間章「とある平和のカルネアデス」


―――公安調査庁特異対策総務課一室。


 近年、日本には怪異が出るようになった。


 近年と言うのは超技術集団が日本に上陸を果たしてから、という事になるだろうが、それは言わないお約束。


 取り敢えず、人手不足になる程に死人が出た行政省庁の再編で色々な東京に集まっていた組織が横の壁を殴り壊して一元化された。


 嘗てなら2つの庁がしていた仕事を1つの庁がするというのも当たり前の昨今。


 超絶ブラックな行政関係で最も過労死枠と呼ばれるのが公安調査庁だ。


 特異という言葉そのものである善導騎士団のテコ入れで大量に外務省の荒事系の部署や警察、自衛隊に出回るようになった装備一式。


 それを使って諜報活動を行う怪異専門の部署が出来たのは当然だろう。


 警察庁、警視庁、陸自の諜報活動を行う諸々の部隊と陰陽自からの出向者等々が行き交う霞が関の新築庁舎は3階建てだが、上は全てダミーで本当の施設は全て地下埋設式だ。


 善導騎士団に間借りしていた庁舎はようやく次は魔族に襲われても大丈夫、という設計が陰陽自研で出来たのでベルズ・ブリッジの完成後に続けて数十棟、日本政府に無料で善導騎士団が建築し、下げ渡した。


 今や霞が関はカラフルな低いビルが立ち並ぶ区画となり、外見こそ変わったが、その殆どの業務が地下施設へと潜っていて、人気がない。


 理由は単純。


 彼らが外に出て来ないのは連絡通路が地下で蟻の巣のように張り巡らされており、何処の省庁にも徒歩か地下移動用の車両を使えば、数分で済むからだ。


 彼らが間借りしていた東京本部の区画は次々に集まってくる隷下部隊が使用している為、開きっ放しという事もなく再利用されている。


 隷下部隊連中からすれば、いつの間にか仲良くなった省庁のお役人さんが出てったという感想になるだろう。


 まぁ、本部には未だに各省庁の窓口が纏められた区画が置かれており、緻密な連携は崩れていない。


 それはさておき。


 公安調査庁特異対策総務課は簡単に言えば、怪異覚醒者、魔族、意志あるゾンビなどの危険な存在の追跡調査とリストアップを行う部署だ。


 北海道北部に外局を既に置いており、魔力を用いる集団の発生や監視、観測も行っている。


『対魔騎師隊の神谷さんがお越しになられました。室長』


『ああ、神谷君。生身で会うのは久しぶりだな』

『お久しぶりです。永田さん』


『さ、掛けてくれ。此処のソファーは自前だから、粗末だがね』


『そう自虐しなくても』


『こんな立派な部署を貰っておいて何だが、機能は持て余し気味だよ。人員は新人を大量に雇い入れてる最中だが、使い物になるまでまだ掛かる』


『あ、それは何となく分かります。ウチもそうですから。というか、公務員試験がこの短期間に4度とか普通では考えられないですよね』


『お互い中々難儀しているようだな』


『ええ、ですが、此処までの機能が無ければ、我々はもはや国家を脅かす存在に対抗出来ないというのも本当のところでしょう』


『そうかもしれん』


 地下でもビルの外が投影されて見える室内。


 神谷1尉。


 近頃、昇進して3佐になれ、なって下さい、お願いします、幹部足りないんです(土下座)とか、上層部に言われ始めた対魔騎師隊所属の男は自分と同じ大学の1期上の先輩だった男を前にしてソファーに腰掛けた。


『さて、積もる話もありはするのだが……本題に入ってもいいかな?』


『勿論です。こちらからも資料はお持ちしました』

『助かる。では、さっそくで悪いが、聞いておきたい』


『ええ、どうぞ』


『陰陽自衛隊と善導騎士団でのある人物のリストはあるかね?』


『危険な兆候は今のところ見受けられません。ただ、急激な技術の進展で陰陽自研の重要度が跳ね上がっています。殆どブラック・ボックス化してますが、聞こえて来る情報や下げ渡された情報から察するにSFも真っ青ですよ。これどうぞ』


 神谷が内部資料の一部を黒塗りしたものを渡した。


『………ふぅ、何かこの間メールで貰ったよりも悪化してないか?』


『悪化と呼ぶのならば、そうかもしれません』

『何か、宇宙開発とか文字が見えるんだが……』

『ええ、宇宙開発するそうですから……』


『他にもASEAN、オーストラリア、英国からのコンタクトで各国への大規模要塞都市開発計画とか見えるのだが……』


『はい。ユーラシアへの遠征後にやるそうですよ』

『彼らが来てからもう10年は経った気がするな……』


『まだ半年にもなってないはずなんですがね。同意はします』


 神谷の前にいるオールバックに白いものが混じり始めた少し中年太りの男は眼鏡を外して、額を揉み解す。


『内調に上げる報告書の数がエライ事になってるんだが、まだ積み上がるのか……精査して専門家に分析を依頼してるが、それですら殆ど何がどうなっているのか分からんという結論なのになぁ……』


