ですよね?」
「はい」
言う間でもない。
ハルティーナの恰好は今も魔術で誤魔化されたりはしていない【
此処にいるのが少年やヒューリ、姉妹達ならある程度の不可視化の結界やら見た目を変える魔術やら認識を阻害する術でも使うのだろうが、ハルティーナは生憎とそういうのは嗜みが無かった。
ちなみに彼女の鎧は特注品であり、両腕、両脚が前々から使っていたように太い代物だ。
それ故にフィッシュ&チップスをフォークで口に運ぶ姿はちょっとユーモラスかもしれない。
微妙に食べ難そう、という意味で。
「ご注文の揚げパンとソーセージとコーラね」
油で揚げた細長いパンにソーセージがギトギトした見た目で2人分出て来た。
コーラは瓶で出て来たのだが、ちゃんと冷えている様子だ。
欠伸をしたエプロン姿の女性店員が店舗の奥へと下がっていく。
ゾンビが出てからこっち……オカシなのが増えたし、そんなのに構って命を落とすなんてザラにある事である。
無関心こそが最大の防衛とばかりに飲食業界にはスルースキルを強化する店員のマニュアルが普及して久しい。
まぁ、この缶詰食全盛の時代にちゃんと乾パン以外に肉や生の食材を揚げた代物が出て来るだけ上等であろう。
ちなみに食事代は前払いで彼女に飲食代を渡したのは塔の偉い人であった。
これが日本円で2万8千円前後だと言うのだから、如何に今の時代が食糧難であるかが伺えるが、そんな事を露程も実感していないハルティーナは普通に食事し始める。
「そ、その!!」
「はい。何でしょうか?」
ゴクリとコーラを一口したハルティーナが目の前の自分よりも年上そうなカワイイと表現して良い女の子を見やる。
その衣装は洗練されており、紅のワンピースであった。
ヒラヒラとしたスカートがカワイイ。
花柄の緑色の刺繍がカワイイ。
ストールが一枚掛かった少女もカワイイ。
周囲に見目麗しい系の少女しかいないハルティーナのカワイイ基準はかなり高いのだが、その基準でもカワイイと言えるのだから、相当にカワイイのは間違いないだろう。
笑顔を浮かべていれば、溌剌としていそうな天真爛漫な女の子。
それが目の前のまだ名前も聞いていない少女へのハルティーナの第一印象であった。
小麦色の肌、額の中央にある魔術方陣なども相まって大陸ならば、良家のお嬢様とも見える。
「ぜ、善導騎士団はアイルランドで活動していると聞きました!!」
「はい。その通りです」
「ご、ご一緒に活動する許可が欲しいんです!!」
「許可?」
「私には……荒れた海を越える術がありません。でも、私の家……家は……アイルランド北部……消えてしまった場所にあったんです」
「それは現地協力者になりたいという事ですか?」
「そ、そうです!!」
「では、今日中に塔の方が人を集めると言っていたのでそちらの方に行って手続きを行って下さい。我々が活動するに当たって、各種の情報の提供と協力者を募っていますから」
「そ、それは知ってます!! 塔の方に教えて貰いました……」
「では、どうして私に?」
「……あの事件の直前。私はお姉ちゃ……姉と共に現地にいました。でも、姉は私をロンドンに飛ばして……私だけを救って北部に残りました」
「姉君も魔術師だったのですか?」
「はい。姉は……数年前の黙示録の四騎士への抵抗作戦に従事し、生き残った最後の一人でした。その作戦でほぼ全ての戦える術師の方達が亡くなった……そこには父や祖父の姿もありました。そして、姉はその後ずっと戦える最後の人員としてイギリス政府からの依頼で海獣類との戦いの最前線に立っていたと」
「………」
「私達の一族は特殊な魔術を使う血統で【
「ざ・ぶらっく? 黒?」
「はい。コレです」
少女がそっと何処からか黒いメタリックな箱を取り出す。
瞬間的にハルティーナは驚いた。
理由は単純だ。
箱は何もない空間から空間制御で取り出されたからだ。
通常、この手の魔術をタイムラグ無しに使用するのは熟練の空間制御魔術を行う大系の術者や空間系の超常の力を持つ者に限られるというのが常識だ。
「【
「………」
「必ずお役に立てるはずです!! 化け物が―――北部を破壊したと聞きました!! その化け物と騎士団は戦いますよね!? その戦闘に私を!! 私を参加させて頂けないでしょうか!!!」
少女が頭を下げる。
ハルティーナがいつの間にかソーセージとフィッシュ&チップスを半分以上平らげた様子でフォークを置いた。
「まずは食事をしましょう」
「え?」
「騎士の心得です。人一倍身体を使う仕事です。何事も腹が満ちていなければ、上手い考えも浮かばない。父や祖父はそう言っていました。食べられる内に食べるのは戦場での鉄則だと」
「……は、はい!!」
少女はそれが何かの試験か何かだと言わんばかりにフォークを取って、急いで自分を食べ始めた。
「食べながらで構いません。聞いて下されば……まず、これからの数週間、再びの敵からの侵攻や攻撃が無い限り、騎士団は戦闘を行うような事はほぼ在り得ません」
「ど、どうしてですか!?」
「食べながらで」
「は、はい……」
言われるままに何とか黙々とは言い難い様子で少女は大振りのソーセージを齧る。
本当はあまり好きではない。
油でギトギトの料理なんて。
ふわりと薫る香辛料が薫るスープや香ばしい麺麭の方が彼女の好みだ。