『言葉通りの事と理解すれば、楽になりますよ?』


『そうもいかんのが我々の仕事だ。裏が無いかと疑わねば、人間生きていけない生き物だからな』


『まぁ、明らかに国内での諜報活動をしているのは先日お話しした通り、決済をやっている副団長の秘書役の騎士達ですね。日本国内の読心能力者は全て押さえられました。我々では彼らの扱いに困るとはいえ、それでもあちらが絶対のアドバンテージを握った事は確かでしょう』


『技術、報道、軍事、政治、経済、これで全ての分野を一部以上握られたな』


『それから遊興も追加しといて下さい。彼らの弱点は人員の少なさでしたが、それも隷下部隊の肥大化とロス、シスコへの移民で解決しつつあります。今現在の速度から言えば、1年を待たずして2万人以上の見習い騎士があちら側として登用されるでしょう』


『優秀な新規のMU人材は全てあちらの総取りか』


『従来のMU人材集団と繋がりのある者も多いですが、それ以上に新規MU人材の発生率が爆発的に上がってます』


『確かに……』


『彼らを取り巻く環境も悪化しました。日本国内でMU人材への排斥活動も徐々に活発化しています。これによって騎士団への流入は加速。日本国籍の離脱者も増えてます』


『ユーラシア遠征の予備調査。君も行くそうだが、それまでに国内の地盤を固める気だな。あちらは……』


『まぁ、そのつもりでしょう。副団長はあくまで表に出て来ず、内部統制と綱紀粛正に努めるようです。副団長代行の作ったコネを用いて、独自の社会基盤を作っている兆しがあります。実際、政府の評判はガタ落ちですからね。北海道北部も実体としては二重行政に近いものがありますし』


『戦前のオーストリアかドイツみたいな事になってるのかもな』


『生憎と世界史はちょっと……』


『まぁ、今は構わんという事さ。問題は彼らをチェックする態勢が無い事だ。それではどれだけの善政を敷こうが民主国家ではシステム的な信用に値しない』


『それは分かりますが、今は見守る以外出来る事は……』


『分かっている。だが、その地盤固めは必要だ。彼らに最も詳しい部署としての地位を確立出来れば、彼らが今後も日本で活動していくとしても、我々は無暗に敵対する事なく。友好的な関係を築けるだろうしな』


『御尤も……』


『で、だ。彼らに付いては今後も継続して観察していく事で相違ないと思うが……ちょっと、気になる件がある』


『別件ですか?』


 神谷の言葉に永田が頷く。


『厚労省OBがこの数日、続け様に失踪している。これを……』


『ええと、十年以上前に見た事のある顔ぶれですね。確か……』


 渡された人物の顔写真に思い出そうとする神谷へ永田が続ける。


『戦線都市由来の社会管理システムを用いて、日本の永続を図る』


『ああ!! 大日本改造論でしたっけ? 確か永田町にも信者が多かったんですよね? 厚労族の大物が何人も当時はテレビで盛んに宣伝してましたよね。いつの間にか聞かなくなりましたけど』


『理由は無論のように戦線都市の消滅だ。で……その件を動かしていたOBが次々に消えてる。警察官僚にこっそりと探して欲しいという連絡があったらしい』


『普通の失踪じゃないんですか? 今なら怪異や覚醒者関連の事件を疑うのが普通でしょうけど』


『我々に御鉢が回って来た理由がコレだ』


 永田が一枚の写真を差し出した。


 其処には問題の厚労省OBと思われる老人が夜間に走っている姿。


 そして、その後ろから何かが追い掛けているのが見て取れた。


 何か、というのは暗がりに目が光っているだけで他の部分が薄ぼんやりとしてカメラのピントが合っていないような状態だったからだ。


『……怪異に追われてる?』


『死体は見つかっていない。2日前のコンビニの防犯カメラの映像から抜き出したものだ』


『食われたか。あるいは何らの手段で身体も残さず殺されたか』


『普通ならそう考える。ただ、この件は昨日、予備調査を行った段階でお前に見せる事を決めた』


『どういう事です?』


『周囲の防犯カメラを浚ったが、映像はこのコンビニのみ。更に追っていた怪異が走ったと思われる経路の調査で……奇妙な臭いをウチの連中が嗅いでいる』


『奇妙な臭い?』


『新人だけなら分からなかっただろう。それは腐臭だったそうだ。人間の腐った臭いだよ』


『………ゾンビに追いかけられてた?』

『さて、問題だ。日本にゾンビを作れる組織は?』


『善導騎士団以外だとFC。でも、連中の本隊はASEAN辺りに逃亡しましたし。魔族側も作れるようですが、今のところ、こちらで活動は確認してません。MU人材集団の大半はこの状況でそんな馬鹿な事せんでしょう』


『じゃあ、偶然に発生したまったく痕跡を残さないゾンビに厚労省のOBが追われているという事になるな』


『ですね……それがどうして厚労省なのか?』


『そうだ。そして、連中は全員が大日本改造論信者だった』


『……戦線都市関連?』


『それを調べるのに善導騎士団か陰陽自衛隊に協力を要請したい』


『分かりました。そういう事ですか……』


 神谷が肩を竦める。


『こちらでも関係者のリストアップを進めている。他にも失踪する可能性のある人間が何人かいた。今はその連中の家に人員を派遣しているところだ』


 永田が顔写真付きのリストを手渡す。


『………コイツ、この椎名寛しいな・かんってジジイ。確か当時、厚労省大臣でしたよね?』


『ああ、厚労族の大物だ。今の首相の恩師に当たる関係でこちらとしては手を出し辛い人間だ。地盤を息子に引き継がせてからは表舞台から姿を消している』


『生きてます?』


『当人の家に連絡を入れたら、まだご存命だそうだ。だが、アポを取ろうとしたら電話口のお手伝いから頑なに拒否された。失踪事件の事は伝えたんだがな』


『臭いなぁ』


『前政権では核融合発電所の推進派でアメリカとのパイプも太い。まぁ、そっちの知り合いはほぼ本土で死んだそうだが……戦線都市の市長と個人的に友人関係だった、という噂もあってな』


『是非、お話を聞きたい、と』


『戦線都市関連は闇が深い。当時の関係者の殆どが政界から引退しているか。もしくは自殺したり、行方不明だったり、内情を知ってそうなので明確に残っているのは彼や失踪したOBだけだ。投資した会社や企業の方も当時の人間は雲隠れしたかのように行方が追えない者ばかり。追えた者も精神病院にいて話が聞ける状況じゃなかったりしてな』


『……前々から探ってました?』

『まぁ、そういう事もあるだろう』


 深夜0時も過ぎた頃合い。

 彼らの話し合いは続く。

 終わりなく。

 国家が終わるよりも早く。

 全ての破滅の芽を摘み取る為に。


 *


「………(T_T)」


 世界が如何に技術を進めようと。

 変わらぬ真理が征く手を阻む。


 それはもしかしたら、マックスウェルの悪魔は存在しないという事実かもしれないし、あるいは熱量の第二法則は崩れないという結果かもしれないし、光の速さは超えられないという物理的な制約かもしれない。


 要は宇宙における規定は早々簡単に変わりもしなければ、回避も出来ない。


 だが、その事実に基づいて探求された自然科学は出来なかった事を可能にし、その派生において多くの命に多大な影響を及ぼすだろう。


 歯車の発明。

 薬物の解明。

 ゼロの開発。


 世界は未知に満ちて尚開く華を待つ蕾だ。

 終わらない探求の果て。


 見出された幾多の叡智が現代社会を形作り、世界はより確実に破滅と進化へと向かっていく。


 人の最終的な到達点が死だというのが現在までの真理の一つ。

 だが、それもまた覆されようとしている。


 例え、死そのものが克服出来ずとも老いは克服出来てしまえる事を彼は証明してしまった。


「………(=_=)」


 ガラート・モレンツ元特務技官。


 米軍において【凶科学者ザ・マッド】などという徒名で親しまれた世界でも類を見ない変人考古学者。


 一般人の癖に魔術を探求すると公言してて初対面の人間に『スピリチュアル系の方ですか?』とか言われていた彼も今や立派な人外だ。


「………(@_@)」


 彼が世界の秘密とやらを米のサーバーから盗み出し、サクッと善導騎士団の一般化した技術を解析して再生させた“頚城”と呼ばれる術式は色々な効果を持っているが、その副次的な力として若返りがある。


 実際には若返っているのは単なるおまけで単純に肉体が最盛期の状態で固定されるというのが正しいのだが、まぁ……些細な話である。


「………(>_<)」


 そんな彼は今現在、友人の勧めで都内某所に暮らしている。


 数週間前の北海道北部の戦争で名も無き英雄とか呼ばれた噂の当人こそが彼であったりするが、彼にしてみれば、単なる個人的な理由で向かった場所で実験材料を集めていたに過ぎない。


 成果は上々。


 テロを引き起こした連中が使っていた使い魔を全種類コンプリートした後。


 こっそり本島付近にも揚陸して色々と持ち帰った。


 不可視化の結界を張った小型の漁船に適当に色々放り込んで北海道南部に辿り着いた後、ソレを自力で津軽海峡を越えて青森まで運搬。


 三沢の目を盗んで借りたトラックに全部詰め込んで都内まで運んだ。


 関東を蔽う隔壁は魔術を用いて素通り。


 借り受けた普通のマンションの一角に中身を運び込んで一段落。


 と、いう事があったわけだが、微妙に彼は困った状況になった。


 何故か?

 それは彼の目の前に答えがあった。


「………動かないな。後で丁重に埋葬させて頂こう」

 それは肉の塔だった。

 北海道戦線の先。


 本島内部にあった人間を用いて産み出された生きた人間製造機。


 複数人の人間の人体を用いて創られたソレは赤子を数時間で一人ペースで出産するという明らかに正気が削れそうな代物なのだが、彼が本島から運び込んで数週間は活動が停滞していた。