だが、表情の読めない自分より年下の少女が自分が活動していく上でのキーパーソンであると理解するからこそ。
少女は喉を通りそうにない料理を無理やり噛砕き。
親の仇の如く喉の奥にコーラで流し込んでいく。
「ぅ……ふぅ……」
「我々騎士団の仕事は化け物の退治ではないからです。そして、これからの数週間は恐らく救助や復興に全力を傾けねばなりません。巨大な敵を前にして時間があるのに折れた剣で立ち向かうのは愚行です」
「……じゃあ、その数週間後なら戦う事になるんですか?」
「分かりません。どのような方策を取るのか私には未だ知らされてません。ですが、これだけは言えます。今、騎士団の先頭に立って現場で戦っている方は……今の貴女のような危うい方を戦場に出す事はないでしょう」
「―――危うい?」
「無理も無茶も結構。我々の傍に必要なのはどんな時も人々に笑顔を提示出来る方という事です」
「無理や無茶なんて!?」
「していませんか?」
「それ……は……」
思わず少女が瞳を伏せる。
その素直さをハルティーナは好ましく思う。
「敢て聞きます。例えば、貴方の姉君を殺した化け物を前にして、護る人が背後にいなくても、貴女が帰らねば困る人がいたとして……貴女はその化け物の前から撤退出来ますか?」
「困る、人?」
「貴女が騎士団で働いて、貴女の代わりが幾らでもいるとすれば、貴女はそもそも戦場の最前線なんかに投入されません。でも、逆に戦場に投入されるくらいに技能を持った方ならば、逆に後方で替えの利かない仕事を任されるでしょう。その時……後方の人々の為に貴女は敵を前にしても冷静に後方へ退く事が出来ますか?」
「それは……私……私は……」
「その感情を否定する気はありません。その理由も原因も……でも、仕事は仕事です。それを為さずに誰も貴女を認めないし、戦場に向かえるような人材とも思われない。貴女は敵を前にしても貴女が死ねば困る人々の為に後ろへ下がれる人ですか?」
「――――――」
完全に少女は自分は頭に血が上っていたのだと理解した。
「我々に協力するという事は我々の基準とやり方を学び、それを是とする事です。もし、貴女が他者の為に……いえ、自分の為に我々を利用しようとするなら、我々にも利用されるという事を覚悟して下さい。貴女が敵にトドメを刺せないかもしれない。貴女が見えない場所で敵が討伐されるかもしれない。敵を討伐する前に……」
トッと指先が少女の胸元を優しく突く。
「貴女は誰かを護って、仕事を全うして死ぬとしても、戦い続けられますか?」
「………………」
少女を前にしてハルティーナが食事を再開する。
「私は死ねます。私を救ってくれた方が必ず私の無念を果たし、後方の人々を護り、私の為に悲しんでくれると知っているから……」
顔を上げた少女は目の前にあるハルティーナの澄んだ優し気な瞳にハッとした。
自分よりも確実に幼い少女だった。
自分よりも確実に強い少女だった。
しかし、その笑みはきっとただ信じてるから出来るものだった。
それは哀しくも気高くも穏やかな
普通の子供ならばしてはいけない顔。
けれど、確かに自分を真っすぐに……姉と同じように見てくれていると彼女には解った。
「私、焦ってたんだ……名前……お名前を聞かせてくれますか?」
「フェイルハルティーナ。皆さんはハルティーナと呼びます」
「ハルティーナ、さん……私はシュルティ。シュルティ・スパルナです」
少女は、シュルティはそう己を落ち着け、ようやく……本当にようやく笑みを浮かべて自己紹介した。
「はい。シュルティさん。では、私と一緒に来て下さい。今日の仕事が終わったら、アイルランドへの帰還があるかどうか聞いてみます。それから少し時間が掛かるかもしれませんが、私の上司……責任者の方に会って頂きます。そこで自分の力を教えてあげて下さい。きっと、喜ばれると思いますので」
「え……その……」
「この世界に来てから学んだ事があります」
戸惑う様子になるシュルティにハルティーナは最後のフィッシュ&チップスを平らげて、平然した顔で立ち上がった。
「さよならを言うのは一瞬です。でも、一緒に行こうと言えば、可能性が開ける。それがきっと世界を救うんだと、私の尊敬する人が私に教えてくれました」
シュルティに手が差し出される。
「ぁ……は、はい!!」
魔法のようにもうテーブルの上に料理は無くなっていた。
少女達の手が繋がれる。
そこに1人また騎士団の協力者が生まれ。
しかし、外に出た二人には問題が一つ。
タクシーがいない。
だが、まぁ良いかと。
ハルティーナはシュルティをお姫様抱っこすると恥ずかしがる彼女をそのままに空へと跳び上がり、尖塔のある地域まで短いランデブーと洒落込む。
「覚えておいてください。隊伍を組む者ある限り、騎士は無敵でこそないかもしれませんが、命ある限り立ち上がれる……これを私達はこう呼びます」
近頃、少年をそうやって連れていて目覚めた少女は華奢な年上の少女の感触を楽しみつつ、愉し気に風を受けながら慌てる声を心地良いBGMにしたのだった。
「さすベル。あるいはすごベル、と」
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