 しかし、それが今ようやく生を終えた様子となったのだ。


「南無南無」


 一応、手を合わせてから、自作の研究室内のもう一つの成果を彼が視る。


「こちらもやはり止まる……ふむ……」


 裏切った離反艦隊が逃げ遂せた際。


 彼はFCと行動を共にしていた意志あるゾンビ集団から何人か捕獲しようと試みたが、相手を叩く事は出来ても捕獲までは至らず。


 その代わりに殿として残された凄く強そうなゾンビを得る事になっていた。


 四騎士級の莫大な魔力を持っていたソレは普通に戦ったならば、絶対に勝てないような相手だったに違いない。


 だが、そのゾンビが頚城の術式で動いていた事。


 それもより完全な術式で生成された代物だった事で彼は死なずに済んだ。

 相性の問題という奴だ。


 頚城を極真面目に研究していた彼は術式を無効化する為の術を開発していた為、ソレの力を弱める事が出来た。


 相手側は驚いていたようだが、どれだけ強くても所詮は使い捨てだったのか。


 あっさりとソレを手放して撤退。


 彼もそれなりの成果に満足して艦隊を追う事は無かった。


「……何故、塔と連動して止まるのか……術式の反応も消え掛けている」


 コンクリート壁で囲まれた一室。

 ガラートがソレを見やる。

 美しい顔をしていた。

 仮面と言うべきだろうか。


 ソレの顔は正しく人形のように作り込まれた代物で固まっている。


 球体ドールを思い浮かべさせるような端正な顔立ちと関節部を蔽う丸みを帯びた謎の装甲らしき正体不明の物質。


 辛うじて原子核魔法数が400以上という事が分かっただけの地球上に存在しない超重元素を用いた装甲の内部。


 腐肉というよりは鉱物。

 赤黒い金属臭のするソレが肉体を形作っている。


「………ふぅむ(・ω・)」


 同時に停止した高次ゾンビと人間製造機。

 関連性があるのか無いのか。


 よく分からんという顔のガラートが明日には片付けようと、とりあえず生ものである塔の方から防腐処置用の薬品を施そうと向き直った時。


 ふと塔の根本。


 今まで赤子を出産していなかったソレの中がグムムッと膨れていくのを目撃する。

 さり気無く化け物とか殺せる武器の投擲準備をした彼だったが、すぐにその手を止めた。


 止まった塔の内部がグジャッと割けたかと思うと何かが倒れ込んで血肉の中にバチャッと手を付き……キョロキョロと周囲を見回しだしたからだ。


「おお、これは見目麗しいお嬢さんだ」

「?」


 ガラートに気付いた相手。


 ソレの中から現れた……否、生まれたのだろうモノが四つん這いで男を見上げる。

 その顔はまるで一緒に止まった高位ゾンビと瓜二つだった。


 美しい顔は何処の人種の骨格的な特徴とも合致せず。

 しかし、普遍的に誰もが美を見出すに十分な顔立ちだろう。


 その頭部から伸びた金糸のような髪は血肉が流れ落ちたというのに艶々と輝き、まるでこびり付いている様子も無い。


 年齢は恐らく十代前半。

 ガラートがもう一度停止したゾンビの方を見やる。


 すると、ソレの顔がベキベキと罅割れて砕け、内部の物質らしいものが全て形を保てなくなった様子で粒子となって零れ、関節部の装甲のみがゴトリと落ちて、形を残していた。


「なるほど。つまり、インストールし直した、という事なのか?」


「?」


 四つん這いの少女は男の真似をしているのか同じように首を傾げる。


「だが、頚城ではないのだな。面白い素材だ」


 ガラートが処理は後にしようと少女の前に屈んで立たせ、その身体に産着のように己の着ていた外套を着せた。


「Hello New World」


 そう男は微笑んで。


「?」


 やはり首を傾げる少女を抱き抱えて、産湯に浸からせる事にした。


「小さな新世界よ。君をワシの家に招待しよう。ついでにまだ真っ新そうなそのお頭に色々教えてみようか」


「?」


「今は分からずともいい。丁度、助手が欲しいと思っていたところでね」


 男は扉を脚で蹴るようにして開き。

 ニヤァッと笑みを浮かべる。


「名前は何がいいか……ああ、そう言えば、あの高次ゾンビ君の装甲にタイプの名前があったな。ええと、あの綴りは確か……」


 大陸標準言語。


 今は粒子の中に落ちた関節装甲の右肩の部分には小さく名が刻印されている。


「ハティア。君は今日からハティアだ」

「~~~ァ?」


 発音も満足に出来ない少女に目を優しく細めてから、男は扉を潜っていく。


「さて、始めよう。人類が助かるか。君達が助かるか。どうなるのかは正しく神のみぞ知る、と言ったところかな。HAHAHAHA」


「?」


 今、運命にまた波紋が投げ掛けられ始めていた。


 *


 とあるマッド・サイエンティストが何やらに構っている頃。


 陰陽自衛隊富士樹海基地内で二人の善導騎士団の重要人物が研究者達を横に微妙な汗を浮かべて、二本のアンプルを見つめていた。


 クローディオ・アンザラエル。

 フィクシー・サンクレット。


 本日、緋祝邸にはいない彼らであったが、その理由はとある研究室の一角に来る事が決まっていたからだ。


 白いパーテーションで区切られた一室。


 周囲には数人の研究者達が其々に観測機器のデータ取り用のプログラムを立ち上げて、今か今かと二人が薬の投与を行う様子を待っていた。


「あの~~オレはもう十分にスペシャリストだと思―――」

「ご説明しましょう!!」


 研究者達の1人が事前に2人へ渡されていた資料をササッと自分でも手に持って、椅子に座って実験用の机の前で注射器とアンプルを見ている二人の前に出て来たかと思えば、キラッと眼鏡を輝かせてホワイトボードに超高速でペンを奔らせていく。


「これは今までの懸案であった促成教育関連のコストと時間を極めて短縮する言わば、魔法のお薬なのです!!」


「魔法ねぇ……」


 クローディオがジト目になる。


 ホワイト・ボードには何やら難しい漢字が踊っていたが、遺伝とかRNAとか横文字と英語もごちゃ混ぜな字面の最後に薬と書かれている。


「それでコレはつまりどういう薬なのだ? 第一研究室諸氏。紙面では専門的過ぎて良く解らん。具体的に頼む」


 フィクシーが取り敢えず訊ねる。


「そうですね。まず概論としてですが、言わば【精霊化薬】を科学と魔導機械学、どちらも用いて遺伝子導入剤として完成させた画期的ハイブリットなお薬です」


「【精霊化薬】……魔力の精霊化による用途事の魔術自動化に使うような?」


「はい。それとこの世界の遺伝子工学などに類する系統のあらゆる叡智を用いて作成された蛋白質の合成過程を魔導機械術式を用いて遺伝子単位で記述し、各種のデータを体内で再現する事を目的に開発されました」


「……よく分からんな。もっと噛砕いてくれるか?」


 クローディオが胡乱な顔になる。


 ホワイトボードに【精霊化薬】【促成教育】【蛋白質合成能力】【教育内容データ】等の単語が足された。


「つまり、我々は兵員教育課程、教育内容をタンパク質や遺伝子のデータとして再現出来ます。兵士の能力を具体的な数値や数式、関数に置き換える事に成功しました。この数値を当人達の肉体と精神などに関するものに分けて、物理的な肉体内部での能力の再現を可能にします」


「つまり、タンパクやイデンやらを体内で生成して優秀な兵員の能力を再現するのか?」


その通りでございますイグザクトリー!!!』


 ビクッと。


 善導騎士団のツートップな男女が思わず研究者達のハモリに渋い顔となった。


「これは素晴らしいものですよ?」


「そのタンパクとやらでどうして能力の再現が可能なのか教えて貰えるか?」


「人体の細胞を作るのは蛋白質であらゆるホルモンや分泌物、臓器、細胞の働きを制御する遺伝子と合わせて人間の機能はほぼ掌握出来るようになったのです」


「その効果を出す為の組み合わせは無限大ですが、特定の人体の機能、能力を作り出す蛋白質の働き自体は複雑ながらも特定可能です」


「で?」


「今まで人類が特定してきた蛋白質や遺伝子の働きの多くが、当研究所では人口蛋白質合成技術によって再現可能となりました。糧食部門最大の成果です。例えば、筋肉を多くしたり、血流を良くしたり、特定部位の細胞の働きを細かく制御する事も可能になりました。テロメアだって足せちゃいます!! いやぁ、もうちょっと研究したら寿命だって大幅に延びますよ」


「肉体の強化薬的な?」


「いえいえ。瞬時に足から腕を生やせるレベル。脳や臓器を再生出来ると言えば、お解りでしょうか?」


「頭部まで再生すんのかよ……」


 さすがにクローディオがう~んという顔になる。


「DNAの制御のみならず、術式そのもので蛋白質や遺伝子が直接合成可能になった事から生まれた成果です」


「ホメオティック遺伝子関連の知識、遺伝子導入技術は世界一。人工的な水平伝播。つまり、進化す―――」


「無理やりに人体を術式やこの世界の技術を用いて生成したイデンやらタンパクとやらで改造するのか?」


 思わずフィクシーが専門用語を止めるかのように言葉を紡ぐ。


 言葉に研究者達が頷く。


「ただ、単なる遺伝子や蛋白質によるドーピングという事ではありません。我々はそのような安易なものではなく。更に高次の領域を目指しました」


「高次ねぇ。ご高説は有り難いが、つまり強くなれんのか?」


 クローディオが瞳を細める。


「いえ、もっと致命的です」

「致命的って……」


 ケロッと答えた研究者達は笑顔だ。


「そうですね。戦う方々風に言うならば、戦う資質の無い人間に能力とある程度の精神的な資質を与えて、その上で確実に一定の値までは強くなれる余地を付与する薬、と言えばいいかもしれません」


「オイ。それ………才能を付与する薬って事か?」


「はい」


 クローディオが思わず疑わしい感じの視線になった。


「先日、陰陽自衛隊の隊員に付与したウィルスによる肉体の強化薬の最上位互換版です」


「遺伝子創薬の極致とも言えましょう。この薬は物理的な作用で強化出来る資質を細胞に付与します。具体的には蛋白質の生産ロードマップを術式で記述して注入」


「人体と精神が特定の条件を満たすとソレが発動し、人体と精神の能力を強化する作用のある遺伝子、蛋白質を直接的に急速合成、発現させ、体内のあらゆる物質と現象を制御します」


「何か聞いてると身体に悪そうなんだが」


 研究者達の矢継ぎ早の説明にもうクローディオは胡乱な表情だ。


「今のところ評価試験と【九十九】の演算上では問題ありません」


「誰が評価して……ああ、そうだな。あいつは自分で試すよな」


「はい。今は評価試験中です」


「で? その才能を付与する薬の何処に精霊化薬とやらが入り込む余地が?」


「蛋白質による人体能力の制御はあらゆる臓器に及びます。それは精神性を司る脳にもですが、経験値だけはさすがに付与出来ません」


「まぁ、だろうな」


「ですが、人体と精神を物理的に強化出来る薬に対して、その穴を埋める形になるのが【精霊化薬】です」


「教育内容と実働データを術式に置換して、魔力の発生源である魂魄に付与する形で精霊化した魔力による情報保管庫を作ります」


「この保管庫が開かれるトリガーとして蛋白質や遺伝子と同じ人体と精神の状況を用います。どちらにも対応する魔導機械術式HMC2だからこそ出来る事です」


「つまり?」


「この薬を打った人間は鍛えれば、必ず特定の状況下、環境下、肉体や精神の強度の下で最低限度の能力を経験値の獲得に沿った形で手に入れ、その上で自身の記憶に付随する形で経験値の足りない部分に限って補完……つまり、こちらが入力した最低限の能力は確実に発揮出来るようになります」


「「………」」


 思わず内心で真顔になったのは二人一緒であった。


 それもそうだろう。


 言わば、それは鍛えれば……、なのだ。


 これを更に改良していけば、〇〇業に対する資質や〇〇能力を持つ人間というものを大量生産出来てしまう。


 必要性は分かってもさすがに社会に対する危険性が今まで陰陽自研が開発して来たものとは段違いだ。


「ちなみに脳内で努力や集中に関する遺伝子や蛋白質も解明されており、それをやる意志さえあれば、必ず結果が付いてくる優れものです」


「……努力や集中力すらもか。学生には便利そうだな。我々が必要無くなりそうな話だ」


 フィクシーが肩を竦める。


「いえ、結局のところ。その技能においての精神、肉体、遺伝情報を用いる関係上、それ以上の力を持った者にとってはただ自分の知らない技能や叡智が自らに加わる程度の話でしかありません」


「それでも随分と便利そうだが?」


「いえいえ。この薬は今のところ汎用性の高い人間用と個人的にカスタイマイズしたモノしかありません。この世界の人間の遺伝子データを用いた物は人類種やエルフと呼ばれる種族である大陸の方には使えません」


「じゃあ、この薬は……」

「はい。完全にお二人用のカスタマイズ品です」


 二人が自分の前に置かれたアンプルを再度見やる。


「ただ、遺伝情報に関しては陰陽自衛隊と善導騎士団の全員分が今、解析に回されておりまして。それらを用いる事で幅広い知識や技能や肉体の資質などで良さそうなものを付与する事が出来るようになるでしょう。ただ、欠点もあります」


「今の聞く限り、欠点は無さそうに思えるが?」


「選択肢が多くなり過ぎて戦闘時に意思決定が遅延する可能性が高いと演算上でも問題点が指摘されました」


「結果として、この情報から薬にある程度の制限を設ける事で特定の能力や技能を得ると他の共存不適格とされる技能や知識などは習得不可能になります」


「無論、それを両立可能な精神性や技能や能力があれば、その制限も解除可能になるよう仕上げましたが……」


「妥当だが、すげー不安になる事を聞いたような?」


 さすがに知識や技能が共存出来ないという話に狙撃手技能ほぼ一択で最強な男はう~んという顔になる。


「ただ、この機能を応用し、この薬の成果として得た技能や知識や肉体の状況をある程度放棄する事で、今までとは異なる技能と性能を叩き出す兵科への転換を容易たらしめる事が可能です」


「ゲーム的に言うと転生とかジョブチェンジとかですかね」


 クローディオが首を傾げる。


「良く解らんが、薬で得た部分とそうじゃない部分の分け方は?」


「しっかりと知識や経験が身に付いていれば、保管庫内の情報に依存せずに使えます。依存していた場合は部分的にだったり、全面的に使えなくなります」


「左様で……肉体は衰えるというよりは他の能力に限って強化される形になるのか?」


「はい。先鋭化されていた能力がその技能に適した状態から別の技能に適した状態に変化するので、完全に肉体の能力が減退するような事はありません」


「この薬は画期的ではあるのですが、仲間内だと我が国で未だゲームなどが盛んな事もあり、RPGという種類のゲームのシステムに倣い【レベル創薬】と呼んでいます」


「レベル創薬……」


 フィクシーがアンプルを取って光に透かし見る。


 その液体は琥珀色をしており、薄っすらと魔力を纏っていた。


「この薬の開発に当たっては国内の全製薬会社のデータ、遺伝子、蛋白質、大脳生理学関係の国内研究者のほぼ全て、米国が持ち込んだヒトゲノム数百万人分の完全解析結果、人類が今まで確認してきた蛋白質の性質に関するあらゆる論文とデータが使用されています」


「正しく、人類規模の情報が無きゃ創れない薬なわけか」


 研究者達がクローディオに真面目な瞳で頷く。


「まぁ、それを解析演算するシエラの【九十九】と緋祝の御姉妹の協力、騎士ベルディクトの治験が無ければ、この超短期間での開発は不可能でした」


「そうか……精霊化魔術はあの子達の……」


「はい。騎士ベルディクトがあらゆる人類をある程度戦えるようにする事で騎士団や陰陽自、他の組織が壊滅しても人々が生き残れるようにと開発を指示した代物です。御姉妹とゲームを少しやってみた事で考え付いたそうで」


 その言葉にクローディオは天を仰ぎつつ、やはり薬のアンプルを透かし見る。


「ウチの兵站係はもうそんな枠に納まらない才能を発揮してるようだ」


「ああ、そうだな」


 二人が頷いてアンプルを折り、最初に言われた通りの方法で注射器に吸い取り、スッと己の腕に針を突き刺して数秒で引き抜いた。


「で? オレ達に対して付与されるのはどんな知識や技能なんだ?」


 クローディオがそう訊ねた瞬間。


 フワッと身体が浮き上がり、その全身に蒼い方陣らしきものが巡っていく。


「―――コイツは結界関係の知識や技能、か?」


「はい。先日、加入したの知識と技能及び使用する際の精神状態などを再現可能にするものです」


「こちらは……」


 フィクシーが自分の身体に浮かぶ方陣に目を細めた。


「陰陽自衛隊最強である片世准尉の肉体強度や精神的な強度などの資質を再現するものです。騎士ベルディクトからとにかく肉体を頑強にする為のものをという事でしたので。物理強度的にはモース硬度で84くらいになるかと」


「それって凄いのか?」


 クローディオの問いに全員が揃って頷く。


「いやぁ、人間を止めてるレベルですから。というか、世界最高硬度の金属より硬いのに極めて柔軟性に富み、その上で軽い細胞って何なんでしょうねぇ」


「あ、その意見には賛同しとくぜ。何で通常の狙撃弾の威力を喰らってまったく埃を払うくらいの仕草でケロッとしてるんだろうなぁ(戦った事のあるエルフ並み感)」


「環境への適応性もマシマシだそうですし、片世准尉の細胞だけは特秘研究扱いなんですよ。解析班が驚いてました。人類を神様に出来そうな代物だと」


「はは……本当かよソレ……」


「ええ、あの細胞を研究するだけで毎年ノーベル賞が貰えそうだってボヤいてましたから。実は宇宙開発もあの方の細胞研究の結果があって、プロジェクトが立ち上がったらしいですし……」


 クローディオはフィクシーがアレになるのかと汗を浮かべ、当人は超越者に近付くならまぁ許容範囲かと戦闘狂にならないよう気を付けようと自戒した。


「まぁ、とにかくお気になさらず。陰陽自衛隊創設前から一部、片世准尉の遺伝情報は解析していたそうなので、その成果も一部は反映されていると思っておけば間違いありません」


 研究者達はイソイソと二人の前に観測用らしい腕時計を二本取り出した。


「常時、この腕時計型の計測装置であらゆる肉体の情報を収集します。もし何か異変があれば、ご連絡を。試験的には30日間の計測を予定しており、お風呂やトイレなどでも身に着けておいて頂ければ」


「ハイハイ」


 半分以上モルモットだが、魔術的な技能を直接脳裏にブチ込む技術というのは大陸にも珍しいものではあったが存在していた為、彼らは頷く以外に無かった。


「騎士ベルディクトとお二人の治験が完了後、速やかに騎士団及び隷下部隊にはこのレベル創薬が渡されます。これで軍としての機能は一段階引き上げられるとお考えを……」


 フィクシーが白衣の研究者達に頷く。


「今後もあいつをよろしく頼む」


「いえ、我々は護られている身でありますので。ご健勝の事をお祈り申し上げます。お二人の保管庫には資料も同時に置かれていますので、魔術師技能で引き出してご確認下さい」


「分かった」


「ああ、それとレベル創薬という名の通り、対象者の技能の階梯毎に魂魄や肉体を自己計測する事でご自身の技能レベルが分かります。また、この機能を有する薬の根幹としてレベル創薬を投与された方のレベルは特定の技能で視覚化されます」


「そこまで出来るのか?」


「はい。特定の蛋白質が発現した際に生み出される体内環境に作用する分泌物や肉体の状態を光学的に観測する事で術式が自動で相手を識別解析しますので」


「至れり尽くせりだな」


「まぁ、まだ識別精度が雑でレベル帯の判定が上下10前後だったりと甘かったりもして……」


 フィクシーが自身の情報を脳裏で呼び出し、クローディオに視線を向ける。


 開示されたレベル創薬によって創出された技能は多種多様であった。


「………主戦闘技能だけでも数十種類。更に兵站や自己管理、探索、儀式術や原始的な魔術に用いる歌や踊りまであるな。そう言えば、先日色々と技能を計測したり、提供してみたが……アレが情報化されたのか?」


「はい。騎士ベルディクトや騎士団が知り得る限りの技能を提出して頂きましたので。無論、これはこの世界の魔術師なども同様です。MU人材の集団からもレベル創薬を優先的に回すという約束の代わりに出来る限り、最高の術者に技能を提供して頂きました」


「……それがあの薬一本に入っているわけか」


「レベル創薬で確認出来ない相手の技能などは【識別不能アンノウン】。各種の情報不足で解析結果が推測域のものは【要収集コレクト・オファー】という形で視覚化されます」


「何か表示が出てんな。確かに……」


 クローディオが自身の瞳に映る情報を意識的に切り替えながら、表示に目を細めた。


 情報そのものは彼らにも解り易く大陸標準言語であったが、もしもこれが日本人準拠ならば日本語。


 北米大陸で活動する者ならば、英語になっているのだろうと納得する。


「基本的に機密性や重要度の高い術式や技能は取得出来るレベルまで到達したと見なした時点で陰陽自研から追加のレベル創薬の補完薬という形で提供する事になります。機密保持や敵側からの解析を受けない為の措置ですね」


「分かった。後は部屋に帰ってじっくり考えさせてもらおうかね」


 クローディオが仕事は終わったと背伸びをした。


「それにしてもディオ……狙撃技能や防御技能、暗殺だの諜報はまぁ嗜みだから別にいいが……【色男ハニーフェイス】とはどういう事だ? それもかなりの高レベルなのだが……」


 微妙に白い目でフィクシーがクローディオを見る。


「べ、別にいいじゃねぇか。大隊長殿にはまだちょっと早い大人の嗜みってヤツですよ。つーか、これ技能なのかよ……」


 それに白衣達はケロリとしてこう答えた。


「敵を篭絡するのも技能の内だと数多くの技能取得者の方から提供を受けましたが?」


「仲間内だとNTR技能とか言われてましたね。いやぁ、男性用も女性用も苦労しました。互いに同姓と異性を篭絡する技はかなり性魔術とやらを参考にさせて頂きましたので、多くの魔術師達の集大成ですよ」


「集大成……何か間違ってねぇか?」


「とんでもない!! これも“立派な技能”ですとも!!」


「というか、から多くの情報提供があり、本当に助かったと後で感謝の旨をお伝え下さい」


「技能の中で一番力が入りましたからね!!」


「他は術式や動き、肉体の微細なコントロールや複雑な変化が主でしたが、技能化するに当たって体内環境をかなり劇的に変えたり、思考方法ロジックのトレースを必要としたり、男女和合の秘術とか肉体操作とか、ホルモン分泌や体位とか、指技とか行為用の技量とか魔力転換とか契約とか」


「こちらの世界の情報もきっと一番多かったですしねぇ」


「開発に際しては古典のカーマスートラを始めとする書物なども参照されました。また、女性研究者が恥ずかしがって仕事にならず、よく知ってもらう為に性教育の講師の方に重要性を再認識させてもらったりもしました」


「いやぁ、羞恥心は研究開発最大の敵でしたね。HAHAHAHA」


「ああ、一応同じ技能取得したり、特定の技能を習得しておけば、余程に相手の技能が強くなければ篭絡を防ぐ仕様なので要取得技能の一つなんですよ」


「「(;´Д`)」」


「というか、騎士ベルディクトによる極めて純粋な要望でもありまして」


「単純に敵に身体や精神、魂魄などを乗っ取られたり、寄生されるような事が無いようにとの配慮も入っており、お二人にも是非実働データを提供して貰いたいと今日はこうして総出で出て来た次第でして」


 ズイッと白衣の研究者の一人がクローディオの横から手に肩を置く。


「是非、善導騎士団一手が早いと噂の英雄の手並みをデータ化して頂きたい!! 貴方が女性とお付き合いする技能を使う事が未来で多くの騎士や人々を護る事に繋がるのです!!」


「いやぁ、我々研究者はそこら辺がどうにも疎いものでして。ご協力して頂けますね?」


 白衣の男の顔は極めて大げさな表情筋全開アルカイック・スマイルだった。


「オ、オレは別におねーちゃんと愉しく酒を呑みたい方なだけでだなぁ?!」


 思わず此処で今までの自分の所業を振り返ったクローディオが顔を引き攣らせる。


「大丈夫です。騎士団の副団長閣下からは是非やらせてやってくれとのお話でしたので。何も怖い事などありません。ちょっと、繁華街で女性を100人以上篭ら―――あらゆる手段で気持ち良くさせてあげて欲しいというだけですので」


「あ、あの陰険眼鏡!?」


 クローディオが思わず実益を兼ねてお前がやれという副団長の白い目を幻視した。


「悪いが私はまだ恋愛にそう詳しい身で―――」


 ポンッといつの間にか横にいた女性研究者がフィクシーの肩に手を置く。


 四十台くらいの女性は眼鏡をキラッと輝かせた。


「いえいえ、初心な乙女の初恋が悪い男に利用されないよう。そういう貞心や貞操を護る意味でも重要なデータ収集ですので。副団長代行にはもう意中のお相手がいるとの事は秘書の方々から聞き及んでいます」


「(そこで出て来るのか。彼らが……)」


 思わずフィクシーがいつもなら仕事で頼もしい男女達の姿を思い浮かべた。


「その方と丁寧に素早く優しく甘く凛々しく乙女として純愛を貫いて頂ければ、それだけでそれはもう大いにデータとして捗ります。ええ、未来の騎士達への恋愛指南でもあるのです」


「れ、恋愛指南?」


「将来的にはデータとして少女から熟女からバツイチからと幅広い人材の心理環境データも収集される運びとなりますが、やはり女性としては一途にちゃんと好きな方を想い続けるのは重要な事だと思うのですよ」


 女性研究者はニッコリ笑顔だ。


「男を選別する審美眼は他の方にデータ収集を頼む事になるでしょうし、此処は是非、騎士団副団長代行として人類の未来の恋愛を背負って立って頂きたい」


 その台詞が殆ど入ってこなかったフィクシーだが、初めて副団長に『恨みますよ……』と内心で愚痴った。


 こうして、新たな力を得ながら……彼らの検証という名の恋愛事情が突如として様変わりしていく事になるのだった。

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